表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/89

異世界転移者2

 訪れる愁嘆場。


 誰もが己の力のなさを呪い、他人を責め、二つの死体の前でパニックを起こした。


 どれぐらいの時が過ぎたか、ようやく洞窟が危険だと判断がつくようになった三年四組は、とにかく二人の遺体を布にくるんで移動した。


 一行は拠点にしていた村に戻り、何とか馬小屋の隅を借り二人を安置した。


 茫漠の時間が流れる。


 まさか自分達が死ぬ、死の危険があるとは誰も考えていなかった。


 白矢もだ。彼もそれまでどこか楽しい旅行気分で、今までの勝利が運だけだとは思わないでいた。


 結果……皆頭を抱えた。


「どうしたらいい?」


 その言葉が誰の口からも発せられた。


 とんでもない失態だ。二人は死んだのだ。このまま『使命』とやらを果たしても帰るにも二人足りない。否、そもそも生きて『使命』を果たせるのか。


 三年四組は荒れた。初めて喧嘩し衝突し、傷つけあった。


 全く無駄な時間だ。言葉では何も変わらない。


 だがここで一つの情報がもたらされる。気晴らしに街に繰り出した連中が聞きつけた。


「ローデンハイムに死を超越した魔道士がいるらしい」


 死を超越……それは死者を蘇らせる事では?


 皆はその報に食いついた。だが村人に確認するとローデンハイムは遠い、とても大所帯で行ける場所じゃない。


「加藤君と岡部君はここに置いたまま? 見て無くていいの」一部の女子の発言だが、これはもう旅はうんざりだと変換する。


 結局手を挙げたのは皆部白矢だった。


「まず俺が一人で行って情報の真偽を確かめよう」


 誰もが賛成した。そこに皆の本心があると見抜きながら、白矢は決意する。


 そこにもう一人加わるのは、彼が旅支度を終えた頃だった。


「一人じゃ危ないから」と主張したのは細木織恵だ。


 反対の声が多数上がる。特に彼女に内心惹かれていた男子生徒から。


 織恵は頑として譲らなかった。反対者達が折れる。


 実はここで皆部白矢は不安を感じた。


「なら俺も……」との声が全くなかった。


 ──もしかして三年四組はもう瓦解しているんじゃ……


 だが背中に不信感を持って旅は出来ない。


 全てを振り切って、皆部白矢と細木織恵は旅立った。白矢は戦士、織恵は吟遊詩人のクラスをこの世界に来た瞬間に与えられていた。


 旅は辛苦の連続だった。


 白矢が体調を崩したり、織恵が病気になったり。


 そもそも白矢も織恵も一九八〇年代の日本の少年少女に過ぎない。道も舗装されていない大自然の中を、重い荷物を持って旅するなんて初めての経験だった。


 二人は何度も食べ物に水にあたり、密かに吐いて密かに下痢を処理して耐えた。


 織恵は年頃の女性だったから月の物もあったが、「何でもない」と青い顔でバレバレの嘘をつき誤魔化していた。


 追い打ちをかけるように、大して渡されていない路銀は簡単に尽きる。


 仕方なしに二人は旅の方々で冒険者ギルドに顔を出し、楽な仕事を選んでこなしながら進むことにした。


 勿論、冒険者の常識、敵からのかっぱぎを行いながら。   


 傭兵として戦に参戦したのも路銀の関係だ。


 二人は知らないが、いつの間にかそれらの功績は人々の口の端に上り『旅をする異世界人』の噂は広がった。


 不幸なことに。


「街だよ、皆部君」


 織恵が弾んだ声を出し、白矢が顔を上げる。


 真ん中に川が入っていく市壁があった。今までの経験からその街がそれなりに大きいと白矢は判断する。


 となると宿もあり、運がよければ浴場もある。


 彼が気にするのは傍らの少女だ。


 細木織恵には感謝している。本当なら彼一人の旅の筈だった。


 そうだったら、とうの昔に白矢は街道の隅で朽ちていただろう。


 車も自転車もない徒歩の旅、特に戦いながらのそれは過酷だ。


 白矢は現代日本がどれだけ住み心地がよかったかを再認識した。


 まず買った食べ物を慎重に観察しなくてもいい。この世界の食べ物屋はいい加減で腐っていたり、何やらの菌が付着していたりと、彼等は散々な目に遭ってきた。



 最悪なのは、外れた時だ。



 駆け込む病院もないしトイレもない。道を外れて嘔吐するかしゃがむか二択だ。


 一人だったら元の世界とのあまりのギャップに精神が壊れていた。二人だったから支え合い看病し合い、何とかここまで来られた。


 だが、織恵は女の子だ。しかも思春期まっただ中の多感な少女だ。


 毎日シャワーで体を洗い髪を洗い、毎日清潔な水で、顔を洗い歯を磨く生活が常識だった少女に、風呂の少ないこの世界は酷いはずだ。


 細木織恵は文句は言わない。


 ただ黙って着いて来て、時には力を貸してくれる。


 彼女とは幼稚園からの幼馴染みだが、ここまで強靱であるとは思っていなかった。


 白矢と織恵は、ようやくたどり着いたサイレスの街の門を、わくくわくしながらくぐった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