20 キャプテンの切り札
「よし、全員揃ったな?」
ノエルたちは外に集まり、戦闘準備を整えていた。グリムたちもその様子を見物している。
すると、少女たちの一人が「キャプテン!」と声をかけた。
「アンナさんがまだ来てません」
「ああ、それなら問題ない。さっき通信魔法で連絡を入れておいたからな」
極度の人見知りな彼女のことだからそれが普通なのだろうか? グリムは気になった。
「ちょっと、それでいいの?」
「大丈夫、別に参加しないわけじゃない。アンナにはもしものときのために待機してもらってるんだ」
「ふーん、つまりは切り札ってわけね?」
「そういうことだ。アンナは引っ込み思案だけど、誰よりも強い」
(強い……気になるけどちょっと期待が持てないわね)
切り札ということは、そのもしもの事態が来るまでその強さを見ることができないということだ。そんなホイホイと窮地に立たされるだろうか?
「じゃあ、今日は戦術Bでいくぞ!」
……「「「「「はい!」」」」」……
ノエルたちはモンスターの迫る村の外へと向かっていった。
一方でグリムたちはというと、村の入り口近くでそれを観ていた。
「むー……」
「どうしたの?」
「ジェリー、あんたも思わない? 魔法少女だっていうのにこの楽しそうな戦いに参加できないこの歯痒さ」
「ええ? まあ…でも、ノエルから「客人を戦わせるわけにはいかない」って言われてるし……」
グリムのバトルマニアとしての血が騒いでいるからだろうか。煮え切らない気分のようだ。
すると、エールが飲み物を持って近くに来た。
「まあまあ、戦いを観ることも楽しいことだと思うよ。私は魔法を使えないけど、グリムたちが戦ってるところはかっこいいし、力強くて好き」
あまり乗り気ではないが、今回は観戦することに決めた。
一方で、ノエルたちはモンスターの群れを蹴散らしていた。
「このッ!」と掛け声と共にノエルが放った蹴りが一体のモンスターを吹っ飛ばし、奥にいた敵ごと巻き込んで打ち倒す。
「すっげえ威力だなあの蹴り……!」
「あれはただの魔力を込めた蹴りじゃないようね。レイ、あんたと同じように日ごろから脚を鍛えてなきゃあんな威力は出ないはずよ」
「嘘だろ? あんな威力は俺は出せないぜ?」
「きっと鍛え方と魔力の込め方が違うんじゃない? それにほら――」
グリムは指を指した。他の魔法少女は雪の上で足が沈まないように魔力を足裏に使っているのに対して、ノエルは足が雪に沈んでもそれをものともしていない。
(雪があるからこそできるみたいね。面白い……!)
グリムは笑みを浮かべた。
続けざまにノエルが今度は手首から先を凍らせて剣を作ると、強靭なの脚力を活かしてモンスターへ辻斬りを仕掛ける!
「あいつ、今度は敵に突っ込んだぞ?」
「あんな数に一人で挑んでも無理なんじゃ……?」
レイとエールがそう思う中、グリムは気が付いた。
「違うわ二人とも、他の娘たちを見て」
突っ込んでいったノエルの後から、魔法少女たちがモンスターの群れを半包囲している。
(あいつ、自分から囮になってモンスターを誘導したようね。それに、今になって突っ込んだのは陣形が整って効率的に包囲できるようにするため……!)
モンスターの群れをぶち抜いて群れの後ろへ抜けたノエルは、振り返ると足を限界まで振って地面を蹴るような体勢を取った!
「【グランド・バースト】!」
放たれた渾身の蹴りによって地面の雪がめくれ上がり、そのまま転がり続けて大きな球へと姿を変えた!
「ゆ、雪だるま!?」
ジェリーが驚き、雪だるまは転がれば転がるほどその勢いと大きさは大きくなり、モンスターの群れへと襲い掛かっていく!
モンスターを取り囲んでいた少女たちは一斉に退避し、巨大な雪玉はモンスターを押しつぶしながら転がり、グリムたちから見て左側にあった林の木を何本も踏み倒してようやく止まった。
こうして、モンスターたちを一網打尽にした……かに思えた。
突如としてゴゴゴゴゴゴゴと地面の揺れるような音と共に、奥から何か巨大なものが近づいてきた……。
それは山のように大きく、人間のように手足を持ち、頭部に当たる場所からは赤い光を放っている。
「あ、あれはゴーレム!?」
「あんなにデカいのは見たことないよ!」
「どうしますキャプテン!?」
少女たちは15mはあろうかという巨大なゴーレムを前に狼狽し、混乱した。
そんな中でも、ノエルは取り乱すことなく冷静だ。
「まだあんなのが残っていたのか……。とりあえず、動きを止めることに専念しよう!」
彼女の提案通り、少女たちはゴーレムの足元へと向かった!
