プロローグ
プロローグ
黒い風が戦場を蹂躙していた。
ローデンハイム王国の騎士ベルリオーズは愛馬・ブラックウインドを疾駆させていた。
ベルリオーズは振り向いて味方の騎士達が続いているのを確認し、持っているランスのトネリコ製の柄を今一度強く握りしめた。
騎兵突撃の態勢に入る。
馬を推進力として、鉄の槍先を嵌めたランスを構え突撃する。まさにそれは人馬一体となったミサイルであり、その前に立ちふさがるいかなる物もその威力に瞠目せざるおえない。
ベルリオーズは慎重に目標を見定めた。
僅かばかりの草しか生えていない荒野の先に、歩兵達を蹴散らしている巨大な人型があった。
一つ目と角を持つ混沌の巨人・サイクロプスだ。
サイクロプスは大木のような棍棒を振り回し、人間側の兵達を撲殺している。
にやり、と鉄のヘルムの下でベルリオーズは笑いを浮かべる。
「はいっ」と愛馬ブラックウインドに声をかけ拍車をかけると彼等は発射された。
ブラックウインドの速度が上がっていく。目的たるサイクロプスの巨躯がさらに大きくなりながら迫ってくる。
途中、緑色の肌と尖った鼻と耳を持つ小柄な怪物・ゴブリンの集団に出くわしたが、ブラックウインドは苦もなく踏み散らした。
ベルリオーズは歯を食いしばる。
ランスの穂先近くにつけられた旗に風が巻いて、持ち上がりそうなのだ。
渾身の力をこめて跳ね上がりそうになるランスを抑え、そのままサイクロプスの傍らを疾風のように通り抜ける。
スピードと重さにより凶器と化したランスを、サイクロプスの腹に突き立て手放すことも忘れない。
「ゴギャァァァァ」とこの世の物とは思えない悲鳴が上がった。
ベルリオーズのランスは見立てを過たず、サイクロプスの腹部、臍の上を見事に刺し貫いていた。
致命傷であり、実際ランスが刺さった場所からどす黒い液体が噴き出している。
だが混沌の巨人はまだ倒れていない。
人間の三倍の身長はある怪物だ、耐久力もそれなりなのだろう。
ランスを失ったベルリオーズは「ほうっ」と敵の生命力に感心し、バスタードソードを抜いた。
平原を見渡すと敵はまだまだ数を揃えていた。ただ味方も多い。
戦いはまだ終わっていない。
マドッグのハルパー、鎌状になった剣が敵の首を切り落とした。
人間の体に豚の顔をした怪物であるオークは、仲間の死を何とも思わないのか、わらわらとさらに突進して来る。
「面倒くせー奴らだぜ!」
マドッグは乱戦の中吐き捨てると、ロングソードでオークの剣を受け止める。
「ねえねえ、マドッグ! あの騎士凄いよ!」
彼の背中で細身の剣レイピアを巧みに操っていた女戦士レイチェルは、オークの集団などどうでもいいようにいきなり指をさす。
「一人でサイクロプスを倒しちゃった、どてっ腹にランスぶち込んで」
「お前も戦いが終わったぶち込んでもらえ」
半ば自棄気味にマドッグが応じると、
「……そうね、それもいいわね」とレイチェルが黒髪を奮わせるから、呆れる。
「そんなことよりお二人さん、こちらの敵はまだまだ多いぞ」
見事な口ひげを生やした中年の戦士ルベリエはひげを撫でながら忠告するが、マドッグには無用だった。
「ったくー、これで給金少なかったら暴れるぞ」
マドッグが喚き、他の二人は肩をすくめる。
言うまでもなくそれでも彼等のいつもの稼ぎに比べたら遙かにマシなのだ。
マドッグ、レイチェル、ルベリエは普段パーティを組んでいる冒険者だ。
彼等はこのアースノアの世界にある未だ人跡未踏の地に向かい、巣にしている魔物と戦い、古代遺物や宝を手にする生活を送っている。
当たり前だが、そういった『冒険者』と呼ばれる者達の実入りは少ない。
一攫千金を狙う職業だと本人達も自負しているが、現実は厳しすぎる。
激しい戦いの後に何も得られなかった、と言う事態はまだ幸運な方で、時には大怪我が全く報われない時もある。
だからそれなりに名の売れているマドッグやレイチェルのような腕利きも、噂を聞きつけると傭兵と早変わりした。
