ハーフオーク・ボガート
ボガートは着実に織恵を追いつめていた。
彼に流れるオークの血が全身痒くなる程燃え、獲物の期待に目が大きくなる。
そう、ボガートは人間とオークの血を併せ持っていた。
正確には父がオークで、母が人間の娘だ。
彼はその醜さ故に、小さな頃から誰にも愛されなかった。
実の母にもだ。
そもそも人間とオークの恋が存在するか……否だ。オークは豚の顔を持つ野卑な化け物でしかない。
だがどんな神の呪いなのか、全く容貌の違う人間と同じ美的感覚を持っていた。
つまり人間の女を美しいと感じ、同族の女に嫌悪感を抱く。だからオーク達は常に人間の女に憧れ、渇望し、隙あればさらおうと企む。
犠牲者がボガートの母だ。
詳しい事は知らない。父がどこかの村からでも奪った女なのだろう。
母はオークの慰み物となった。
結果、ボガートが産まれた。
母についての記憶は少ない。覚えているのは美しい顔が屈辱と怒りと絶望に歪み、憎しみの目で彼を見つめていた。
次の瞬間に温もり。自害した母の首から出る鮮血がボガートを包んだ。
その後、ボガートは父を殺して旅に出た。
オークの汚泥のような世界は、人間の一面を持つ彼には耐えられなかった。
だがオークの巣から離れた所で何が変わったろう。元来魔物の血が入った彼に人間は冷酷だった。
職などなく、差し伸ばされる手もなく、彼は軽蔑され嫌悪され成長した。
オークは人間よりも体が大きく力も強い。忌避されるボガートが傭兵になったのは必然だ。
戦いに勝てば、その時だけ仲間の人間から労わられ褒められる。
ボガートは戦った。戦った。戦った。
冒険者として人々に危害をもたらすオーク集団を皆殺しにもした。その頃にはボガートの名は知られるようになり、自然と仲間が出来た。
彼が目を奪われたのは、その中のオークの血が混じった女戦士だ。
ギメラと名乗った女の人生は、ボガートとそっくり重なった。望まず産まれた子、自害した母、受け入れられない己。
ボガートは彼女に惹かれた。例えギメラの容姿が人間から言わせれば醜くとも、彼にとってギメラは唯一の半身だった。
それはいつだろうか、幾つかのオーク退治の後だ。
ボガートはすっかり親しくなったギメラと酒を飲んだ。彼女は珍しく機嫌がよく大量の酒を飲み干した。恐らく倒したオーク達が意外に大量の財宝を隠していたからだろう。
ギメラは杯を重ね、たき火の前で眠った。
ボガートは眠るギメラを抱いた。それが必然だと思ったのだ。
次の日、自分に起こった事態を知った彼女は、激怒した。
「醜いオークに犯されて生きて何ていられない!」止める間もなくギメラは自らの胸を短剣で突き、オークの血が混ざる血を吹きながら絶命した。
唖然とし、絶望したボガートは再確認した。
誰も彼を愛さないのだ、と。
ならばオーク流を通すまでだ。気に入った女は犯す。愛されようと思う方がおかしい。
そんな彼の前に、極上の娘が現れた。
異世界から来たという、どこか今まで見た女とは違う美しい少女。ボガートは自分で考えている以上に織恵に惹かれていた。
流れるような黒い髪、整ったどこか幼げな顔、滑らかな肌。
ボガートにとって織恵は、堪らなく新鮮な果実だった。
織恵の姿が不意に消える。見回すと街の市壁の近くの廃墟だった。
ボガートの唇が笑いに歪む。どうやら向こうは隠れたつもりらしい。
彼は上を向いた大きな鼻に皺を寄せて、辺りを嗅ぐ。
──へへへ
すぐに判った。
彼女くらいの年頃の少女は独特の匂いを発している物だ。ボガートはその甘酸っぱさを楽しみながら軽い足取りで進み、持っていた戦斧で傍らの木の壁を叩き壊した。
「ひっ」と隠れていた織恵が浅い息を吸う。
彼女の怯えて見開かれた瞳の中に、凶悪に笑うオークがいた。
「安心しろ」ボガートはわざと落ち着いた低い声を出す。
「お前は俺の妻になるんだ。多少の我が儘は聞いてやる」
「い、いやっ!」
ボガートは両手を伸ばして、怯える織恵の肩を掴んだ。
自害されては適わない。まずは両腕を砕いて使えないようにしてしまうのが先だ。
織恵の揺れる瞳に映る半オークは、醜かった。