19 間一髪!
「ちょっとあんたたち、まだ死んでないわよ」
氷山に衝突する寸前、グリムは3人を救出していた!
「あ、ああ、助かったぜ…って!? お前なんで増えてるんだ!?」
「ほ、ほんとだ!? どうなってるの?」
救出したといっても、グリムは三人に分身してそれぞれを抱き抱えていた。
「【クローク・ドッペル】。ちょっとした分身の魔法よ」
「ぶ、分身? …ごめん、わたしの操縦ミスで……」
「ジェリー、あんたには非はないわよ。それよりも—―」
グリムは矢の刺さった山の斜面を指さすと、それはゴゴゴゴ……と音を立て始めて急に崩れ始めた!
「やばいな、雪崩ってやつだ……!」
「うわぁ、あれに巻き込まれたら助かりそうにないね……」
相当勢いよく矢が刺さったのか、それとも元から緩み始めていたのかは分からないが、危険な場所であったことには間違いないだろう。
「さ、早く降りましょ。分身した上で体温管理しながら飛ぶのってけっこう魔力使うのよ」
グリムと分身たちは近くの安全そうな場所に降り立った。
「よーし、魔力感知でとっとと村まで行くわよ。……エール、なにモジモジしてるの?」
「え、あ、その……割と重装備で来たんだけど、やっぱり寒くて……」
「あーそう、じゃあ一体だけ私の分身を残しておくからそいつに温めてもらって」
「あ、ありがと…」
分身はエールと手を繋いで魔力で体温管理を行う。
「あったかいなぁ」と、グリムと手を繋いでいることにエールはまんざらでもない様子だ。
「分身できることにも驚いたけど、そんな感じに応用も効くのは便利だね」
「まあね。でもジェリー、魔力を分身の数だけ等分しなきゃいけないから割と使うのは避けたいところなのよね」
「等分だって? よっぽど魔力が無いとできない魔法だよな……」
「レイの言う通り。ハンナが居れば話は別だけど、今のあたしだとせいぜい3人くらいが限度ね。それ以上は流石に魔力量が危険になるわ」
ヘルファイアなら何発でも撃てる彼女だが、その魔力をもってしても分身は奥の手のようだ。
そうこうして一行が進んでいると、真っ白の向こう側から人影が走ってくるのが見え、それはやがて一人の銀髪の少女であることが分かった。
「おーい、大丈夫かー?」
心配そうに手を振って走ってくる少女には、狼のような耳と尻尾がたなびくのが見え、普通の人間ではないようだ。
「この辺りで雪崩が起きた音がしたから……って、誰?」
「いや、それこっちのセリフよ。あんたは何者?」
「え? アタシはノエル…って、知らないのか? まあいいや、無事ならよかった。ほら、こっちこっち」
ノエルと名乗るボーイッシュな獣人は怪訝な顔をしつつも、一行を誘導する。
何とも言えない雰囲気の中歩き続けていると、沈黙に耐え切れなくなったエールが口を開いた。
「ねえ、ノエル、あなたは此処に住んでる人なの?」
「もちろん。なんでそんな当たり前なことを聞くんだ?」
「あ、えっと、私たちは外から来たの」
「え? 外!? 遠路はるばるアタシらの村を尋ねに来てくれたのか!」
(服装で気が付かないのかしら…?)
来客が珍しいのか、ノエルは嬉しそうにテンションを上げている。
そこで各々が詳しい経緯を彼女に話した。
「なるほどなぁ、村の魔力炉を直すために空を飛んでわざわざこんなところまで……」
「んで、ジェリーが跨ってた矢を斜面にぶち当てて雪崩が起きたってわけ」
「ちょ、ちょっとグリム!」
「ははは、それは災難だった。無事でなによりだな!」
しばらく歩き続けると、吹雪の中に徐々に明かりが見えた。
それと同時に、都合よく猛烈に吹き荒れていた吹雪も収まり始めた。
「お、ちょうどいいな。ようこそ、アタシたちのシュリプスの村へ!」
周囲には三角屋根の家屋が並んでいる。中には、ブリザードが収まってすぐに家の外で遊ぶ幼い子どもたちの姿もある。
「あれ、あの子にも獣みたいな耳と尻尾が生えてるよ」
「まあな。この辺はアタシたちみたいな獣人しか基本的にはいないんだ」
「獣人……やっぱり、私みたいなエルフって狭い世界で暮らしてたんだなぁ……」
村の中を進み続けて、ノエルとグリムたちは開けた場所に出た。
その先には、陽の光を照り返す白い大きな建物が鎮座している。
「此処は何よ?」
「養成所だ。魔法少女を志す少女に戦い方を教える場であり、アタシらの家でもある」
「養成所? エール、あんたたちのところにはそんなものなかったわよね?」
「う、うん」「ああ、戦い方はエールの母親から習ったからな」
「? じゃあ外の世界にはこういうのはないのか。一応、此処にはこの村以外にも周りの村から魔法少女を目指す娘たちも集まるんだ」
つまり、魔法少女の学校のようなものだろう。
