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2 これはちょっと前の話……

 

 天からの光はなく、紫の水晶が不気味な光を放つ異空間。この「次元の狭間」という未開の地は多くの不可思議と危険が伴う場所だ。

 5mはあろうかという巨大な人型の生物、背中に巨大な甲羅を背負う亀のような生物、そして身の丈の二分の一はありそうな腕を持つ生き物。それらは至る所に水晶を生やしている。


 そんな人気のないこの魔境に切り込む、一つの紅い「凶星」が生物を次々と襲いかかる。生物たちは抵抗する間もなく瞬く間に倒されていき、周囲が一通り殲滅されると事切れた残骸の上にその星は静かに腰掛けた。


「はぁ、はぁ……これで全部ね」


 生物を襲った紅き凶星の正体、グリムは息を切らしながらも手にしていた鈍い光を放つ水晶を持ってきた布袋に入れた。


「はい、グリム様。これでちょうど40個(目標)()()()は集まったかと」


 一方で、ハンナの姿はメイド服はおろか人型ですらなかった。単眼に黒い翼の生えた小さな異形と化している。


「はぁー、やっと帰れるわー」

「ですね。といっても、魔界(あっち)はもう既に朝かもしれませんが」

「それは考えたくないところよ……」


 汗を拭い、立ち上がったグリムたちは来た道を辿ってワームホールに入り、魔界へと帰還した。


 その先には、もう既に薄紫の光を放つ太陽が昇り、人々の往来が激しくなるラッシュタイムの最中だった。

 車輪を持たず地面を滑るように走る車、天を衝くようにそびえる摩天楼……。それらはまるで、ファンタジーと近未来が混ざり合った異質な世界だ。


「あー、ウソでしょ!? また今日もシャワー浴びるどころか寝れないじゃないの……!」


 結局徹夜したことに気を悪くした彼女は昇った朝日を前にガックリと肩を落とした。

 一応、自分の服の臭いを確かめると狭間の生物の体液や自分の汗の臭いが混ざってあまり嗅ぎたくない臭いが発せられていて、思わずえずいた。


「仕方がないでしょう、あんな入手難度の高いブツを40個集めるなど一夜漬けじゃ到底間に合わないかと」

「そうよね……。でも、そろそろ私にも休暇くらいほしいわ」


 彼女の受けた任務は魔王直轄ギルド、次元調査隊からの水晶核の収集だった。小さく、壊れやすく、生物の心臓に当たるこれを収集するのは力と技の融合が不可欠であり、困難だ。

 ……とはいえ、ギルドもそんな無茶ぶりをしていたわけではないのだが—―


「あら、新入りのドブネズミさんじゃない」


 気を落としていたグリムにその言葉が向けられた。

 その拡声器のようなエフェクトのかかった声の主は、突如として上から巨大な機械として降ってきた……! 続くように二つの似たような機械もグリムの近くに落ちてきて、ドシンと着陸の衝撃で砂煙を巻き上げた。


