5 どう? 私のこと見直した?
――翌日―—
朝早くシャワーを浴び終えたグリムがタオルを首に巻いてリビングに戻ってきた。服装はいつもの戦闘服だが。
「ふー、久しぶりにさっぱりしたわ。魔界より心地よかった」
「グリム様、魔界でシャワー入ってましたっけ? いつも昨日食べた食べ物の匂いとかが染みついてましたよ」
「うるさいわね! 任務漬けで入る余裕なんかなかったじゃないの!」
それよりも、香ばしい食べ物の匂いがグリムの鼻を衝いてきた。
「あんた、料理しているようね?」
「はい、エールさんは執筆がありますからね。私にできるのはこれくらいですから」
その声に反応してか、エールがグリムにあることを思い出して、少し興奮気味に「ねえねえ」と話しかけてきた。
「グリム、昨日の爆発凄かったね!」
「ああ、ヘルファイア?」
「うん、だってあんなすごい魔法、私今まで見たことなかったから!」
「あれくらい朝飯前よ。あの技って蹴るときが一番気持ちいのよね。こう、足がビリッて痺れる感覚が」
グリムが熱く語っていると、ハンナが口を挟んできた。
「お二方、食事の準備ができましたよ。あ、グリム様はそのまま熱く語ってもらって……」
「いや、食べるわ。冷めてしまっては作ってもらったあんたに失礼だものね?」
「あら、珍しく言ってくれますね」
珍しくグリムがハンナに反撃してきた。それはさておき、ハンナはほうれん草やキノコ、肉を炒めたソテーをテーブルに三つ持ってきた。グリムはルイスの向かい側の椅子に座って、料理の隣に添えられたフォークを手に取る。
ルイスも執筆を一時中断してそれを食べることにした。
「香ばしくていい匂い……!」エールは匂いを楽しみながらも口に一口頬張る。
「うん、美味しいですね! あれだけの食材でこんなに美味しいなんて……!」
「でしょう? ハンナはこういうのが上手いのに口を開くといつもよけいなこと言うのよ……」
「ふふ、それはグリム様が面白い反応をするからですよ」
「もう……! 私はあんたの主なのよ!」
食事を終えた三人は食器を片付けると、エールは執筆を再開し、ハンナは皿洗いを、グリムは黒いリボンの付いた髪留めを髪に巻いてサイドテールを作った。
そして、特に考えもなく椅子に座ってエールの書き物を覗いた。
「村を守る魔法少女のレイとマリーは師匠の教えを受けて魔法少女になれました……」
「あ、ちょ、ちょっとまだ読まないで!」
エールはいきなり自分の書き物を読み上げられ、顔を真っ赤にして画用紙を隠した。
それを見てグリムは「あっはっはっは!」と笑う。
「あんたもしかして、あの二人を主人公にして魔法少女の本を書こうとしてるの?」
「そ、そうだよ。魔法少女になれなかった私にはこれくらいしかできないから……」
「ふぅん、いいじゃないの。完成したら私にも見せて。っていうか、私も登場させて!」
グリムはずいずいとエールに迫る。エールは引き気味になりながら「う、うん。いずれね」と答えた。
「ふふ、絶対よ? ……あ、そうだ。気になってたんだけど、あんたはどうして魔法少女にならなかったのよ?」
「あー、それはね…」
エールは少し落ち込んだ様子で話を進める。
「魔法少女って誰かを守りたいって思いが強ければ基本は誰でもなれるんだけど、私には元からその素質はなかったの」
「ってことは、あんたの思いが弱かったの?」
「いや、そんなことはないよ! 私だって、できるならこの村のみんなを守りたいし、みんなのためなら死んだってよかった。けれど、ママはレイとマリーに魔法少女になれる訓練と契約の仕方を教えて、私には素質が無いって言うだけで何もしてくれなかったんだ」
「じゃあその二人に教えてもらえばいいじゃない?」
「うん、それも試したよ。けど、どういうわけか私は上手くいかなかった。だから、私はどう頑張っても二人に近づけないの」
どういうわけか、個人差だろうか? グリムが考えようとしていたところ、外から玄関をノックする音が聞こえた。
エールがドアを開けると、そこにはレイとマリーが来ていた。
「ようエール。さっそくで悪いけど、グリムは居るか?」
「え? いるけど……?」
二人は神妙な顔で家に上がり、グリムを見つけるとすぐに話しかけた。
グリムはまた文句を言われるのかと思って嫌そうな顔をする。
「その、昨日は疑って悪かったな。お前が居なければあの場は守り切れなかった」
レイからの拍子抜けな言葉にグリムも「なによ、いきなり……」と驚いた。
「いやな、ほんとに村のために力を使ってくれるなんてさ」
「レイの言う通り私も…。私、あなたが居なかったら死んでたから」
絵に描いたようなてのひら返しにグリムは狐につままれたような顔になったが、すぐに腕を後ろに組んで笑みを浮かべた。
