3 この世界にも魔法少女が居るようね
「っていうことなのよ! ひどい話だと思わない!?」
「そ、そうだね……」
「でしょでしょ? まったく、ハンナも何か言ってやればよかったのに……!」
グリムは腹いせにもう一杯紅茶を飲む。
「いえいえ、あの状況で私が何か言っても変わらないでしょう?」
「もう、正論しか言わないわね相変わらず……」
「ところで、聞いてた話だとグリムって魔法少女なの?」
グリムは「よくぞ聞いてくれた」とばかりに大きく頷いた。
「そう! 貧民の中から調査隊に選ばれたんだからそれはもうエリートの中のエリートなのよ」
「といってもやらされてることは殆ど使い走りや奴隷同然の扱いでしたけどね」
「一言余計だから黙って!」
隙あらばグリムを煽るハンナはクスクスと笑っている。
「ふぅ、この世界でも紅茶っていうのは美味しいじゃないの。あんた、なかなかやるわね」
「え? うん、ありがとう」
「ところで、エールさん。此処は何処でしょうか?」
「スタークの村っていうところで、この家は私のものです」
丁寧にハンナの質問に応答するエール。しかし、彼女以外にこの家に住んでいる気配がしない。
「エール、あんた独り暮らしなの?」
「うん……。パパは私が生まれた時にはもう居なかったね。ママはこの村の魔法少女だったんだけど、今はどこかに行っちゃった」
「……じゃあ、炊事洗濯は?」
「自分でやってるよ」
それを聞いてグリムは顔が少し焦り気味になった。
「掃除は?」
「もちろん」
「皿洗いも?」
「うん」
(やばいこいつ、私より有能じゃないの……!)
グリムが普段はハンナにやらせていることをエールは全部やり抜いていた。当たり前のことかもしれないが、彼女には一人で全てできる気がしなかった。
「どうしましたグリム様。自身の無力さを知りましたか?」
ハンナに煽られ、グリムは赤面した。
「ふっふっふっ、ほんとにいい反応ですね」
「この……! 主を弄ぶな!」
「ふふ、面白いね二人とも」
仲が良いのか悪いのか、二人の掛け合いを見ていたエールは思わず笑顔になってしまった。
こんなに賑やかな人たちが来るなんて思ってもみなかったのだから。
「……そうだ、エール、私たちを此処に住ませてくれない?」
「え、ええ!?」
「この世界に来たばっかりで、あたしらには拠り所もないし、ちょうどいい気がしてね」
「おや、グリム様。…私からもエールさんにお願いします、家事手伝いはお任せを」
突然のことにエールも驚いたが、すぐに結論を出した。
「い、いいよ! グリムはかわいいし、ハンナさんは面白いし、魔法少女ならこの村を守ってくれるのに協力してくれる?」
「もちろん、自分の巣を守らない生き物なんて居ないからね」
(しめた! これで此処に住めるわね)と、グリムは心の中でガッツポーズをした。
「じゃ、そうと決まれば私は屋根の修理をするわ」
「壊したのは私たちですからね。グリム様、私も手伝います」
「そう……ま、まあ、手先の器用なあんたの出番もありそうだからついてきて」
二人は外に出て屋根に飛び乗ると、穴の開いた屋根に建材を集めて修理を始めた。
そんなとき、トントンと玄関からノックの音が聞こえてきた。
「はいはーい」と言ってエールがドアを開けに行くと、そこには中世的な顔立ちをした少女と、その後ろに長い髪の少女が来ていた。
「ああ、レイとマリー!」
「よう、エール。今日も俺たちの執筆をしてるみたいだな」
「どうかな? 進展の方は」
蒼いショートカットでボーイッシュなレイ、おっとりした金髪ロングのマリー。
そして、マリーの問いにルイスは少し首を傾げて「いや、まだまだ全然だよ」と言った。
「でも、頑張って完成させるよ! 魔法少女になれなかった私には、レイたちの活躍を書き残すことくらいだから……」
「そうか、完成が楽しみだ!」
「頑張って! 私も読んでみたいから!」
エールを激励した二人が視線をおもむろに上に向けると、彼女の家の屋上で木材が宙に浮いているのが見えた。そして、それを操っていると思われる怪しい動きをしている二人の姿を見つける。
「なあ、エール。あの二人は誰だ?」
「え? ああ、実は今朝来た人たちなんだよ」
「エールはその人たちと知り合いなの……?」
「うん。って言っても、ついさっき知り合ったばっかりだけど……」
二人はグリムたちを訝しんだ。
話している合間に、屋上で修理をしていたグリムとハンナが屋根から飛び降りて戻ってきた。
「よーし終わった、この程度朝飯前ね」
「そんなこと言って、修理していたのは殆ど私だったじゃないですか。グリム様一人だったら直すどころか悪化してます」
「ぐっ、またそういうことを! 私だって魔法で手助けしてたじゃないのって……ん?」
グリムは玄関の前でエールと一緒にこっちを見ている二人の様子に気が付いた。
「エール、その人たちは知り合い?」
