23 因縁再び
—―数日後―—
この日の昼頃、魔力炉修復からようやく祝杯を行える準備が整った。
とはいえ、あまり祭り事に興味が無いグリムはエールの家の屋根の上でその様子をハンナと見物していた。
「いいんですかグリム様? アメリア様たちに感謝するだけで私たちはこんなところで見物していて」
「いいのよ。祭りとかあんまりよく分からないし」
(にしても人が多いわね…)
「今日来てるやつはどうやら他の村から来てるのも居るみたいね?」
「はい、ジェリー様がグリム様たちの立ち寄った場所に祝杯のことを広めていったみたいです」
村でこの祝いをすることは、開催前に人伝にグレーツ山やエルフの森、シュリプスの村にも伝わっていた。
それによって、開催前から各方面から村を訪ねてくる者たちが続々と現れた。
「あ、見つけたみつけた!」 「見っけみっけ!」
「あら、グレーツの双子じゃないの。アランとエリンだったかしら?」
「覚えてくれてたの?」 「うれしいな!」
二人とも一糸乱れぬ動きでグリムを囲んで回っている。彼女たちの愛情表現なのだろうか。
「グリムたちのおかげで私たち、外の世界に興味が湧いたの!」「それでこの祝杯に来たんだー!」
「そう。ま、知見を広めることは立派なことだと思うわ」
「グリムはお祝いに参加しないのー?」「しないのー?」
「私はああいうことあんまりのめり込めないのよ。ほら、あんたたちは知見を広めるために飛び込んできなさいな」
二人は納得したように頷いて村の中心へ戻っていった。
すると今度は、また見覚えのある二人がグリムの傍に現れた。
「失礼、貴様がグリム・ワルキューレか?」
「そう言うあんたは……えっとたしかエルフの森にいたローズと…エレナ?」
「大正解! こっちの堅いのがローズで柔らかい私がエレナよ!」
「エレナ、一言余計だ」
よくよく考えてみれば、グリムが彼女たちと面と向かって話すことは何気に初めてだ。
「グリム、貴様の話は既に聞かせてもらった。本当に大したヤツだな」
「そう……?」
「ああ、貴様があの提案をしなければ私やエレナは此処にいない。未だにあの狭い森の中に閉じこもっていたことだろう」
「ローズはあなたやジェリーの積極的に交流しようとする様を見て変わったのよ。むしろ、人間に興味が湧いたってところかしらね?」
「余計なことはそれ以上言わなくていい、まだ人間を完全に信用したわけではないのだからな。…なんにせよ、貴様には一言…いや、二言言っておきたかった。ジェリーが世話になった、そしてありがとう」
ローズ、最初会った時は頑固で堅そうな彼女だったが、その実は聡明な人物だった。
言葉を残したローズは一足先に戻っていき、エレナもウィンクをしてその場を去った。
「グリム様、どうしました? そんな不思議そうな顔して」
「なんでもないわ。ただもしかしたら今度は—―」
グリムが何か言う前に、またまた見覚えのある二人が姿を現した。
「よう、グリム! こんなところに居たのか」
「あんたはノエルね。それと、あんたの陰に隠れてるのはアンナ」
「こ……こん…にちは……」
陽気なノエルと人見知りなアンナ。改めて見ると、彼女たちはまるで太陽と月のようにも見えた。
「もしかしてあんたたち、あの遠い山からわざわざ来たの?」
「その通りだ。無事に修理できたって話を聞いて、それで祝いをするってジェリーから聞いたんだ。それで、ついでに脚を鍛えながら来たんだ!」
「アンナはどうしてついてきたの?」
「え、あ、えーと、ノエルが行くっていうから……」
どうやらアンナはノエルについてきたらしい。それにしても、空を飛んでも数時間はかかる道中を足を鍛えるためにわざわざ徒歩で来たのは並の向上心ではないだろう。
「にしても、此処は緑が多いな。うちの一面雪景色とは大違いだ」
「そうね。魔界もこんなに青々としたところはなかったわ」
「魔界? そうか、薄々気づいてはいたけど、お前も普通の人間じゃないのか」
「なにを持って普通とするか、ね。まあそういうことよ、私はこの世界の住人じゃなかった」
ノエルは興味深そうに聞いていたが、それに対してアンナはあまり興味が無さそう。
