9 ハプニング発生!
村に帰還したグリムたちは村の人々と結果を話し合い、明後日にはドルグの村へ作物を運ぶ手はずを整えることとなった。
細かいことは村長たちに任せ、グリムは帰宅した。
「……で、どうよ私の案。完璧じゃない?」
「う、うん。でも、まさかグリムの魔法がそんなに影響するなんて……」
「ええ、やっぱり強すぎる魔法っていうのも意外と考えものね。一発で沢山の敵を吹っ飛ばしつつ、近くの被害も最小限に留めなきゃいけない。両方やるのはなかなか難しそうよ」
リビングで脚を組んで椅子に座り、交渉してきたことを自慢するグリム。
キッチンではハンナが淡々と料理の準備をしていた。
「皆さま、そろそろ晩御飯ができますよ~」
「お、待ってたわ。今日は一体何が—―」
その時、グリムにある感覚が走って会話を止めた……。
「グリム?」
「どうしました? 虫歯にでも気が付きました?」
「いや、違うわ」
(この感じ、この場所の…いや、この村全体の魔力の流れが変わった……まさか!)
グリムが何かを察していると、それはすぐに起きた。
「た、大変だ! 結界が解けている!」
「おいおい、まだ解ける時間じゃないはずだろ!?」
外から焦る人々の声が聞こえ、耳にしたグリムは椅子から立ち上がった!
「ハンナ、晩御飯はもうちょい後にして」
「ですね。エール様もそれでよろしいですか?」
「は、はい。なんか外が嫌な感じですし……」
グリムはすぐに外に出て、家の屋根の上に飛びのった。
さっきの声の通り、村の周囲の結界が消失している。そして、モンスターの数は一方向だけじゃなく、四方から迫ってきている……!
(かなりの数が迫ってきてるようね……)
敵の戦力を吟味していると、グリムのもとに通信魔法がかかってきた。
「グリム、頼みがある! 北と西のやつは俺が対処するから、残りの方角の敵を相手してくれないか?」
「急に改まってどうしたのよ?」
「いいから頼む! お前の手を借りるのは癪だが、今は状況が状況なんだ!」
「はいはい。言われるまでもなくそうするわよ」
レイは村を守ることには何振りかまわないのだろう。
片手に大鎌を顕出させてレイとは反対の東南へと向かって飛び立った。
モンスターの群れの上空に到達したグリムは、大鎌を構えて急襲を仕掛ける!
闇に紛れる彼女の戦闘服の色、それを利用された突然の急襲にモンスターたちは驚き、反応する間もなく次々と大鎌に切り裂かれていく……!
モンスターの一群を撃破するのはグリムの力をもってすれば容易な話だ。
「【カオス・パニッシャー】!」
グリムの掌から禍々しい黒と紫の光線が放たれ、ワニガメに似たモンスターの堅牢な甲羅を打ち抜く!
(ヘルファイアより威力は劣るけど、これなら連発できるわ)
1発の火力の低いカオスパニッシャーと大鎌を駆使して戦場を駆け回るグリムがふとレイのほうを見ると、魔物の大群相手にどうにか凌いでいる様子だった。
「っち! 仕方ねえ、【ハイスピードモード】だ!」
彼女を囲んでいたモンスターたちに戦闘服のプレートを放出すると同時に、その手に握られていたのはさっきまでの長剣ではなく両手に一つずつのトンファーになっていた。
(あの武器、もしかして速度に特化するために変化させたってことかしら)
グリムの推測通り、昨日よりも一段とスピードを早めたレイの高速戦闘は次々とモンスターを屠り、硬い鱗と盾のような左腕を持つリザードマンをも一撃でぶち抜く突破力も見せた!
