異世界転移者3
二人きりの旅は心細いし油断ならない。
何度も危機に見舞われた。
白矢は疑り深くなり、ずっと緊張感を持ち、張りつめてなければいけなかった。
人のいる街がこんなに嬉しく感じるのは、彼等がこの世界に馴染んできた証拠でもあった。
「この街人が多いね、どんなお店あるのかな?」
織恵がこんなに機嫌がいいのはしばらくぶりだ。彼女は早足で市場が開かれている広場に向かい、白矢は苦笑して追いかける。
「わあー、綺麗な服」
「お嬢ちゃん可愛いね! どうだい安くしとくけど」
「うーん……寸法合うかな……」
唇に人差し指を当て考えるフリをする織恵は、やはり女の子だ。
彼女は知っているはずだ。今見ているふりふりのドレスなんて買う余裕がない、と。
そもそも買ったところでこの過酷な冒険の中のどこで使うのか、彼女は、女子の嗜みのウインドゥショッピングをしている。
思わず活気の中にいる美しい織恵に目を奪われ口元を緩める白矢だが、織恵がこちらの様子にはたと気付いた。
途端、楽しみなど無かったように無表情になり、つかつかと歩み寄ってくる。
「……何も必要な物はありませんでした。よければ行きましょう皆部君」
白矢は消沈する。いつからか彼女がこうして他人行儀な接し方をするようになった。あるいは、中学時代もそうだっただろうか。
幼馴染みでずっと一緒の織恵は、昔は「白矢」と笑顔で呼んでくれた物だったが。
「……そうだね」
白矢はもやもやを隠し、同意する。
まだ太陽は頭上にあったが、広い街だ、迷っている内に夜になる、は勘弁して欲しい。
「宿屋をさがしましょう」
織恵が平坦に提案するが、白矢は考えた。
「いや、まず冒険者ギルドに行こう。この街の概況が知りたい」
「そうですね」との織恵の返事を待ってから、白矢は視線を周囲に走らせた。冒険者ギルドの特徴的な看板を探すのだ。
すぐに見つかった。
これは驚くべき事だ。冒険者とは仰々しい名ばかりの存在であり、実態は碌に職にも就けないつまはじき者ばかりだ。
この世界に来て一番白矢ががっかりしたのは、冒険者の地位の低さと質だ。
一攫千金を夢に……何て甘い台詞を吐いているが、実態は追い剥ぎで、殺した怪物から装備を奪って売るのがメインな、どうしようもない職業だ。
まあ、ギルドの依頼料だけではやって行けないのと、強力な魔物に対して人間はあまりにも無力なのが、原因なのだが。
とにかく、立ち寄った様々な街の冒険者ギルドは小さく、所によっては衛兵詰め所にもなっていて、決して歓迎された風はなかったのだが、サイレスの街は違うらしい。
二人がギルドの扉をくぐると、遠慮会釈ない視線が集まった。
仕方ない、と白矢は諦めている。
何せ二人は異世界人だ。この世界の平均的な人種とは異なる。最初は気にして神経質になったが、今や好奇の目にも慣れた。
「この街の状況を教えて欲しい」
白矢は固い声でギルドの受付に話しかける。こういう情報の大切さは身に染みていた。
受付の禿頭の男は、ぽかんとしながら白矢を上から下まで観察し、口を開いた。
「……あんた、ビャクヤかい? 異世界人の」
「そうだけど」白矢は眉間に皺を作る。
最近、冒険者や傭兵として働きすぎたために自分の名前が広がっているとは自覚していたが、いきなり冒険者ギルドの者の口から出ると、警戒してしまう。
「こりゃあすげーや!」
声は背後から上がった。
振り向くと、今までただ見ていた冒険者達が興奮している。
「あんた、ここに来ちまったか」
「うん?」
「運が悪いなあ……可哀相に」
「どういうことですか?」
訊ねたのは織恵だ。珍しい、彼女はあまり冒険者ギルドのごろつきと話したがらない。
「そうか、知らないのか」
受付が何度も頷く。
「いいかい、この国では今、勇士決闘というものが行われているんだ……」
彼は勇士決闘のルールと賞金、今の状況を白矢に伝えると、結んだ。
「つまり、他の冒険者があんたを狙ってくるんだビャクヤ、判ったかい?」
「な……」白矢は唖然とした。織恵も同様のようだ。
彼が冒険者ギルドに登録して、今までこうして顔を出していたのは安心があったからだ。
ごろつき達でも仲間内は手を出さない。そんな暗黙のルールが冒険者達には存在していた。存在していたはずだ。
「何ですかっ! それ」
声を荒げたのは織恵だった。
「どうして白矢……皆部君がそんなことをしなければならないの?」
「俺達もよく判らんのだが、王様の思いつきらしい」
「何のために?」
「誰が一番強いかを知りたいんだろ」
織恵はその答えに愕然としているが、白矢は呆れた。そんな下らない理由で冒険者同士を殺し合わせるのか。