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間章2

「マドッグ……」レイチェルが突然立ち止まる。


 マドッグもすぐに気づいた。


 まだ廃坑から続く一面石だらけの場所だった。


「誰? 隠れて見られるの、あたし嫌いなんだけれど」


 レイチェルが気安さを装った声を出し、マドッグは荷物を降ろして剣の柄に手を置く。


「バれていましたか……さすが勇士殿」


 大きな岩の影から一人の人物が姿を現した。


 男だ。まだ若い……か分からない。


 岩の影に潜むように立っているのは、エルフだった。


 端整な顔立ちに白い長髪、尖った耳。


 ──へー。


 マドッグは感心する。エルフ男はなかなかの美貌だった。


 レイチェルは喜ぶだろう。


 が、彼女の目元は鋭く、表情は硬い。


「あんた誰? 何のよう?」まるで刃のように冷ややかで、緊張感のある声だ。


「私はヘイミルと申します。吟遊詩人です」


 エルフのヘイミルは仰々しく一礼する。


「用件、聞いたんだけど?」マドッグが口を開こうとするが、レイチェルにより機先を制され、黙る。


「勇士決闘、参加しないのですか?」


「ああ、それか」マドッグはうんざりしたように答える。


「馬鹿馬鹿しい、の一言だ」


「そうですか」ヘイミルは鮮やかな笑みを口辺に、滲ませている。


「で、それを聞いてあんたどうすんの?」


 レイチェルの口調は、相変わらず相手を突き放すようだ。


「いいえ、どうもしません。私はただことの成り行きを歌にしたいだけです」


 ヘイミルは今一度深く頭を垂れると、踵を返した。


「……何だあれ?」マドッグが眉を曇らせると、レイチェルが浅い息を吐く。


「何であれ、あいつは危険よ」


 レイチェルの顔はまだ仮面のようだ。



「あんな所にいるのに、ここまで血の臭いがしたわ」



『血まみれ剣』停に休みはない。いつも誰かしらが酔っぱらっている。


 ゴブリンからかっぱいだ武具を売ってささやかな金を手にしたマドッグとレイチェルは、きっちり等分に分け、夜が明けたばかりの酒場へと入った。


 木の扉を開くと、テーブルに突っ伏していた男の目が丸くなり、アンデッドのように蘇る。


「お! 噂のマドッグじゃねえか、やったな!」


「はあ?」マドッグが眉を寄せると、あちこちで沈んでいた酔っぱらい達が歓声を上げる。


「騎士だってな? 流石だぜ」


「これで後何人だ?」


 彼等の興奮に引きながら、手を振る。


「何だよ? 何の話しだ」


 マドッグが苛立ったのは、今まで寝ずに坑道を彷徨っていた疲労も関係していた。


「何言ってんだよ」


 ばしんと酒場の親父に背中を叩かれる。


「お前やったんだってな、勇士決闘」


「は?」


「もうここら界隈じゅあ有名だぜ、偉そうな騎士を倒したって」


 マドッグは本格的に唖然とした。そんな事実はない、彼は今までゴブリンをかっぱいでいた。


 だがどうやら彼は騎士ベルリオーズと勇士決闘をして勝利し、普通金貨一〇〇枚を貰った事になっていた。


「俺にエールを奢らせてくれ!」


 酒場の親父が興奮口調で木のジョッキをテーブルに置くが、マドッグはそれに構わず店を飛び出した。


 行く先は冒険者ギルドだ。


 仕事以外は絶対に触れない扉を突くようにして入ると、うんざりする光景がある。


 一見して冒険者と判る粗末な服装の汚れた男が、熱心に壁に貼られた羊皮紙を睨んでいる。


 どうせ戦利品が発端だろう三人の男達が言い争い、傍らでそばかすだらけの醜い女が所在なさげにしている。


 エルフの血でも入っているのか、妙に顔かたちの整った痩身の若者は、目に油断ならない光を湛えて周りを睨んでいる。もう何年も見てきたギルドの日常だ。


 マドッグは知っている。ここにいる者に心を開いてはならないと。 


 冒険者なんかになる奴は臑に傷があるお尋ね者か、本当に財産のない貧乏人、徒弟にすらなれない性格に難のある者達だ。


 連中を少しでも信じれば、己の身が危うくなる。 


 一四歳の頃から冒険者として生きて来たマドッグだから、皆の腹の中も大体読める。


 ただ、今は仲間を募集に来たのではない。


 マドッグは藁の敷いてある床を歩き、建物の奥にあるそれだけは立派な木のカウンターへと進んだ。


「おお、噂のマドッグか! どうした?」


 案の定、受付の男はマドッグの登場に少し興奮している。


「あんたすげーな、騎士をヤっちまうなんて」


 その嘆息には色んな意味が含まれている。


「あいつかよ、決闘の」


「へ、今度は身内に手を出すのか?」


「裏切り者が」


 背後からは彼を軽侮するひそひそ声が聞こえてきた。このまま決闘を続けていたら、冒険者ギルドに所属している冒険者も対象になる、信頼を失って当然だ。


 マドッグは奥歯を噛みしめると、受付の襟首を掴んだ。


「え」と笑顔だった男の顔が引きつる。


「金は? 決闘の賞金はどうした?」


「え、ええっと、代理が持っていったが……」


「代理? 誰だ?」




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