異世界転移者4
白矢は素早く周囲を見回した。
酒場の反応は二種類、無関心と興味深げに何かを期待している目だ。
この世界に来てこういう輩に出会ったことなど、これが初めてではない。ここは昭和63年の日本ではない。どんな犯罪もやった物勝ちな意識が残る世の中だ。
自分の身は自分で守る。暴力にはもっと大きな暴力で。
白矢は無言で男を子細に観察した。自分が勝てる相手なのか。
だがその前に男は織恵に、視線を移していた。
「ほー」と打って変わって上機嫌な声を出す。
「えらく別嬪な女を連れているじゃねーか。お前には不釣り合いだな」
白矢は震える織恵を庇うように、一歩前に出る。
彼女が目を付けられるのもこれが初めてじゃない。
細木織恵は美少女だ。
元いた世界でもクラスで一番人気のある女子生徒だったし、高校生から、何を考えているのか大学生からもラブレターを貰っていた。
ぱっちりとした輝く大きな瞳に、高くも低くもない絶妙な鼻梁、小さな桜色の唇と天の川を宿した漆黒の髪……その時分ブラウン管の中で流行っていた、沢山の少女達が部活感覚で歌うグループなんかより、彼女一人の方が誰よりも学校で人気があったし、近所でも評判だった。
その魅力は異世界でも変わらなかった。否、彼女を狙う目はより多くなった。
異人種であることが珍しいのか、旅の最中、立派な服を着た男に、いくらなら売ってくれるか? と何度も持ちかけられた。
その度に無言で剣を抜き追い払ったが、今回はその程度で済むのかどうか。
「よう、お嬢さん。俺と遊ばないか? 楽しいことして俺の子を産んでくれよ」
下卑たにやにやを浮かべて、男は立ち上がった。
「へへへ、鳴き声を聞きたいぜ」
織恵は一五歳にしては発育しすぎている体型を隠そうと、白矢の背中に張りつく。
「それ以上の無礼は許さないぞ!」
戦いを白矢は決断した。腰のバスタードソードの柄に手を置く。
「なんだとー? ガキめが」
男も応じて手を彷徨わせるが、彼には武器がなかった。重い武器を酒場に持ってくる者はそうそういない。白矢の決断もそれを見越していた。
男の顔がさらに醜く歪む。
「ち、武器がねー」
「で、どうする? 武器がないと逃げるのか?」
ここで白矢が相手を挑発したのは激発を狙ったからだ。そうすれば武器使用は認められ、衛兵やらにも説明できる。
現に男の顔はどす黒くなり、小さな目は血走る。
が、白矢の策はすぐに破綻した。
「おいおい、ボガート、もめ事ならよそでやってくんな」
酒場の店主が間に入ったのだ。
「若いの、おめえもだ」
白矢は舌打ちした。これでボガートとか言う奴に退く口実が出来た。プライドを傷つけなくこの場を逃れられる。
「そう言ったことなら仕方ないな」
ボガートは余裕と笑みを取り戻す。
「この借りは後で返すぜ、ビャクヤさんよ」
白矢は仰天する。この男に名乗った覚えはないのだ。
「へっ、テメエ達アレだろ? 異世界から来た奴……俺はボガート、テメエと同じ勇士決闘に選ばれたモンだ」
ボガートは下の牙をさらにむき出す。
「へへ、勇士決闘なんて興味なかったが、こんないい女が着いてくるなら別だ……今度会ったとき、楽しく決めようじゃないか。その女にはどちらが相応しいか」
「ふざけるな! それは関係ないだろ!」
「うるせえ! 俺は欲しい物は必ず手に入れる……力でな、女! 体でも洗ってな」
もういいと白矢は斬りかかろうとしたが、背後から必死で織恵がしがみついていた。
「ダメ! そんな事をしたら衛兵に捕まっちゃうよ!」
へへへ、と薄気味悪い笑みを残し、ボガートは去った。
その背が消えてから織恵はぺたんとその場に跪き、震える肩を抱く。
「大丈夫か?」との白矢の質問に「う、うん」とは答えるが、彼は彼女を二階の宿まで運ばなければならなかった。