異世界転移者2
訪れる愁嘆場。
誰もが己の力のなさを呪い、他人を責め、二つの死体の前でパニックを起こした。
どれぐらいの時が過ぎたか、ようやく洞窟が危険だと判断がつくようになった三年四組は、とにかく二人の遺体を布にくるんで移動した。
一行は拠点にしていた村に戻り、何とか馬小屋の隅を借り二人を安置した。
茫漠の時間が流れる。
まさか自分達が死ぬ、死の危険があるとは誰も考えていなかった。
白矢もだ。彼もそれまでどこか楽しい旅行気分で、今までの勝利が運だけだとは思わないでいた。
結果……皆頭を抱えた。
「どうしたらいい?」
その言葉が誰の口からも発せられた。
とんでもない失態だ。二人は死んだのだ。このまま『使命』とやらを果たしても帰るにも二人足りない。否、そもそも生きて『使命』を果たせるのか。
三年四組は荒れた。初めて喧嘩し衝突し、傷つけあった。
全く無駄な時間だ。言葉では何も変わらない。
だがここで一つの情報がもたらされる。気晴らしに街に繰り出した連中が聞きつけた。
「ローデンハイムに死を超越した魔道士がいるらしい」
死を超越……それは死者を蘇らせる事では?
皆はその報に食いついた。だが村人に確認するとローデンハイムは遠い、とても大所帯で行ける場所じゃない。
「加藤君と岡部君はここに置いたまま? 見て無くていいの」一部の女子の発言だが、これはもう旅はうんざりだと変換する。
結局手を挙げたのは皆部白矢だった。
「まず俺が一人で行って情報の真偽を確かめよう」
誰もが賛成した。そこに皆の本心があると見抜きながら、白矢は決意する。
そこにもう一人加わるのは、彼が旅支度を終えた頃だった。
「一人じゃ危ないから」と主張したのは細木織恵だ。
反対の声が多数上がる。特に彼女に内心惹かれていた男子生徒から。
織恵は頑として譲らなかった。反対者達が折れる。
実はここで皆部白矢は不安を感じた。
「なら俺も……」との声が全くなかった。
──もしかして三年四組はもう瓦解しているんじゃ……
だが背中に不信感を持って旅は出来ない。
全てを振り切って、皆部白矢と細木織恵は旅立った。白矢は戦士、織恵は吟遊詩人のクラスをこの世界に来た瞬間に与えられていた。
旅は辛苦の連続だった。
白矢が体調を崩したり、織恵が病気になったり。
そもそも白矢も織恵も一九八〇年代の日本の少年少女に過ぎない。道も舗装されていない大自然の中を、重い荷物を持って旅するなんて初めての経験だった。
二人は何度も食べ物に水にあたり、密かに吐いて密かに下痢を処理して耐えた。
織恵は年頃の女性だったから月の物もあったが、「何でもない」と青い顔でバレバレの嘘をつき誤魔化していた。
追い打ちをかけるように、大して渡されていない路銀は簡単に尽きる。
仕方なしに二人は旅の方々で冒険者ギルドに顔を出し、楽な仕事を選んでこなしながら進むことにした。
勿論、冒険者の常識、敵からのかっぱぎを行いながら。
傭兵として戦に参戦したのも路銀の関係だ。
二人は知らないが、いつの間にかそれらの功績は人々の口の端に上り『旅をする異世界人』の噂は広がった。
不幸なことに。
「街だよ、皆部君」
織恵が弾んだ声を出し、白矢が顔を上げる。
真ん中に川が入っていく市壁があった。今までの経験からその街がそれなりに大きいと白矢は判断する。
となると宿もあり、運がよければ浴場もある。
彼が気にするのは傍らの少女だ。
細木織恵には感謝している。本当なら彼一人の旅の筈だった。
そうだったら、とうの昔に白矢は街道の隅で朽ちていただろう。
車も自転車もない徒歩の旅、特に戦いながらのそれは過酷だ。
白矢は現代日本がどれだけ住み心地がよかったかを再認識した。
まず買った食べ物を慎重に観察しなくてもいい。この世界の食べ物屋はいい加減で腐っていたり、何やらの菌が付着していたりと、彼等は散々な目に遭ってきた。
最悪なのは、外れた時だ。
駆け込む病院もないしトイレもない。道を外れて嘔吐するかしゃがむか二択だ。
一人だったら元の世界とのあまりのギャップに精神が壊れていた。二人だったから支え合い看病し合い、何とかここまで来られた。
だが、織恵は女の子だ。しかも思春期まっただ中の多感な少女だ。
毎日シャワーで体を洗い髪を洗い、毎日清潔な水で、顔を洗い歯を磨く生活が常識だった少女に、風呂の少ないこの世界は酷いはずだ。
細木織恵は文句は言わない。
ただ黙って着いて来て、時には力を貸してくれる。
彼女とは幼稚園からの幼馴染みだが、ここまで強靱であるとは思っていなかった。
白矢と織恵は、ようやくたどり着いたサイレスの街の門を、わくくわくしながらくぐった。