「ねえノエル、そろそろほかのところ行こう?」
「え? ああ、じゃあまた会おうな!」
二人が去った後、グリムはふと、「不思議ね」と呟く。
「何がです?」
「ん? だって、あたしはあたしの思ったことを提案して、それをどうにかするために奔走しただけなのに、ここまでいろいろと縁を持つことになるなんてね」
「それもまた道理ではないでしょうか。グリム様のゴリ押しの提案は、現地の人々の協力無くしては実現できないものだったでしょう?」
「なによ、欠陥だったって言いたいの?」
「欠陥……いやまあ、この場合は嬉しい誤算とでも言いましょうか。おかげで修理は間に合いましたし」
(だったら素直に褒めてもいいじゃないの)
グリムが心の中でそうツッコんでいると、また一人、彼女の元に現れた。
「はーい、今度は誰なのよ?」
「俺だ」
「なによ、レイ?」
「ちょっと話をさせてくれ」
そう言って、レイは少し驚いているグリムの隣に座った。そして、一度深呼吸してから話を始めた。
「まさかこんなことになるなんてな。魔力炉を修理することのみならず、この村には他所から多くの人が来てる」
「そうね。こうなることは私も予想してなかったわ」
「でも結果は結果だ。お前が居なかったらきっとこうはならなかったはずだ」
「なにが言いたいのよ今更? あんたは私たちについてきたんだから、そんなこと言わなくてもいいじゃない」
「結論はシンプルだ。俺はお前を認めざる負えないってこと」
それを聞いて思わずグリムは一瞬、狐につままれたような顔をしてからすぐに笑い出した。
「あっはははは! なにあんた、まだそんなこと気にしてたの?」
「っ、なんだよ! そんなに笑わなくてもいいだろ? 俺はお前が裏切ったりバックレたりするんじゃないかって心配だったんだよ」
「レイ、何度も言うけど私は—―」
「みなまで言わなくていい、心配性の俺だってわかってる。だから、俺はお前をこの村の魔法少女だって認めることにしたんだ」
「……っぷ、ふふふ」
「な、なんだよ! そんなにおかしいか?」
グリムが笑っていると、エールたちの居る中央の広場が急に騒がしくなっていた。
「おい、なんだあれ……?」「鳥にしてはデカくないか? まさかモンスター……?」
その場に居た人々は近づいてくる空飛ぶ物体に目を奪われていた。
物体は陽の光を反射する光沢を持ち、三体が一組になって迫ってきているようだった。
「なにあれ……?」
エールも不思議そうにそれを眺めていると、近くにグリムたちが飛んできた。
「あれは…MD!? どうしてこんなところに?」
「ま、まじかるどーる?」
「マジカルドールとは魔力で動く人型の兵器です。あれは魔界にしか存在しないはずですが……」
ハンナの言う通り、この世界の技術であんな兵器が造れるはずがない。ということは、魔界から差し向けられてきたということになるが…。
「あれが魔界にしかないってことは間違いないわ。それに、あれを動かしているヤツは検討がついた」
「はい、あれは……」
三機のMDは赤、蒼、翠の三色がそれぞれ基調となっており、それは間違いなくグリムが見慣れたパーソナルカラーだ。
MDたちは村の結界に侵入すると広場に居るグリムを見つけたのか、その場に静止した。
「あらあら? 見覚えのあるねずみ色の娘が居るわ?」
「ほんとですわ、魔王様に追放された犯罪者が居ますわ」
グリムに向かってエコーのかかった音声が赤と蒼のMDから発される。
「こんな世界にやってきてそんなところで身を寄せているなんて、やっぱり魔族の誇りも恥も捨てたドブネズミ……ということなんだな」
翠のMDの煽りにも乗らず、グリムは何も言い返さない。
「あ、あなたたちは何者なの?」
「一体何の用でここまで来た? どこの世界のやつだか知らないが、いきなり礼儀がなってないんじゃないか?」
エールとレイの問いに彼女たちは反応した……かに見えたが、辺りを見回すように頭部を動かしていた。
「この世界の知的生命体と技術は貧弱そのものだけど、環境はやはりいいわ」
そう言うと、三機のMDそれぞれの背中から空へ何かが射出された。
上空でそれは拡散し、地面に向かって数十、数百と落着して変形した!