「へぇ、あんたたち、意外と素直なのね」
グリムの知る魔界の魔法少女は実績にがめつく、人によればどんな手段も厭わない卑劣な連中もいる。それに比べれば、彼女たちはずっとマシだ。
「けど、俺はお前のことを認めたわけじゃないからな」
「ちょ、ちょっとレイ?」
「マリー、確かにこいつには助けられたが、この村の魔法少女は本来俺たち二人だ。昨日今日にやってきたようなヤツをそう簡単に認められるわけないだろ」
(ふぅん、そういうところは頑固だけど、言い換えればプライドあるじゃないの……)
昨日今日やってきたようなヤツ、それもそうだ。容易く信用が勝ち取れたら苦労はしない。
そんなとき、外から再びノックが聞こえた。
「俺が出よう」とレイが見に行くとそこには白髪の老人が居た。
「村長?」
「ああレイ、ちょうどよかった。昨夜のでっかい爆発とあのクレーターはなんだったんだ?」
レイは「あっ……」と察したようにグリムの方を見た。
「なに? 私に何か用?」
「村長、昨日の爆発はあのグリムってやつの魔法っす。発作が起きたヘレンの代わりに爆発でモンスターを焼き払ったんですが……」
「ほお、何処から来たか分からんが、それは助かったぞ」
「ふふん♪ お安い御用よ」
グリムは褒められている気分になっていたが、村長は少し困った顔をしていた。
「じゃが、あれはいささか強力すぎないか? あの爆発で村の家屋の一部が被害を受けてな……あの穴も埋めなくてはいろいろと不便でのう……」
「なるほど、状況は分かりました。よし、マリー、グリム、行くぞ」
ヘレンはすぐに「うん」と了承するが、いきなりのことにグリムは「えぇ〜?」と不満そうに言う。
「なんで私まで? 私は自分の住処さえ守ればいいのに」
「この村はお前はルイスと一緒にこの村に住んでるんだろ? だったらこの村もお前の家の一部だってことだ。ほら、直しに来いよ」
レイの強引さに負け、グリムは椅子から立ち上がった。
「ちっ、ま、穴開けたのは私だしね」
「自分の尻拭いをしに行くんですか? 行ってらっしゃいませ」
(黙れ!)
せせら笑うハンナを睨みながらも、グリムはレイとマリーに続いて現場へと向かった。
現場に着くと、そこはボウルのように円状のクレーターができていて、その大きさは半径40mはありそうだ。
「改めて見るとデカい穴だ……グリム、お前もしかしてとんでもないヤツじゃないか?」
「ま、調査隊に入ってたくらいの実績はあるわよ」
「聞こえからして、王都の防衛隊に入ってたってくらいすごいことかしら」
マリーの例えはグリムには良く分からないが、レイは頷いていた。まあ相当すごいことなんだろう。
「さて、とっとと穴を直しましょ。このくらい、ハンナの助けが無くたって余裕なんだから」
三人は魔法を駆使して周囲から土を集め、重ね合わせ、修復作業を開始した。
グリムの圧倒的な魔力で順調に進んではいたものの、家屋の修復が終わるころには陽が落ち始めていた。
「ふぅー、力が強すぎるっていうのも考え物だわ。こんなに時間かかるとはね……」
グリムは汗をタオルで拭きながら修復された家屋や地面を眺めていた。
すると、胸を抑えるマリーとそれを介抱するレイの姿が目に留まった。
「おい、大丈夫か? 少し無理したんじゃ……」
「うぅ……はは、最近また頻発するんだよね……」
(マリー、あんたってやつは……)
グリムは呆れ気味に二人に近づいて話しかける。
「あんた、今日は休んで。今晩も戦う気でしょう?」
「それが私の、魔法少女の務めだから……!」
「私は思うんだけど、身体を大事にして常に万全な状態で戦えるようにするのも魔法少女の務めよ。今晩は私とレイがやってやるわ。それでいいでしょ?」
「あ、ああ……そうだな。マリー、さすがにこいつの言う通りだ。今日は休め」
マリーは納得いかない顔をしていたが、しばらくしてやっと首を縦に振った。
「じゃあグリム、一個頼みがあるんだけどいいかな?」
「なによ?」
「なるべく村とその近くを壊さないでね」
「…そうね、考えておくわ」
グリムにそう頼んだマリーはレイに介抱されて家に戻っていった。
(壊すな、か。ヘルファイアは使えなくなるだろうけど、少し地味になってでも確実にやるしかないわね)
どう戦うかを思案しながら夜を待つことにした。
エール「グリムはどんな魔法が使えるの?」
グリム「え、此処で聞くのそれ? まあ、闇と炎…があたしは得意かな」
エール「具体的にはどういうの?」
グリム「そうね、ヘルファイアは闇と炎を6:4で混ぜたヤツだし、あとはカ――」
ハンナ「お二方、気持ちは分かりますが、話が進むまでヘルファイア以外は内緒ですよ」