異世界転移者1
第四章
金属製の鎧はとても着たまま旅など出来ない。盾は大概木製か革製で、金属の盾は小さくて熟練しなければ使えない。さらに盾は重くかさばり、これも持ち運びに苦労する。
皆部白矢がこの世界で学んだことだ。
彼はその時分の男の子がそうだったように数年前出たばかりの家庭用のゲーム機に夢中で、特に中世ヨーロッパをモデルにしたRPGは大好物だった。
だがそのような世界に飛ばされ、嫌と言うほど思い知った。
ただただ不便なだけだ、と。
彼は木の盾を肩にかけ、鎧の入った袋を背負って肺を震わしながら歩いていた。
「大丈夫? 皆部くん」
一緒この世界に来た細木織恵が心配そうに声をかけてくるから、無理に笑顔を作る。
「ああ、大丈夫。細木さんも足元に気を付けてね」
白矢はあまり馴染まない牛の革のブーツを慮るフリをする。実は全然大丈夫じゃない。
彼がこのアースノアで思い知ったのは、男の子は体力だ、との事実だ。
RPGのドラゴンなんちゃらは適当に魔物をボコればレベルも上がり、移動なんて十字ボタンぽちっだが、現実は重い鎧やらを持ち運ぶのに少し歩いては休みまた進んで休みの連続だ。
ならば着て歩いても、と考えると痛い目に遭う。
白矢の鎧、板金と鎖帷子のそれはすぐに熱がこもり、着用し続ければ熱中症で倒れてしまう。
鎧は戦場だけで着用、盾は偉いさんの物で『盾持ち』が持つ。
それが常識だ。
「……あとどれくらいで帰れるのかな」
織恵は大きな瞳を伏せる。
仕方ない……と肩の痛みに耐えつつ白矢は頷く。もうこのアースノアとやらに飛ばされてから三ヶ月経つのだ。
本来なら彼等は高校生になっている筈だった。
三ヶ月前の中学校卒業式、その日彼等は世界の境界線を越えた。卒業式のセレモニーに教室から移動しようとした瞬間に。
二人だけではない。
昭和63年度北海道札幌西中学校の三年四組二八人全員だ。
三年四組は神に『選ばれた』存在だ、と初めて出会ったエルフに告げられた。
当然、最初は皆戸惑い途方に暮れた。だが札幌西中学校の三年四組の生徒は、幸運にも仲がよかった。当時社会問題になっていたイジメもなかったほどに。
だから自然に何とかしようとの気運が高まり、彼等の冒険が始まった。
来たばかりは本当に何も出来なかった。剣を持つ手は豆だらけになり、この世界に来た途端魔法を授かった者は呪文を間違え、散々だった。
だが一ヶ月過ぎる頃にはそれにも慣れ、三年四組二八人は世話になった村人の助言通り冒険者ギルドに登録し、小さな仕事をこなしながら力を蓄えた。
まだ一五、六の少年少女達だったが、彼等には二八人の数その物が有利に運び、多少の無理が利いた。
そこまでで三年四組の幸運は尽きる。
二ヶ月が経過し少し慣れてきた頃、ついに致命的な事態が起こった。
簡単な依頼なはずだった。
村の外れに出来たコボルドの巣を潰してくれ。
コボルドとはは虫類と人間の間にあるような怪物で、何の用意もない村人には脅威だが一ヶ月間修行を積んだ武装した冒険者の集団には楽な相手だ。だったはずだ。
実際、コボルドとの戦闘は楽だった。彼等は足りない力を、邪悪な知恵で補っているだけの怪物でしかない。
二八人の数の暴力には耐えられない。
だがその巣……洞窟の深奥で三年四組は出会ってしまった。
悪魔だ。
炎を纏い、鎖で攻撃する地獄からの使者。
激戦……皆部白矢はそこで死を覚悟した。それ程の相手だった。
結局、悪魔は数に押され去っていったが、そこに二つの死体が残った。
加藤勝、岡部伸次郎。
二人とも前衛で優秀な戦士とレンジャーだった。
だからこそ二人は皆を守るために奮戦して……顔面と腹を引き裂かれて死んでいた。
「あ、あああ」誰が最初に声を出したのか、白矢は覚えていない。もしかして自分の喉から漏れたのかも知れなかった。