「へぇ、あんたさらに速くなったんじゃない?」
「今度お前に見せてやろうと思ったんだけどな。まだ未完成なんだよ」
通信魔法でそう言葉を交わしたが、モンスターの物量もまたこれまでの比ではなく、戦いは長期戦にもつれ込んでいた。
(っち、なかなかどうして諦めの悪いやつらね! 大体、こういう防衛ってあたし苦手なのよね)
ここまでの長期戦になるとは想像していなかったが、幸いにもグリムもレイも撃退し続けられる余力はまだあった。
そんな中で彼女の元に通信魔法が掛かってきた。
「誰よ! 今取り込み中なのよ?」
「おやおや、グリム様? 意外と苦戦しているようですね」
「なによ、ハンナじゃない。悪いけど煽りに付き合う余裕なんて無いからとっとと切る—―」
「そんな余裕のないグリム様に今回の結界が解けた原因をお伝えしますね」
「……聞いてあげるわ」
「今回の件は、どうやら魔力炉が故障したことが原因だそうです。復旧には今しばらくかかるそうなのでもう少し踏ん張ってください」
そう言ってハンナは通信魔法を切った。
今からでも彼女のヘルファイアが使えれば、各方向に撃つだけで決着がつくがそんなことはできない。とはいえ大鎌で戦い続けるのも限界がある。
(アレを使うときね……)
眼前の敵に対して空いていた左手を掲げ、いざ魔法を使おうとしたその寸前—―
チュイイィン……チュドン!
妙な音と共に上からモンスター一体一体へと細長い光線が降り注いで貫いた!
突然の光景に少し驚いてグリムは空を見上げると、そこには光る粒子のようなものを発生させて宙に浮く一人の少女の存在があった。
その特徴的な金髪と右手に構えた杖、そしてドレスのような戦闘服……
「二人とも、おまたせ!」
怒れる正義の魔法少女、マリー・スターハート。戦いに復帰した彼女があらゆる方向の敵へと攻撃を開始していた。
「【ピーコック・サーカス】!!」
そう詠唱すると同時に彼女の杖から放たれる一本の大きな光線は途中で何本もの細い光線へと枝分かれしていき、一度に複数のモンスターを撃ち抜いていく!
「マリー、もういけるんだな!」
「綺麗ね。それでいて敵を確実に射抜いてる……」
レイは彼女の復活を喜び、グリムは彼女の繊細かつ圧倒的な戦い方に釘付けだった。
これまでの鬱憤を晴らすかのような圧倒的な力を見せつけるマリーの前に、モンスターは村に近づくどころかレイとグリムに近づく前に脳天を撃ち抜かれてしまった。
(これじゃ、アレを使う必要もなさそうね。)
瞬く間に殲滅されていくモンスターを前に、グリムは使おうとしていた魔法を中止した。
そして、村の結界が再展開されて戦いは終結した。
見事村を守り抜いた彼女たちは村の入り口で一度集まる。
「マリー、もう心臓の調子は大丈夫なのか?」
「ええ、レイ。おかげで大分良くなったわ」
「やるじゃないの、あんたのその力は魔界でも通用するレベルよ」
「そうかな? まあ、これくらいしか私にはできないからね。今まで休んでた分、二人には負けられないよ!」
これくらい、とは言っていたが、グリムからすれば彼女の才能はかなり高いレベルだ。それもレイより数段上と言ってもいい…これが彼女に心臓に重い病気があってなお戦い続けているわけだろう。
「にしても、なんで今日は魔力炉の故障なんか起きたのかしらね?」
「ああ、俺も初めて経験した。あれはそう簡単に壊れるような代物じゃないって親父から聞いてるんだけどな」
「二人とも、とりあえず今日はもう夜も更けてるし明日調べよう?」
マリーの提案に二人は同意し、グリムはひとまず帰宅した。
「お待ちしておりましたグリム様。今日はヴルストですよ」
「あら、数日ぶりだけどすごく懐かしく感じるわ」
ヴルスト、例えて言うなら肉厚で大きなソーセージだ。保存に適した食材で、歴戦の中を生き抜いてきたグリムやハンナにはとても馴染みがある。
「まさに、実家のような安心感ね!」
「へぇ! グリムがそこまで言うなんて楽しみ! …ところで、どうやってできてる食べ物なの?」
「それはですね…まず羊の腹を切って中の臓器を引きずり出して―—」
ハンナが力説しているところを「ちょっと待った」とグリムが焦り気味で止めた。
「これ以上は食卓以外でやってちょうだい」
「え、ええ?」
(食欲気分を害しかねないわ)
その作り方は言葉と文字にするとエグい話だ。
グリム「マリーって当たり前のように空飛んでたけどあれって粒子が関係してるのかしら?」
マリー「うん。光魔法が得意なんだけど、そこからいろいろやってたらできちゃった」
レイ「やっぱすげえよな…比べたら俺なんか雑魚に見えてくるぜ……」
マリー「そんなことないよ! レイは私と違って体力あるし、この煩わしい病気だってないんだから!」