冒険にしろ何しろ、生活しなければならない。
「どりゃあ!」マドッグがオークの脳天を剣で割ると、どこからか歓声が聞こえてきた。
「何だ?」
首を巡らすと、遠くに大男がいた。巨大なバトルアックスを振り回し、敵の首の雨を降らしている。
「ボガートか! さすがの力だな」
ルベリエが息を吐く。確かにマドッグから見ても大男の力は尋常ではない。
「あたし嫌い、あいつ醜いもん」
レイチェルはオークの心臓に一突き入れながら、辛辣な笑みを浮かべる。
「あいつにヤられるくらいならそこらに落ちている棒でいいわ」
ボガートはただの人間ではない。彼には幾ばくかオークの血が混ざっている。
故に外見はよく言えば特徴的で、英雄的働きに対しご婦人達の反応は悪い。
「今は大切な味方だ、俺に文句はないさ」
マドッグはまた一体オークを屠りながら肩をすくめる。
と、戦場に歌が流れ出す。どこかに吟遊詩人でもいるのか。
「あれか、噂の異世界人は」
「イセカイジン? ルベリエ、何それ?」
ルベリエにレイチェルが訊ね返しているが、マドッグはどこかで耳にしていた。
どうやらこの世界とは別の世界とやらから来た連中が、元の世界に帰るために彷徨っているらしい。
確かに吟遊詩人とそれを守る戦士は、マドッグも見たことのない人種だ。
だが、
「腕はいいな、あの戦士」
呟いてしまう。
異世界の黒髪の戦士はまだ少年らしいが、巧みな剣さばきで大型のゴブリン・ホブゴブリンを何体も切り裂いている。
あるいは背後の吟遊詩人の少女の歌の魔力かもしれない。
とにかく今は心強い。
「新手だ! マドッグ、呆けている暇はないぞ」
ルベリエは鋭い声で警告した。
ワージャッカルの群れが方向と共に突進してきた。
「とにかく責め続けろ! 敵にイニシアティブを取られるな」
ルベリエのいつもの言葉にマドッグは左手のハルパーを腰に下げ、ロングソードの柄を握り直した。
ワージャッカルは肉食獣の口を大きく開けて、牙を光らせ涎を垂れ流しながら接近してくる。
「ギグャァー!」
一歩踏み出し欠けたマドッグの前でワージャッカル達が炎に包まれ、断末魔の悲鳴を上げた。
「なっ」
驚愕するマドッグの傍らに、いつの間にか誰かが立っている。
「はい、終わりー♪」
白いローブ姿の女性は歌うように呟く。
……ハーフエルフ!
マドッグは鋭く、その女の端正な横顔と金色の髪、やや尖った耳を見て取る。
「お礼ー……欲しいなー」
まだ少女のようなあどけなさの残るハーフエルフの女の頬は少し膨れている。
そこでようやくマドッグは一〇匹はいただろうワージャッカル達が全てけし炭になったと知った。
……異端の魔法。
魔道の力に唖然としながら、彼はもぐもぐ口を動かす。
「あ……ああ、すまない、助かった」
「いえいえー♪ 気をつけてねー♪」
女の妖艶さと少女の爽やかさの中間にある微笑みを残し、ハーフエルフの女魔道士はすうっと最前線から退いた。
「ミュルダールか、噂通りの凄腕だなっ!」
「ねえ、てかさ魔法て異端でしょ? おおっぴらに使っていいの?」
ルベリエとレイチェルがオークを相手にしながら叫び合い、マドッグは今し方目にしたのが辺境でも名の上がるソーサラー・ミュルダールだと知った。
彼女の魔法の炎に倒されたワージャッカルの焦げ臭い臭いが、こんな場合なのにマドッグの胃を刺激する。
改めて戦場となった荒野を詳細に観察する。
マドッグ達に襲いかかっているオークの一団はまだ残っているが大分数を減らし、ゴブリンどもは騎士団が取り囲んでいる。
ジャイアントやサイクロプスなどの敵の中核になりそうなデカ物は全て倒れ、負傷した味方は地母神エルジェナの僧侶ブローデルにより、癒しの魔法を受けていた。
「ちょっと! マドッグ、サボってんじゃないわよ!」
目ざとくレイチェルに見つかり叱責を受けた彼は、笑みを浮かべて少なくなったオークの一団へと足を踏み出した。
……こりゃあ勝ったな……ソフィー、どうやらまた君に会えそうだ。