「ケホケホ……あれはMD(マジカルドール)?」

「どうやら、いつもの三人組のようですね」


ハンナの言う通り、着陸したMDという7mほどの大きさの三機の人型のロボットからは三人の少女が降りてきた。


「ちょっとレナ、ドブネズミは言い過ぎですわ。この娘だって魔法少女じゃないですの」

「いやいや、エリン、そこは魔法()()でしょう? こんな小さいのと私たちと同格に扱っちゃダメだって」

「あら、クロエ、そうでしたわね! 失礼でしたわ!」


「「「アハハハハハハ……!」」」


 赤髪のつり目、金髪のデブ、緑髪のガリの三人組が揃って煽り、罵り、徹底的にグリムを見下してきた。

 着るものが今着ている戦闘服だけのグリムと違って、三人は綺麗な私服を纏っている。


「で、水晶核はちゃんと集めてきたんでしょうね?」

「はい、ここにありますよ。先輩たち」

「なによ「たち」って、「方」でしょ?」

「は、はい、先輩方……」


 グリムが見せた魔法袋の中には陽の光を反射して宝珠のように煌めく結晶核がある。


「よし、ならあの路地に入りましょう。そこでなら見つからないわ」


 つり目の提案通り、四人は通行人のフリをして建物の間の狭い路地に近づき、スッと入り込む。その奥の少し開けた場で再びグリムの魔法袋が取り出された。


「……全部ありますわ。じゃあ10個に分けますわね」


 仕事を丸投げされて感謝も労いもないが、そんなことはお構いなしにデブは水晶核を配っていく。


「イェーイ! これであとは報告に行くだけで終わりだね!」

「そうね。じゃ、さっさと行きましょ」


 レナたちはグリムよりも一足早く路地を去ろうとしているが、その途中でなぜか立ち止まった。


「……あ、グリム、一つ言い忘れてたけど、さっさと風呂入った方がいいんじゃないの? 貧乏臭いわ」

「「「アハハハハハハ……!」」」


 最後まで嘲笑いながら3人は路地から去っていった。それを見てグリムは強く舌打ちをした。


「貴族だからって同じ調査隊の仲間を奴隷扱いしないでほしいわね」

「それは狭間調査隊で、貧民出身がグリム様だけだからではないでしょうか? 嫌なら嫌と言い切ればいいのに」

「そんなの分かってるっての! 下手に逆らって貴族から恨みを買うことはマズいってあんたも知ってるでしょ? 最悪、存在を消されかねないのよ……」


 出る杭は打たれるというやつだ。貧民から調査隊に採用されている時点で彼女は突出している分、味方も居なければ下手に逆らうこともできない。

 愚痴をこぼして気を取り直したグリムは疲労困憊な身体を引きずって集会所へと向かった。


 ***報告後***


「はぁ、やっぱりまた任務ね……」

「またシャワーを浴びる機会を逃してしまいましたね、また煽られますよ」

「んなこと分かってるわ! けど、とりあえず腹ごしらえくらいはできる時間があるわ」


 休む間もなく次の任務が迫る中、やつれ気味のグリムは何を食べようかと外で店を吟味していた。


「あ、あの! グリムさん!」


 呼ばれてグリムがめんどくさそうに振り返ると、集会所の受付の魔族が焦燥感を露わにしながら走ってきた。


「なに? なんか用なの? 私これからまた任務に—―」

「魔王様があなたを呼んでます! それもすごい剣幕に……」


 寝耳に水のことだった。グリムは思わず一瞬固まってしまったがすぐに我に返り、「すぐに行く」と告げてハンナと共に魔王城へと駆け出した。


 自分が何かまずいことをした心当たりはなかったが、魔王の様子から察するによっぽどのことだろうというのは脳裏をよぎっていた。

 深く考える間もなく、グリムたちは魔王の待つ摩天楼の最上、魔王城の玉座の扉まで来た。


「魔王様、お待たせしました。グリム・ワルキューレ、失礼します」


 挨拶と共に玉座に入ると、敷かれたレッドカーペットの先に肘をついてこちらを覗く2つの赤い瞳がある。


「何か用でしょうか……?」


 恐れ多くも要件を尋ねると、魔王は肘をつくのを止めて両手を肘当てに置いた。


「グリム。単刀直入に言おう、貴様を永久追放する」

「えっ……?」

「聞こえなかったのか? 貴様をこの魔界から追放する。理由は分かっているな?」


 魔王は静かに怒りを込めて問い詰める。

 突然のことにグリムは困惑するどころか指一本動かなかった。


「な、なんのことです!? 私はなにも—―」


 心当たりがなく混乱しかけているグリムの前に、魔王はテニスボール位の大きさの魔法袋を投げた。袋は衝撃で紐がほどけ、中からは複数の真珠のようなものが出てきた。


「これは水晶核?」

「とぼけるな。貴様、これが本当に水晶核だと思うのか? 自分で触って確かめてみろ」


 魔王の言う通りに袋からこぼれた水晶核の一つを掴もうとするが、グリムはその時の感触に違和感を感じた。


「こ、これは!」


 掴めない……いや、正確に言えば掴めてはいるが質量を感じない。まるで()()()()()()()()()()()()()()感覚だ。

 そして、この正体にもすぐに気が付いた。


「幻化魔法……!」

「そうだ。貧しく愚かな少女がスリや万引きに応用して使い、魔界で社会問題とされている魔法だ」

「ま、まさかその魔法を私が使ったと?」


 魔王は頷く。


「そんな! そのようなことはしていません!」

「だがお前以外に誰を疑うというのだ? この魔法はやり方さえわかれば誰でもできるが、貴族の魔法学校では既に禁止されている」


(うっ、それで貧民出身のあたしに疑いが……!)

 グリムはその力があってこそ引き抜かれた特例中の特例だった。それがこんな形で終わるだなんて思ってもみなかった。


「我は残念だ。貴様は生まれながらに魔法少女として飛び抜けた力を持っていたというのに、よもやこのようなことに使うなどと」

「ま、待ってください! 本当に私は—―」

「もう言い逃れることはできん。貴様が最近妙な動きをしているというのも既に調査隊のメンバーから聞いているからな。貴様が思い上がって謀反や簒奪を企てる前に、我も先手を打たせてもらう」


(謀反? 簒奪? そんなこと考えたことも、考える余裕すらもなかったのに……まさかあの三人組!)

 でっち上げもいいところだ。誰の策謀で噂を吹き込んだのか容易に検討がついていたが、気づいたのが遅すぎた。

 そして、グリムの足元に黒い魔方陣が出現した。


「い、いや、待ってください! 本当にそんなことしてない! なんだってするからもう一度だけチャンスをください!」

「グリム様、いくら言ってももう無駄ですよ。ここは静かに受け入れましょう」

「ハンナ……!」


(あんたはどっちの味方だ!)

 と突っ込みたくなったがグリムはそれ以上言うことはなかった。


「グリム、貴様の魔法少女としての力は王座を脅かしかねない。その上で共謀をした悪人だ。魔界から出て行ってもらう。ハンナ、貴様も連帯責任だ」

「……はい」 「承知しました」


 二人が返事すると魔方陣が輝きだし、グリムとハンナは魔界から消えた。


「ククク、やりましたわ!」

「ええ、上出来よ。これで薄汚いドブネズミが消えてくれたわ」

「これで調査隊は正真正銘の、私たち貴族の物となったわけだ。喜ばしい!」

「大体、あのような低俗な輩を採用したのが間違いだったのですのよ」

「まったくね。戦い方は野蛮だし、MDを扱う技術もなければ金もない。こんな教養のないやつはすぐに去るべきだわ」

「「「アハハハハハハハハハ……!!!」」」


グリム「絶対今頃こんなこと言ってるわ……」

ハンナ「想像しただけで私まで呆れてきますね……」


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