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異世界転移者6


 細木織恵は白矢が眠ってしまったのを確認すると、深いため息を吐いた。


 本当にこの男は女心が判らない。彼女は眠っている彼をたたき起こしてこんこんと説教をしてやりたい欲求に耐える。


 彼女に取ってこの世界は残酷だ。女の子にとっては。


「いつになったら帰れるんだろ」ぽつりと呟く織恵は、ここから先の頭痛くなる日常と、ここまでの黒歴史として忘れたい日々を思った。


 乙女の生命線である真っ当なトイレも風呂、シャワー、洗面所もなく、あるのはおぞましいほどに汚れて臭う、共同のする所……織恵はそこをトイレを認めない……トイレットぺーパー代わりの干し草があればいい方で、無ければ密かに繁みから千切ってきた葉っぱを使う……綺麗に拭えているとは思わない。


 道ばたには排泄物や生き物の死体が転がり、常に不快な臭いに悩まされる。だからせめて体を流そう考えるが、風呂や浴場はあったり無かったりする。


 大きな街には比較的に浴場施設はあるが、開いているのは朝で、性病の蔓延や風紀の乱れにより、施設も減少しているらしい。 

 

 地獄だ。

 

 問題はまだまだ続く、食事だ。食事は豆のスープか肉で、どちらも不味い。スープは水みたいで、肉は臭みを取っていないのか、とにかくワイルドだ。それを手づかみで喰らう。


 口元をべちゃべちゃに汚しながら、食べる。


 スープには木のスプーンがついているが、それも大概洗われていなく汚れている。


 お陰で何度食中毒になったか判らない、


 きっ、と織恵は、幸福そうな白矢の寝顔を睨む。


 一緒に行くと決めたのは一人では大変そうだったから……幼馴染みの情けだ。


 なのにこの男と来たら、乙女の見てはならない所に首を突っ込む。


 吐いている時や下痢や、生理の時はそっとしていて欲しい。


 心配してくれるのは嬉しいが「大丈夫?」とか覗きに来ないで欲しい。大丈夫なわけがないのだ。 


 同室の少女達が……年頃もあまり違わないだろう彼女たちの神経も判らないが……桶をトイレとして使っているのに、近くでうろうろそわそわしないで欲しい。


「それは見てちゃ駄目なところでしょ!」あの時は本当に殺意が沸いた。


 だから彼は感謝すべきだ。今生きているのは織恵が止まったお陰なのだから。


 二人の関係がどこかぎくしゃくしているのは、白矢の無神経に織恵が怒り狂っているからである。


「まあ確かに、こんな世界での女の子の扱いなんて判らないか」


 はあ、と彼女は再びため息を吐いた。


 暗澹たる気分になる。


 自分の口臭が判った。歯磨きしたい! と心から願う。そうじゃないと白矢ともあまり会話できなくなし、虫歯も心配だ。


 こんなはずじゃなかった。白矢の前では色々汚くて臭い彼女ではなく、綺麗でいい匂いの女の子でいたかった。なのにこの旅で絶望的にそれは崩れた。


 ──どうしてこんなことに……


 織恵は頭を抱えてベッドにごろごろ転がった。と足が何かに当たった。


 さっと彼女の顔が青ざめた。


 おまるだ。


 この宿は個室がある等、他の宿やりはマシだ。ただ、ほんの少し、些細な違いだ。


 宿の傍ら、窓の下には川が流れている。このおまるは部屋のトイレだ。ここにして川に投げる。


 織恵は身震いした。


 できるはずがない。例えする時白矢を部屋の外に出しても臭いはどうするのだ?


 細木織恵はオレンジに染まる空を窓から見上げ、共同トイレを探すことに決めた。



 という訳で細木織恵は宿兼酒場から外に出た。


 用心はしているつもりだ。何せこの世界は争いは絶えないし、女性の扱いは雑を通り越して乱暴だ。


 本来なら白矢を起こして……なのだが、トイレを探すのを頼むなど、思春期女子の誇りにかけて却下だ。


 ──一人で大丈夫よね?


 夕闇の中、織恵は一つ頷く。


 何せ彼女は、この世界に転移した時に、アースノアの神々からクラスを与えられていた。


 吟遊詩人……イマイチ強いのか弱いのか判らないが、魔法を少し使える。


 眠らせたり、動物と話せたり、植物を操ったり……そうだ! 戦いの中の仲間を勇気づけたり、傷も少しなら治せる!


 ──そうよね、そうそう……。 


 結局武器で殴り合う白矢達戦士より、幾分かマシなはずだ。


 織恵は鈍い白矢への憤りを傲慢さに変え、一人街を歩く。


 兎も角今は共同トイレなのだ。確かにアレはいちいち気分が悪くなる代物だ。だが部屋で桶にするよりは、万倍いい。


 だがうろうろする彼女はなかなか共同トイレを見つけられなかった。サイレスの街は全体的に斜めであり、石畳は敷いてあるが上ったり下ったりと、迷路のように訳が分からない。


 織恵は苛々しながら彷徨った。  


 彼女と白矢は幼馴染みだ。彼の前でお漏らししたこともある。が、それは幼い頃、ノーカンだ。一五歳にもなって繰り返したら舌を噛んで死ぬ。


 早く共同トイレだ。


 勇ましく歩く彼女がはたと我に返ると、そこはいかにも怪しい雰囲気が立ちこめる、町外れだった。


 今までの高ぶる感情で見えていなかったが、建物の様子が違う。


 立派な石造りだったそれらが、この近辺では半分崩れている木製の掘っ立て小屋だ。


 不意に危機を感じ、織恵は踵を返した。また宿に戻って探そう。


 しかし、そこには見たくない人物が立っていた。


 いつ見つけられたのか、薄い唇を舌なめずりしているボガートだ。



「これはこれはお嬢さん」ボガートはわざとらしく慇懃に一礼する。 



「俺の子供を孕みに来てくれたんだな」



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