7 生きがい
—―翌朝―—
グリムはエールのベッドの上でボーっと考えていた。
自分がこれから何をすればいいのか、このまま村に留まり続けるのが一番なのか。考えていても結論がなかなか出なかった。のんびり休めること自体には文句はないのだが。
「グリム様ー、食事の用意ができましたよー」
下からハンナの声が聞こえ、「今行く」と雑に返事をして一階に降りる。用意されていたのはトーストやベーコン、スープといったシンプルなもの。ただ、どうもグリムはやる気が出ない。
「グリム、どうしたの? 元気ないみたいだけど……」
「しっくりしないのよ、エール。なんていうか、何事もやる気が起きないの」
「あまりに暇で無気力になってしまいましたか?」
ハンナの言うことも一理あると思った。あと一つは—―
「もしかしたら、此処が魔界じゃないからかもね」
「どういうこと?」
「そのままの意味よ。此処での生きがいがないの」
もともと「魔界でのしあがるため」という一心で戦ってきた彼女にとって、人間界に放り出されてはまた新しい目的が欲しい。
「そっか。…じゃあ、生きがいを新しく考えようよ!」
「はぁ? そんなのとっくにやってるわ。それでも結論が出ないからこうして悩んでるんじゃないの」
「どんなことでもいいよ、例えば、「どうすれば魔法少女の戦いは終わるのか」とか、「どうすればみんなが平和に暮らせるか」とか……」
「ふぅーん」
あまり興味無さそうに思案しながら窓の外を眺めていると、レイが村の入り口に立って居るのが見えた。そこには彼以外にももう一人、昨日は見かけなかった薄紫色の髪の少女が居る。どうやら二人で話し合ってるようだ。
「ねえエール。あいつは誰?」
「え? …あ、もしかしてアメリア!?」
「誰よそれ」
「隣の村に住んでる魔法少女だよ。最近はあまり来てなかったんだけど、何か用があるのかな?」
何の用があるのかはさておき、グリムはあのアメリアという少女が魔法少女であるということを聞いて興味を持った。
「ちょっと行ってくるわ。すぐ戻る」
「私も気になるから一緒に行くよ」
***
村の出口ではレイとアメリアが話し合いをしていたが、どうやらお気楽な土産話をしている様子ではない。
「レイ、どうしても無理か?」
「当然だ! 何が「この村の作物を全部よこせ」だ! 村長に話し合うまでもなく俺が認められるか!」
「そうだよな……」
アメリアはかなり切羽詰まった様子に見える。
「大体だ、お前はどうしてあんなやつにいつまでも従っていられるんだ? いい加減こっちに移住すればいいじゃないか!」
「レイ、私は簡単に故郷を諦める気はない。それに、その方法が選択肢にあったとしてもいきなり全住民を移せば、それこそ食糧難になることは目に見えてるだろう?」
「じゃあどうするんだよ?」
返答に困った彼女は俯いた。しかしながら、彼女はどうしても自分の村を救いたいという切実な願いがあることは確かみたいだ。
「二人とも何しているの?」
そこにグリムがエールと共に現れた。
「ん? お前か、これは俺たちの問題だから口を挟むな」
「なによ冷たいわね。ま、話は少し聞かせてもらったわ。なんで村人を移す必要があるの?」
「ああ、この前にいきなり起きた地震でうちの村の倉庫が崩れてね。入れてあった収穫したての作物が全部ダメになったんだ」
地震? そんなものがあった記憶はグリムの中になかった。
「その地震って何時起きたのよ?」
「一昨日の夜だ。もともと老朽化が激しかったんだけど、あれのせいで倉庫は完全に崩れて……。ただ、そのときは地震の前に遠くから妙な爆発音がしたのは覚えてるな」
(爆発音……? あっ、まさか!?)
一昨日、地震、爆発音、間違いない。その夜、グリムはヘルファイアをぶっ放してモンスターを一掃していた。ということは、その余波がアメリアのいる村にまで響いていたのか?
「じゃあ、とっとと新しい倉庫を作っておけばよかったじゃないか! なんでそんなことになるまで放っておいたんだ!」
「私も同感だよ。けど、あの村長が人の言うことを聞くと思うか?」
「…そりゃねーな」
二人の話を聞くところによると、その村長とやらがこの問題の元凶のようだ。
「ねえ、じゃあ作物を最低限だけ分けてあげたらどうよ?」
「はぁ? お前なにを言って――」
「このままだとお互いに面倒なことになるだけでしょ? だったら妥協点を見つけた方が建設的じゃないの。この村の村長のお宅にいきましょ」
***
半ば強引に話を進め、グリム達は村長の家に集まった。
「ふむふむ、そんなことがあの村でのう…」
「そんなの、そっちの村長の怠慢じゃない!」
村長宅にはパジャマ姿で療養しているマリーも居たが、事情を聴いた彼女はレイよりも激怒していた。
「アメリア、あなたがアイツを脅迫してでも準備させればよかったじゃないの!」
「うっ……そ、そうだな……」
(うわ、なにこの怒り様…マリーって意外と過激派……?)
