6 ヘルファイアがなくたって!
夜がやってきた……
グリムはエールの家の屋根に飛び乗って周囲を見渡していた。
すると、後ろから気配がして振り向くと、そこには長剣を手に持ち既に戦闘服に身を包んだレイの姿があった。
「昨日の魔法は使うなよ?」
「分かってる。別にあの技が無くたって十分よ」
グリムは虚空へと手を伸ばすと突如として大きな死神の鎌のような武器が出現し、彼女の手に握られた。黒と紫で彩られ、獲物の命を刈り取る形、そしてグリム本人の身の丈よりも長いその大鎌にレイも若干驚いた。
「よくもそんなデカい鎌を片手で持てるな……」
「これくらい慣れたものよ。別にこの武器じゃなくてもよかったんだけど、今日の気分よ」
この大鎌なら周囲を気にせずに振り回せるし、確実に相手を屠れる。その上リーチも長いとくれば今のグリムの気分と考えにぴったりだ。
「おっと、来たみたいだな。今回は山の見える北側から来るぞ」
レイがさっそく敵を発見した。
昨日みたいに複数の方向から来る気配はしないが、数が多い。迫るモンスターの群れを目にしたグリムは軽く準備運動をして戦闘態勢を整える。
「さて、この世界のモンスターとやらは私を楽しませてくれるかしら……?」
二人は北側の村の入り口に立ち、迫るモンスターたちと相対する。そのとき、グリムはある考えが思い浮かぶ。
「レイ、あんたは入り口側で戦いなさいよ」
「は?」
「私はあの群れの後ろに回り込んで、それで挟み撃ちにするってことよ」
新参者のグリムの急な提案にレイは生意気に感じながらも「わかった。そいつが上手くいくならやってみよう」と了承した。
「じゃ、せいぜい潰されないように気を付けなさいよ」
「お前こそな」
グリムは闇夜に溶け込む黒い翼を羽ばたかせて、迫りくるモンスターの群れを飛び越えていく。
その一方で、レイはある対抗心が急に燃え出していた。
「あんなふざけたヤツには負けられないな!」
長剣を両手で持ち、モンスターたちへとその切っ先を向けて彼女は切り込んでいく。
そんなことを知る由もなくグリムは群れの最後尾に着陸した。早速、鎌を振りかぶって石のような表皮を持つアルマジロへ振り下ろす!
表皮などものともせず、容易く臓腑を刈り取る一撃によってモンスターは言葉を発することなく息絶え、鎌を振るった返り血が周囲に飛ぶ。
「さて、始まりよ!」
ヘルファイアが使えなくともその手にした大鎌で次々に表皮を裂き、臓器を斬り、息の根を断ち続ける。数匹のモンスターが勇敢にもグリムの方へと向かって行くが、その程度で抑えられるわけもなく彼女の力の前では無謀に散っていく。
すると、グリムは群れの中で勢いよく動いて敵の脚や腕を次々に切り裂いていくカマイタチのような存在を捉えた。
(間違いない、レイね)
正体を察したグリムはレイの動きが昨日と違うことに気が付いた。急所を狙うわけではなく、モンスターの攻撃を戦闘服の要所にあるプレートで弾き、脚や腕を切り裂いて戦闘力を確実に奪っていき無力化していく。
その目的をグリムはすぐに推察できた。
(競争がしたいってわけ? 乗ってやろうじゃないの!)
レイの暗に仕掛けた勝負事で昂る気持ちに呼応してか、彼女の構えていた鎌の刃が白熱化し、浴びていた緑や赤の血を蒸発させる……。
そして、走りながらすれ違いざまに、跳んで攻撃を避けた拍子に、股下を滑り抜けると同時に相手を次々と焼き斬り、モンスターの息を止めながらも自身は足を全く止めなかった。
「っち、グリムのやつ、なんて速さだ……! こうなればアレを!」
それに負けじとレイは肩や膝にあったプレートを分離した!
「【ハイスピードモード】!」
彼女は防御を捨てて完全にスピードに特化させたようだ。一呼吸の間に相手の四肢を切り裂く瞬足の斬撃を放ち、魔力をすべて使い切る勢いでモンスターを倒していく……!
二人は気が付けば、残り一体の怯えるモンスターを挟んで相対していた。
「こいつは俺の!」
「譲らない!」
二人はほぼ同時に斬撃を放ち、それは青と紫の斬撃波となって迫る。モンスターは足がすくんで動けず、斬撃波に挟まれて真っ二つに切り裂かれた……。
ギョアアアァァ……!!!
「はぁ、はぁ……どうやら俺の負けだな」
モンスターの断末魔が過ぎると、レイは膝をついてあっさりと負けを認めた。
「どうして?」
「考えてもみろ。俺はモンスターを無力化するのが精一杯で、お前みたいに急所まで狙えなかったんだ」
例え、自分の方が倒した数で勝っていたとしても殺した数ではグリムに勝てなかった。すなわち、この競争は最初の時点で彼女の勝ちは揺るがないということだ。
しかし――
「でも、無力化した敵の数ならあんたのが上手でしょ? あんたのその爽快な戦い方、面白いと思ったから私も真似したのよ」
レイはグリムからの予想外の言葉に「え?」と驚いた。
一方のグリムはレイの実力を間近で見れたこと、そして彼女が自分の動きを見てさらにその上を目指そうとしていたことに嬉しく思っていた。
「今回は引き分けよ。楽しい相手との競争をこれっきりで終わらせるなんて勿体ないじゃない?」
「お、おう……」
引き分け。グリムはレイを立派な好敵手として認めたわけでもあるが、レイは内心唖然としていた。あのヘルファイアをぶっ放して一瞬のうちにモンスターの群れを焼き尽くしたグリムと引き分けたことなど信じられようか。
「またやりましょ? 次はちゃんとレギュレーションを決めてね」
「……そうだな」
結界も再起動し、二人は村へと戻っていった。
エール「レイの方がグリムよりもスピードが速いってほんと?」
グリム「そうね。今の私よりはってことだけど」
エール「え、じゃあ本気を出せば……?」
グリム「そこから先はまだ内緒よ。でも、あいつはもっと速くなれる気がするわ」