弱いものを助けるのは騎士の務めですの
突如、声を出した機械甲虫にアンジェは問いかけた。
「あ、貴方はいったい誰ですの?」
何度もポットの蓋をカタカタさせながら。でアンジェに語りかけてくるポットの機械甲虫。
「ワスレマシタカ! ワタシデス! オウジサマデス!」
机の下で震えるオリバーは、勇気をもって機械甲虫を指さした。
「あ、あ、アンジェ!! はやく、はやく、その機械甲虫から離れるんですのよぉ! そいつは悪ですわぁ! 危険ですのよぉおお!!!!」
機械甲虫が悪だと発するオリバー、しかしその生命を断つのに躊躇するアンジェ。
「(何を信じればいいんですの? ラスタル様。貴方のような騎士だったら? 私が立派な騎士だったら)」
かたや守るべき弱いオリバーを背に、前には一撃で生命の立たれる弱い機械。
弱いものを守るのが騎士なら、どちらも守るべき存在ではないのか?
アンジェは自分にそう問い、そうだ! と閃いた。
「消えてしまえばいいんですの」
自身の消える体質を思い出し、アンジェは弱っている機械甲虫がパカパカ言わせているポットを、サッと蓋に着いた金具で締めた。そして、ポットの注ぎ口を木刀を入れてふさぐ。
そして、自身の革のバックに仕舞うと、懐に入れて密着させた。アンジェの影の薄さは、近くにある物体の存在も薄くしてしまうのを、アンジェは来ている服や部屋を認知されない経験から気付いていた。
これで機械甲虫はオリバーの認識の外になり、機械甲虫も死ぬことはない。中にいる機械甲虫は意外と静かに収まり、振動はするものの暴れる様子はなかった。
「このまま、ラスタル様のところまで走り抜けるですの」
最後の処置はラスタルに任せよう。そう、決意して部屋から出るアンジェ。
部屋のドアを開けると、駆けつける近衛兵達がいた。
「オリバーお姉さま! 近衛兵が来ましたの! だから、もう安全ですの」
そう一度振り向いてオリバーに声をかけるアンジェ。一度心配してくれた義妹が安心できるようにであった。そして、近衛兵たちとすれ違う様にアンジェはラスタルのいる部屋を目指した。
「あ、あれ? アンジェ?」
取り残されたオリバーは近衛兵に囲まれて、無事を確認されていた。
「アンジェ……?」
しかし、突如いなくなったライバルのアンジェの気配を感じられないオリバーは不安げに周りを見渡していたのである。
「うん。それで、持ってきてしまったのでありますか」
手を口元に置きつつ頷きながら、ポットから出る機械甲虫の青い光を見て、ラスタルは悩んだ。
そして、そばかすの乗ったアンジェの鼻にチョンと指を当てて、ラスタルは警告を発した。
「かわいいアンジェ。危険だから次は捕まえないようにしてほしい」
「でも、ラスタル様? 私には、とても危険には見えなかったんですの。この子も弱い生き物にみえたんですの」
シュンとなって子供のように落ち込むアンジェ。
「いいかい? 機械甲虫は人に害をなす敵なんだ」
「どうしてなんですの? どうして機械甲虫は敵で、倒さないといけないんですの?」
なぜ機械甲虫が人間を敵視するのか? それは、ラスタルやそしてこれまでの歴史の記載者にも分からない事実であった。かつて機械との戦争があった事実以外、何故人類と機械甲虫が戦っているのか分からないのである。
ラスタルは、機械の戦争の歴史をアンジェに説明し、それが何人もの人を殺めてきた事を伝える。
しかし、アンジェは疑問を呈する。
「そんなの、納得できませんの。機械は理由もなく人を倒すのですの? 何かきっとあるのですの」
はきはきと意見を言うアンジェに、ラスタルは参ったと思った。なんて主張をするのだろうか、と。
それと当時に、ラスタルはアンジェの我が強くなっている事にも感動を覚えていた。
これまで体力的にも生活力的にも鍛えてきたが、前の空気の薄さから出る無視されてきた自身の無さは見られなくなった。そう、あの城の城下町を見降ろした日から。
その我の強さと、意固地さにラスタルは折れる。
「わかった。アンジェ、だけど……その機械甲虫を飼うのはダメだ。私が遠くに放してくるから、今夜にはお別れを言うのでありますよ? 今夜だけでありますから」
その、ラスタルの恩情に、アンジェは顔を輝かせた。少なくとも、この機械甲虫は自然のままに帰されるのである。
「でもいいかい? この機械が世界に放たれて、敵になる時は……私も剣を取るのをためらわない。それを約束してくれ」
「わかりましたですの! ラスタル様! 立派な騎士様ですわ!」
機械との戦いで冷徹な争いを繰り広げていたラスタルも、アンジェには甘かった。
青く機械の触手がうねる中、危険な武器と合体はしていないことを確認しつつ、ラスタルはアンジェにポットの機械甲虫を返した。
「良かったですのね。ポトつむり」
ラスタルから受け取り、ポットに寄生した機械甲虫に語り掛けるアンジェ。
「それは名前かい?」
「ええ! この子の名前ですの!」
大きなおさげを揺らしながら、笑顔でアンジェは応えたのである。
アンジェは自室に戻ると、ポトつむりの入ったバックをテーブルの上に置いた。
「少なくとも、あなたは今夜、安全に寝れますの」
バックの中から、機械甲虫のポトつむりを取り出すと、金具と木刀を外してあげることにした。
うねうねと青い機械の触手を光らせながら、ポトつむりはアンジェのバックから這い出てきた。
そして、ポトつむりは周りを一、二度確認した後、アンジェの方に振り向いた。
「コンニチワ! コンニチワ!」
「もう夜ですの。ポトつむりさん」
アンジェは外の夜景を指さした。
大きな窓の外は明かりで輝いていた。だがレンガ屋根の家が光っていたわけではない。その更に下の、光る機械が光っているのだ。この世界の地下は光り輝く機械都市だったことがうかがえる。鉄鋼で出来た機械都市は、地盤としてレンガ屋根を支える軸となっているのだ。




