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戦士レイチェルとローグ、マドッグ


 レイチェルが生まれたのはローデンハイム王国の最北にある、小さな村だった。


 彼女の父親は農奴で、母親も農奴の娘だ。


 父は乱暴で横暴な男だった。そして小心な男だ。 


 そういうタイプは概して上の者には媚びへつらい、力の弱い者には暴君になる。


 レイチェルの父親はそのひな形から一ミリも乖離していない、詰まらない人間だった。


 物心つく前からレイチェルは母に奮われる暴力を見てきたし、自分に対しても父は遠慮も容赦もなく、拳を振るった。


 このアースノアでは女性の地位は低い。


 同じ仕事をしても女の賃金は男の半分である。結婚した女は夫に絶対服従で、貴族はともかく農民は地母神エルジェナの名において、離婚は許されなかった。 


 だからレイチェルの父のような男は珍しくない……大抵がそうだ。


 妻達は皆、夫の暴力を恐れて、毎日びくびく過ごしていた。


 物心ついたレイチェルはそれが不思議で我慢ならなかった。だから彼女は殴られても蹴られても父に反抗して母を守った。


 それは最悪の方向に向かう。


 レイチェルが一一歳になった初冬だった。秋の刈り入れも終わり、後は冬のエルジェナ祭で領主から肉を分け与えられ、年を越す、一年が終わるまでの穏やかな期間だ。


 父はその日も母を殴り、母は家の片隅で泣いていた。


 勿論、レイチェルは父と対峙し酷い折檻を受けた。ただその寒い日はそれだけでは終わらなかった。


 荒々しく父がレイチェルに覆い被さってきたのだ。


 レイチェル自身自覚がなかったが、いつの間にか彼女の胸や腰からは男の目を引く色香が漂いだしていた。


 田舎の村で彼女の容姿は整いすぎていた。


 実の父はいつからか、レイチェルを邪な目で見ていたのだ。


 あっさりとレイチェルは男を知った。その後も父は夜になると彼女に抱きつき、レイチェルは羞恥と罪悪感に苦しんだ。


 母は、母は助けてくれなかった。


 それどころかレイチェルが襲われているなど見ていないように、むしろ微笑んで静かな時間を一人享受していた。


 死の冬……この世界に訪れる厳しすぎる冬で、神々が人間を見捨てアースノアの文明を停滞させるために、太陽を一つ奪ったから訪れるようになった……の頃になると父はより悪辣に、より卑劣になった。


 実の娘のレイチェルを村の男に抱かせ、見返りとして金やら家畜やらを手にするようになった。


 つまりレイチェルは家族の手で娼婦にされた。


 男が寒さを凌ぐ方法は酒と女だ。彼女は体どころか息も臭い男達の慰み物になり、母がにこにこと男達から金を受け取った。


 春になる頃にはレイチェルは妊娠していた。


 父が激怒する。


 レイチェルに落ち度など無い、彼女はただ犯されていただけだ。なのにレイチェルの父は娘を怒りのまま暴行し、しばらく血の色をした尿が止まらなかった。


 子はすぐに堕胎された。


 ぼろぼろのレイチェルはその後も男達の道具に成り下がった。だが生来勝ち気だった彼女は、自分が女故に陥ったどうしようもない状況を逆に考えることにした。


 ──男があたしを犯しているんじゃない、あたしが男を犯しているんだ。


 レイチェルは自ら体を使い、状況を楽しみ出した。


 一年後、レイチェルは村から出奔した。


 レイチェルの特殊な魅力にあてられた村の男達からの金銭が父母の生活の糧になっていたが、もはや彼女に二人に対する情などない、村にいる理由もない。


 冒険者レイチェルの誕生だ。


 最初は苦労した。まだ幼さの残る少女だったし、何の用意も訓練もしていなかったからだ。だがここでも彼女は自分の魅力に救われた。


 男達は愚かにレイチェルの体を求め、自分が犯されていると知らず彼女を征服したつもりになる。そんな連中の首を狙うのは簡単だった。


 レイチェルにとって自分の美貌と体は、武器だ。


 そもそも法に耐えられなくなり、その外側に出て行く者達は大抵男だ。盗賊も傭兵も冒険者も。だから一時の戦闘に敗れた折はレイチェルは絶妙に彼等を誘惑し、命を拾った。


 オークやらにもその手を使った事もある。


 レイチェルはそうやって生き延び剣の腕を上げ、名を上げていった。


 愚かな男達を踏み台にして、だ。


 彼女がマドッグと出会ったのは、トロールに追われている時だった。


 直前、冒険者ギルドから受けた怪物退治の為に集めた男どもは全滅していた。ただ窮地だったわけではない。レイチェルは既にトロールを倒す算段を着けていた。なのに割り込んだ少年がマドッグだった。


 レイチェルは儀式としてトロールを倒した後、彼を犯した。笑えることにマドッグはそれが初めてだったはずだ。


 それから妙に気が合い、マドッグと年かさの戦士ルベリエとよくパーティを組んだ。


 勿論、夜は夜で楽しんだ。


 結果、再び妊娠し、彼女は青ざめる。


 思い出すのは固い拳、尖った靴、止まらない血の尿だ。


 マドッグはレイチェルが出会った男達の中ではマトモで、女に暴力を奮うことはなかった。そういう男だった。だがレイチェルの震えは止まらない。



 ──マドッグに殴られる!



 彼女はすぐさま錬金術師から薬を買い、彼の子供を流した。


 報告したとき、マドッグは傷ついた顔をしたが、レイチェルは見ないふりをした。


 ただ彼がソフィーを妻に娶った時、レイチェルはぼんやりと思った。


 ──ねえ、マドッグ、あの子を産んでたら、私を選んでくれた?


「やめろ! レイチェル」マドッグの今更の言葉にレイチェルは喉の奥で笑った。 


 彼女はもう剣を抜いているのだ。後は……。


 レイチェルは獲物を前にした猫のように、マドッグに飛びかかった。



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