とはいえ、この普通ではない状況にエールやジェリーも助太刀しようと考えていた。
「おい、ただ事じゃないみたいだぞ」
「私たちも加勢しようよ!」
「グリム、力を貸してあげよう?」
エールも同調している。が、グリムは—―
(ラッキー、こうなってくれればアンナってやつの出番もありそうね)
「まだ焦るような事じゃないわ。ノエルが言ってたじゃない、切り札のこと」
ノエルが「誰よりも強い」と評していたアンナ。グリムが廊下で出くわしたときに見せた、あの消える力についても何かわかるかもしれない。
それを他所に、ノエルたちはゴーレムの動きを止めるべく各々が足元へ攻撃を仕掛け、その間にノエルはかなりの距離を取っていた。
「よし、ここまで離れれば……【グランド・バースト】!」
超長距離から再びノエルから巨大な雪玉蹴り放たれる! それはゴゴゴゴと音を立てて転がり、ゴーレムの半分くらいはありそうな大きさにまで巨大化した……!
しかしこのままでは味方に—―
「間に合わせる! 【アイシクルブレード】!」
なんと、後ろから氷のボードで滑ってきたノエルが雪玉を追い抜き、その進路上に氷のジャンプ台を作り上げて雪玉を跳ね上げた!
玉はそのままゴーレムの胴に直撃し、ドシャアァッと大きな音を立てた……!
「やった!」 「さすがはキャプテン!」 「これならあのデカブツも……!」
少女たちは勝ちを確信した。ジェリーも「やった! これなら……!」と呟いたが、約一名だけは気づいた。
「まだよ、ジェリー!」
グリムはハッキリと捉えていた。ゴーレムの動きは確かに止まったが、それは雪玉を喰らったのではなく受け止めていた!
ゴーレムはそのまま動き出すと、雪玉を持ち上げて村の方へと投げ返した!
「な!? しまった!」
ノエルが対応するよりも早く、それは村へと高速で迫っていく!
「は、速い!」
ジェリーが弓矢で撃ち落とそうとするも、その速さで狙いを上手くつけることができず、巨大な雪玉には数発の矢が当たった程度ではビクともしない。
やがて雪玉は村の中でも特に大きな建物、養成所へと迫りつつあった—―
が、それは次の瞬間には消えていた!?
「あ、あれ!? いま、雪玉が消えなかった……?」
「ど、どうなってんだよ、いきなり消えたぞ!?」
「なにが起きたの……!?」
三人が困惑する中、グリムは一つ確信した。
(あの消える力、どうやら間違いないようね)
そして、建物の前にはたった一人の少女が立っている。
「ここはボクが守り抜くよ……!」
アンナ。彼女の瞳はさっきとは違って強い意志を放っていた。
彼女は再び姿を消し、今度はノエルの隣に現れた。
「ありがとう、アンナ。おかげで助かったよ」
「ううん、これくらいしかボクにはできないから」
「ふっ、アタシより強いくせに。よし、次はあいつを一緒に倒すよ!」
二人は手をつなぐと姿を消し、再び現れては消えてを繰り返してあっという間にゴーレムに接近していた。
「ふむ、もしかしてだけど、あれは瞬間移動ってやつじゃないかしら」
「しゅ、瞬間移動!? そんなことできるの?」
「あたしも見たことはないし、あまり信じられないけどね。さっきの雪玉が消失したこと、いきなり消えて一定距離を移動したことからそうとしか思えないのよ」
「ま、魔法ってほんとにすごいね……」
一般人のエールからしたら、魔法はとんでもない魔境のように見えただろうが、それはグリムも同じだった。
(MDみたいな魔導の技術が無い限り瞬間移動なんて無理だと聞いたけど、まさかそれを個人でやっちゃうなんてね……面白い!)
「か、硬い……!」
一方で、少女たちは依然として足元を攻撃していたがゴーレムの圧倒的な硬度の前に苦戦を強いられ、前進を遅れさせることで精一杯だった。
そこへノエルとアンナが駆けつける。
「キャプテン! アンナさん!」
「みんなご苦労さま! あとはアタシたちに任せて下がって!」
少女たちと入れ替わるようにノエルとアンナが駆けこむ!
すると、アンナは片手から赤黒い粒子のようなものを発生させ、それは手を取り巻いて大きな鉤爪を持った悪魔のような手に変化した!
それをゴーレムの足首へと振ると、バオッ!という形容し難い音とともに強固な足が一撃で抉られ、それと同時にゴーレムはバランスを崩してドドドドドドドドド……!と膝をついた!
「あのアンナってやつの一撃でゴーレムが膝をつきやがった!」
「す、すごい、まるで空間ごと抉れたみたいに見えたけど一体どんな魔法を……?」
レイとジェリーもすっかり見入っている。
アンナは続けざまにゴーレムの胴体の前にワープすると、再び魔力を込めて爪を振るった。すると、胴体がパッカリと割れて中に四角いコアのようなものが露出した!
「ノエル!」とアンナが叫び、「任せて!」とノエルが空からコアに向けてドロップキックを直撃させ、コアはピキピキとひび割れて四散した!
「よっしゃ! やったなアンナ!」
「えへへ、ノエルのおかげだよ」
嬉しそうなノエルとそれをまんざらでもない様子のアンナ。
二人の元に他の少女たちも集まって勝利の余韻を楽しんだのだった。




