戦士レイチェルとローグ、マドッグ3
マドッグは当然レイチェルとは戦いたくなかった。
彼女はほぼ一〇年の年月を共にした仲間で、彼の最初の女だった。
だがレイチェルは本気だった。本気でマドッグの首を狙っていた。だから仕方なく応戦し、傷を負いながら剣を首筋に当てた。
「……じょーだんよ! マドッグ。何本気にしてんのよ!」
マドッグはそれで許そうとした。全てを水に流してこれまで通りパーティを組む。
しかし「あたしに恨みなんかないでしょ?」と訊ねられた瞬間、彼の目の前はスパークした。
いつからか胸にちらついていた炎が、一気に吹き出す。
左手のハルパーは自然に動き、マドッグは仲間を殺していた。
呆然とするマドッグは、ぼんやりとしながらも呟く。
「……我が子の仇だ」
レイチェルはどうか知らないが、マドッグにとって彼女の中に宿った命は重すぎる意味があった。
マドッグは我に返り、その場に蹲った。
思い出すのはレイチェルとの日々、楽しくすごした冒険の数々だ。
「レイチェル……」彼は這い蹲り、獣のように吠えた。
どうして自分が彼女を殺せたのか理解出来ない。マドッグはレイチェルの亡骸を抱き寄せると、鮮血に染まりながら泣いた。
「お前の勝ちだ」
頓着のない声と手が、マドッグの肩を叩いた。
「ルベリエ……お前だな? お前がレイチェルを焚きつけた!」
「おいおい、それは違うマドッグ。俺は彼女に決闘が始まったことを伝えただけだ」
「その結果がこれだ!」
マドッグは目に殺気を込め、ルベリエを睨む。
「だがレイチェルを殺す決断をしたのはお前だ。俺は公正な見届け人として一部始終見ていた」
ルベリエはマドッグに顔を近づける。
「もう遅いんだマドッグ、お前がレイチェルを殺した……勇士決闘を行った。ならそれをムダに出来ないだろ? 決闘を続けるしかない」
マドッグはルベリエの酷い口臭から、顔を背けた。
ただ判っていた、もう自分は冒険者に戻れないと。何せ身内を殺してしまった。
「俺がお前を勝たせてやるさマドッグ」
ルベリエは不快なにやにやを浮かべ、マドッグを見下ろした。
「それでお前は何を得る?」
ルベリエは冷え切ったマドッグの目にもたじろがなかった。
彼は誇らしく胸を張る。
「賞金の半分だ」
「半分?」マドッグの口元に冷笑が閃く。
「ここまでしたお前にしてはささやかだな」
「いやいや、俺にはそれで十分さ。領地と英雄の称号はお前の物さ、マドッグ」
マドッグは再び視線を、決して穏やかとは言えないレイチェルの顔へと戻した。
「お前はもう戻れないんだぜ」
マドッグは囁くルベリエに構わず、レイチェルの遺体を慎重に地面に横たえた。
風が彼女の巻き毛の黒髪を、生きているかのように揺らした。
剣士レイチェルVSローグ・マドッグ。マドッグの勝ち(子供の恨み)