「あれは対人兵器、HK-109ですね……」
「た、対人って、まさか人を殺すための!?」
地上に降り立った兵器は四本の脚と人型の上半身を持ち、両腕は三砲身のバルカン砲が装備されている……。それらが村を囲い込み、完全に包囲した。
「ドブネズミちゃん、私たちと取引をしてくれない?」
「簡単な話ですわ。この世界を見つけ、馴染んだあなたが再び私たち魔族の元に戻り、今度はこの世界を制圧するために戦うのです」
「魔王様に追放されたことは、きっとパパやママが根回しさせるから大丈夫さ。ほら、これで君は魔界に戻ってこれるばかりか、調査隊にも復帰できる。いいことづくめだろう?」
突然のことにその場の人々は驚き、騒然となった。
「な、なに言ってるの!? ぐ、グリム……どうするの?」
「……」
エールやレイ、ジェリーやノエルたちもがグリムの反応を伺う。彼女の反応一つでこの世界の運命が変わるのだから当然だ。
すると、グリムは拳を握りしめて顔を上げた。
「待っていた気がするわ……この時を」
「じゃあ交渉成―—」
「あんたたちを叩きのめすこの時を待っていたって言ってんのよッ!」
目を血走らせ、グリムは今までの恨みつらみを具現化した、羅刹を表に出していた。
すると、それを待っていたと言わんばかりに彼女の後ろに控えていたエレナが指をパチンと鳴らした。
それに反応して、周辺に半球体の結界が形成された!
「なにこれ…物理結界かしら?」
「どうやら、少しは手こずらせてくれるみたいですわね」
「じゃあ、もう遠慮はいらないね。まとめて此処で処理してしまおう」
彼女たちの僕、対人兵器が動き出した…!
一方で、エールはグリムが自分たちの味方についてくれたことを嬉しく思い、レイは彼女の返答がさも当然のような感じがしていた。
「お前ならそう言うって思ってたぜ」
「だって、私たちの村を守る一員だもんね!」
そして、当のグリム本人は歓喜と怒りの混ざった表情をしていた。
「さーて、ようやく復讐する機会が来たってとこね」
「グリム様、如何様にいたしますか?」
「そうね、まずはあたしがMDの相手をするから他のみんなは適当によろしく」
グリムは気安く言ったものの、ジェリーは心配そうにしていた。
「ねえ、まさか一人であの3体の強そうなやつと戦うの?」
「そうよ。見た目は派手だけど、MDで対人戦するなんてはっきり言って適してないものよ。それに、あたしは対MM戦の訓練も受けてるわ」
誇らしげにそう言うが、訓練といっても大型生命体との模擬戦に使った訓練用MDなのだが。とはいえ、グリムにとっても結界の展開は予想外だった。
「それにしても、エレナ。あんたよく結界なんて準備してたわね?」
「ふふ、予め何か来てるのは分かってたし、何か妙な気がしていたから用意しておいたのよ。感知と結界には自信があるから」
その直後、包囲していた対人兵器から発砲が始まり、MDからもミサイルなどの兵器が稼働し始めた。
「あ、結界は広い分そんなに堅いわけでもないから、なるべく攻撃は捌いた方がいいわ」
「なるほどね。じゃ、あたしは行ってくる!」
地上の対人兵器を人間たちに任せ、グリムは結界の真上へと飛び上がった!