「うん。二人とも修理お疲れ! クッキーも焼いたから詳しい話は中でしよう! ほら、レイとマリーも!」
「あ、ああ」「うん……」
リビングでテーブルを囲んだ5人。それぞれクッキーを食べてその味を楽しむ。
「あら、ルイス。このクッキーも美味しいじゃないの!」
「そう? ありがとうグリム」
「なあ、お前たちは一体何者なんだ?」
レイが話を切り出した。
「その妙な翼と尻尾に黒い勝負服、まるで悪魔みたいな恰好だけど、俺はお前みたいなやつを見たことないぞ。そこの使用人みたいな服を着たやつも」
「ちょっと、この服は魔界のれっきとした魔族の戦闘服なのよ」
「戦う必要もないのにか?」
レイの正論にグリムは「うっ……」と言葉に詰まった。
すると、これ見よがしにハンナが耳打ちしてきた。
「あら、さっそく服装で弄られてるじゃないですか。私みたいな服にします?」
「嫌よ! ハンナの服は暑そうだし、この戦闘服は私のお気に入りだし、普段着でもあるのよ!」
戦い漬けの日々だった彼女にとってもともとそこまでファッションを気にしたことはなかったが、だからこそこの服には唯一無二の愛着がある。
「ま、それよりグリム様、私たちはこの方たちに自己紹介をしてませんでしたよ。ちなみにお二方、私はグリム様の使い魔のハンナと申します」
ハンナは律儀にお辞儀した。
「ふん、まあハンナの言うとおりね。私は魔界から追い出された魔法少女、グリム・ワルキューレ。グリムって呼んでちょうだい」
「……俺はレイ・ナイトホーク。こっちのおとなしいやつがマリー・スターハートだ。俺たちも魔法少女でな、この村を守ってるんだ」
「よ、よろしく、二人とも」
自己紹介はしたものの、レイとマリーが感じているグリムたちへの異常さは拭えなかった。
「それでだエール、なんでこんなやつらを上がりこませてるんだ」
「え……た、たしかに屋根を突き破って現れた時はびっくりしたけど、悪い人じゃなさそうだったから—―」
「お前はお人よしが過ぎるんだ! まさか誰もかれもが悪人でなければ善人だと思ってるのか? こんな怪しい奴らを信用するなんて何考えてるんだ!」
(怪しまれてるわね、これはまずいかも)
レイからの厳しい忠告。このままではせっかくの住処を追い出されかねない。
「まったく、疑り深いやつね。さっきも言ったけど、私たちは魔界から追い出された身よ? この世界がどうなろうと、あんたたちがどうとかなんてどうだっていいわ」
「そ、それに、グリムたちはちゃんと壊した屋根は直したよ! 悪気はなかったみたいだし……」
エールがフォローするも、レイはまだ納得がいかない顔をしている。
「あのなぁ、そりゃあ屋根は事故で壊しちまったかもしれない。けれどこいつらは自分の尻拭いをしただけなんだぞ? 隙あらばお前を襲うかもしれないし、何を企んでいるのかも分からない。それでもいいのか?」
必死の説得に「それは……」と、エールは言葉が詰まった。たしかにグリムたちが何を考えているのかはまだ把握しきれていない。だからこそ、レイの言うことにも一理あると感じていた。
「それでもいいって言うならこれ以上は何も言わない。もしもの時は俺が斬ればいいだけだ。じゃあな」
そう言い残してレイは家を出た。
「なによあいつ、失礼なやつね」
「あー、レイはあんな言い方してたけど根は良い人なの。じゃあ、私も夜に備えて帰るから。…………うっ!?」
続いてマリーが家から出ようとしたとき、彼女は急に胸に痛みを感じてその場に座り込んだ。
エールは胸を押さえて苦しむ彼女のもとに駆け寄った。
「マリー、大丈夫!? また心臓が……!」
「だ、大丈夫……大丈夫だから……! このくらい、平気……!」
マリーは少しすると胸を押さえながらも再び立ち上がって歩いて行ったが、グリム達にはとても平気そうには見えなかった。
「ねえ、あのマリーってどうしたのよ?」
「マリーは生まれつき心臓に持病があってね……。度々ああなったりしてるの」
「ちょっと、そんなヤバい身体で魔法少女もやってるの?」
「うん……。でも、村の人たちを守ろうっていう気持ちは人一倍強いし、彼女が居ないとこの村は守り切れないだろうってレイも言ってるんだ」
(そんな大きい病気持ってたら、魔界じゃまず魔法少女になるなんて許されないことね)
グリムはこの村の戦力不足を考えた。同時に、何か嫌な予感がしていることにも……。
エール「そういえば、グリムはずっと戦闘服のままだけど普段着とか要る?」
グリム「必要ないわ。戦闘服なら魔力を時間かけて流せば汚れも臭いも傷も直るから」
エール「魔法少女になるだけでそんな便利な服が使えるんだ……」
ハンナ「相変わらずファッションに気を遣わないですね?」
グリム「ずっとメイド服のあんたに言われなくないわね!」
ハンナ「私は変身できますから」
グリム「チッ……」