戦士レイチェルとローグ、マドッグ2
レイピアを突き出す。
マドッグは辛うじて身を捻り、彼の鎖帷子とレイピアの間で火花が散った。
鎖帷子は斬る武器には強いが突く、尖った武器には無いも同然だ。レイピアは主に突くことを想定された武器で、先は鋭く尖っている。
「さあ、マドッグ、うかうかしていると死んじゃうよ!」
レイチェルは跳ねるように地を蹴ると、マドッグに連続攻撃を叩き込んだ。
「レイチェル! 判るはずだ! こんなのは馬鹿げている」
馬鹿げている……そうだ。ここでマドッグを倒しても次の決闘を行わないと意味がない。他の勇士達もそれを知って追いかけてくるだろう。
この国の王は愚かだ。勇士決闘とは名の挙がった者達を、ただ追いつめるだけだ。
レイチェルもそれは理解している。本当は決闘なんて興味なかった。ルベリエが口火を切ってしまう前は、だ。
正直、マドッグの名を騙ったルベリエを軽蔑している。それによって勇士決闘が始まってしまった。
人を追いつめるだけの戦いが、始まってしまった。
ならレイチェルは戦うだけだ。もう男に征服されるのはごめんだった。
それに……彼女の中に暗い輝きがあった。
レイチェルが狭い村から飛び出して改めて判ったこと、それは女達の悲惨さだ。
戦になれば負けた領地の女は騎士達に犯され、醜いオークやゴブリンどもも、村娘をさらっていく。
男の数倍働いても稼ぎは並ばず、冒険者内での地位も低い。
女は常に男の付属品だ。
貴族達の間では女性にも領地の相続権があるらしいが、それはレイチェルの世界ではない。
彼女は考えてしまった。自分が決闘に勝ち残って大金と領地を手にする姿を。
男でも簡単には……否、事実上不可能だろう。
冒険者から領主になるなんて。
だからレイチェルはマドッグと戦う。女として自分達の価値を証明する。
そうだ……ある貴族の道楽吟遊詩人・トゥルバドゥールはほざく。
「金や食料を盗めば泥棒だが、女を盗んでも泥棒にはならない……なぜなら金や食料は盗めば減るが、女性器を盗めば逆に増えるではないか」
──そんな馬鹿な理屈があるかっ!
レイチェルは素早くマドッグを追う。対するマドッグはまだロングソードの柄に手を触れてもいない。
苛立ちでこめかみが脈動する。
マドッグ……レイチェルは彼が嫌いではなかった。だが彼が選んだのはソフィー。もし自分を選んでくれたのなら、この決闘など関係なく二人で他国へ逃げただろう。
彼が選んだのはソフィー。
あの弱々しいだけの女。
レイチェルはふふふと想像して、笑う。
──あの女にマドッグの首を見せつけたら、びっくりして下から子供が出ちゃうかもね。
レイチェルのレイピアがマドッグの胸を捉えた。
よし! 彼女は勝ちを確信した。
がきーん、と金属が打ち鳴る高い音が響いた。マドッグがついに剣を抜いてレイチェルのレイピアを弾いていた。
レイチェルは鉄の一撃を受けた反動で、剣を放さないように歯を噛みしめる。
その時彼女の目はまともにマドッグのそれを見た。
悲しい翳りのある眼差しだ。
レイチェルは激昂した。馬鹿にされたと思った。
彼女は全身の筋肉に圧を入れて体勢を立て直すと、今一度レイピアを繰り出した。
ざくり、とそれはマドッグの左肩に刺さった。
が、マドッグは顔を赤くした剣の一閃でレイチェルのレイビアをへし折ると、血に染まる左腕を使いハルパーを抜き、彼女の首に当てた。
はあはあはあ……レイチェルは肩で息をする。
二つの精神的な作業をしなければならなかった。まずは敗北を認めること、次にこの場を丸く収める言葉を探すこと。
悔しさはあったが、いつかまた挑めばいい。命を拾えばそのチャンスは必ずやってくる。
これまでずっとそうだった。
「……じょーだんよ! マドッグ。何本気にしてんのよ!」
取り繕った台詞は白々しく空に溶ける。
「わかった! ねえマドッグ、許してよ……」そして当然のようにつけ加える。
「だってあたし仲間だよ……手加減とかしてよ……それに」
レイチェルは深刻な顔のマドッグに笑いかける。
「あたしに恨みなんかないでしょ?」
次の瞬間、マドッグのハルパーがレイチェルの喉を切り裂き、彼女は血を吹きながら絶命した。