昨日まで見せなかった彼女の過激な思想にグリムは若干引いたが、周りはそんな彼女の様子に既に慣れているようで、思わずエールに耳打ちした。
「急にこんなこと言いだしたけどマリーは何を考えてるのよ」
「え、ああ、マリーは敵には容赦しないから……」
(敵に回すのはやめた方がよさそうね)
「おじいちゃん、今度という今度は許せない。あの村長をハチの巣にしてくる」
「まあ待てマリー、起きてしまったことは後から変えられないんだ。で、グリム、おぬしになにか案があるのか?」
「ええ。この村の作物を最低限だけ向こうに分けるのよ。どれくらいあれば足りるの、アメリア?」
「あ、ああえっと、もう一人うちの魔法少女が急いで王都に行って食料をどうにかしようと奔走しているからな……最低だと三日分くらい用意してくれないだろうか」
三日分とは言ったが、一人当たりの量で三日分となるとどれくらいになるのだろうか。
すると、村長があることを思い出した。
「おぬしらの村とワシらの村はそう規模は変わらんよな? なら、食糧庫の4分の1くらいで賄えなえるはず……」
「ちょっと、ほんとにそれでいいの? あの村長のことだから絶対後で味を占めるよ! あいつを排除してからの方がいいよ!」
「マリー、困っているのは村長だけではない。アメリアも、そして村の皆が困っておるのだ。困っておる人に手を差し伸べるのは悪いことではないよ」
(マリーの言うことの方が根本的な解決になるんじゃないかと思うけど……。村長は相手に恩を売っておくって考えなのかしらね)
ともかくとして、グリムの提案によって話の方向は定まったようだ。
「なら、あとは倉庫の修理するだけね。あたしも手を貸すわ」
「勝手に話し進めやがって……。っち、俺も手伝うぜ」
(尻拭いはしっかりやんないとね……)
元はと言えば自分が魔法をぶっ放したせいで起きた事態。であれば、バレる前に自分で何とかしたいとグリムは考えていた。
「だが、最低限だけで村長が許してくれるかどうかがまだ分からないな。私に頼まれたのはお前たちの村からすべての作物を奪えと言われたから……」
「あのクソ村長が妥協なんかするはずないと思うがな。やっぱりお前、こっちに住んだらどうだよ?」
「そうよ! あんなヤツなんか見殺しにしてこっちで暮らした方が楽に決まってるよ!」
レイとマリーが提案するが、アメリアは首を横に振った。
「それはできない。腐ってもあそこは私の故郷だ。捨てることはできない」
「……話を聞くに、その村長をどうにかしなきゃダメってことね」
(まったく、めんどくさい話ね。こうなったら!)
「じゃあ私がそいつのとこに交渉しに行くわ」
「ちょ、ちょっとグリム?」「お前、今度はなに言って……」「それ本気で言ってるの?」
思わずエールやレイ、マリーも驚いた。
「こっちで妥協点が見つかったのよ。あとはそれを聞かせるまでじゃない。だったら言い出しっぺの私が行った方が簡単じゃないの」
「ふむ、それはそうじゃが村を代表してワシも同行させてくれ。おぬしだけでは話がまとまりづらいじゃろう」
「じゃ、決まりね」
話はまとまった……と思いきや「待ってくれ」とレイが口を挟んできた。
「村長とお前の二人だけで行かせるわけにはいかねえ。俺も付いて行く」
「レイ、どうして?」
「俺はグリムをまだ信用しているわけじゃない。何か企んでいるかもしれないからな」
(疑り深いやつね、そんなつもり微塵もないっての)
グリムは内心呆れつつも「勝手にしなさい」と言った。
「ねえ、レイ。そうなると村を守るのがマリーだけなんじゃ?」
「ん? ああ、そうか、エールの言う通りだ。そうなると村を守るのがマリー1人になっちまう」
「うん、それにマリーは心臓が……」
グリムとレイが外に出てしまえば村に残るのはマリー一人。ましてや彼女の心臓の具合は最近あまり良くないため、戦闘中に発作が起きた時に誰も彼女をフォローできない。
「大丈夫! 例えこの心臓が破れたって私は村を守るから!」
「縁起でもないこと言うなって!」
「それに関しては問題ないわ」
グリムはハンナを呼び、ハンナもグリムの考えを分かったのか頷く。すると、ボォン!という音共に煙が発生し、それが晴れると大きな単眼で翼の付いた異形へと姿を変えた。
あまりにも突飛な変身にエールたちは驚いた。
「な、なんだお前!? モンスターじゃないんだよな!?」
「心配は無用ですレイ様。これは私の戦闘モードですから」
「ぐ、グリム、どういう仕組みなの!?」
「そうね、エール。一言でいうならハンナはもう一人の私よ。私の力の半分を彼女は有しているの」
グリムは近くの窓を開き、ハンナに合図を送る。
それに従ってハンナは単眼から紫色のビームを放ち、窓の外の草原にあった複数の大きな岩を一撃で消し飛ばした!
「どう? 十分でしょ?」
「そ、そうだな。マリー、これなら無理しなくて済むよな?」
「ほかの人の手を借りるのは癪だけど、こんな状態じゃ仕方ないよね」
少し不満げではあったが、マリーも提案に賛同した。
「よし、じゃあ早速行きましょ?」
「え、今すぐかよ!?」
「レイ、面倒ごとは引き延ばさずに今すぐ解決したほうが楽じゃない? だったら今すぐ行くよ!」
グリムの言葉に後押しされ、村長とレイは準備をするのだった。
ハンナ「グリム様、昨夜はお楽しみでしたね?」
グリム「は? 何の話よ?」
ハンナ「だって、エール様のベッドで二人で寝ていたではありませんか」
グリム「なによ、仕方ないじゃない。あたしは別に床でもよかったけど、エールが寝床でちゃんと寝てほしいって言うから……」
ハンナ「フフフ、エール様はとても嬉しそうに涎垂らして寝てましたけどね」
エール「えっ、ちょ、ハンナさん!? いやその、確かにグリムと一緒に寝れるからニヤけてたかもしれないけど…!」
グリム「あんた、そういうときは嘘でもいいからシラを切りなさいよ…まるでロリコンじゃない」