とりあえずこの場所がノエルの目的地らしく、彼女の後について建物の中へと入った。
「あ、ノエル。無事でよかった……」
早速、玄関で黒髪の少女が心配していた様子で出迎えた。
「よ、アンナ。もしかしてアタシの帰りをずっとそこで待ってたのか?」
「当然だよ。雪崩が起きて、それを見てくるって言って……もし二次被害とかに巻き込まれたらとか考えたら心配で」
「相変わらず心配性だな。大丈夫だ、あたしはそう簡単には死なない!」
アンナという少女の反応を見るに、ノエルが相当慕われていることには間違いないようだ。
「ノエル、その人たちは? あまり見慣れない服装だけど……」
「ああ、聞いて驚け。外の世界から来た人たちなんだ!」
「そ、外…?」
アンナはきょとんとしていたが、近くの部屋から顔を出した少女たちが次々にノエルの元に駆け寄ってきて、「キャプテン!」と彼女のことを呼んでいる。
「キャプテン! 話は聞かせてもらいました! 歓迎会とか開きましょうか!?」
「みんな聞いてたのか! それは都合がいい、歓迎しようじゃないか!」
(なになに、なんか突然お祝いムードみたいになってるじゃないの)
「じゃあ料理を急がなきゃ!」
「まって、誰が何を担当するのかちゃんと決めなきゃ!」
「食堂のところに使ってない椅子用意してね!」
少女たちがハイテンションで準備を進めようとその場で話す中、アンナは「ボクは部屋に戻ってるね」と言ってその場を去り、あまり乗り気ではなさそうだった。
「まあまあ、みんな落ち着け。そこはアタシも参加して決めるからちょっと待てよ? アンナ……はもう戻っちゃったか」
外の世界からの一行は嵐のような勢いで歓迎されることになったわけだが、そんな中でグリムは、アンナにだけ違和感を感じていた。
(あいつ、ノエルやそのほかの魔法少女がみんな銀の髪に蒼い目だったのに、あいつだけは黒髪に紅い目……それに、獣の耳と尻尾がなかったわね)
特別な理由があるのかは今は分からないが、何かありそうな気がしていた。
空いていた部屋を借りて休息をとったグリムたちは、陽が落ち始めたころにノエルに晩飯に呼ばれた。
その途中でエールは「キャプテン」について気になっていた。
「ノエル、さっきあなたがキャプテンって呼ばれてたのはどうして?」
「え? ああ、あれはいろいろあってアタシはみんなからキャプテンって呼ばれるんだ」
「へぇ、みんなのキャプテン…っていうことかな?」
食堂に着くと、既にほかの少女たちは既に料理を配膳し終えて席に着き、ワクワクした様子でグリムたちの到着を待っていた。
グリムたちの座る場所の近くには静かにノエルを見つめるアンナの姿もある。相変わらず外の世界から来た彼女たちにはあまり興味が無さそうだ。
一行が先に席に着くと、ノエルは食堂の正面に一人残って口を開いた。
「みんなありがとう、そしてご苦労さま。珍しい外からの訪問者が来てくれたことはみんな知っているな? 今日は彼女たちのための歓迎会を兼ねた晩餐だ! さあ手を合わせて……いただきます!」
……「「「「「いただきます!」」」」」……
(変わった合図ね…)
食事の時の合図というのはあまりグリムは聞いたことがなかったが、戦闘の時の連携をするためなんだろうかと推察していた。
合図を終えたノエルはグリムの隣に座った。
「ねえノエル。早速だけど、アンナについて教えて」
「アンナ? ああそうだな。うちのエースでもあるし、ほら、自己紹介」
「え、ぼ、ボク? えっと、その……」
いきなりのグリムの質問からまさか自分に注目されるとは思ってなかったのか、彼女はかなり困っているようだ。
「あ、君の髪、下げ髪なんだね! ほどいたらすごく長そう」
「え、あ、うん……」
(ちょっとジェリー! あたしが知りたいのはそういうことじゃないのに……!)
「ね、ねえノエル、ボクはもういいよ。先に戻ってるね……」
「あ、ちょっと……」
ノエルが引き止める間もなく、彼女は逃げるようにその場を後にしてしまった。
「ごめんな、アンナはすごく人見知りで……」
「おいおい、グリムお前のせいだぞ」
「なによレイ。あんただって気になってたんじゃないの? あいつが普通の獣人なのか」
「なにかおかしいところでも……あ、そういえばあいつには耳と尻尾が……」
レイもようやく気がついたみたいだ。
「そうだ、彼女は普通の人間だよ。もともとは此処の出身じゃなくて他の村に居たんだけど、いろいろあってね……」
「なに? またいろいろあるわけ?」
「ああ、詳しく答えられなくてすまない。それはこの場では見逃してくれ」
ますます気になるところだが、簡単に教えない辺りただ事ではなかったのだろう。
「ねえ、それよりももっといろんなことを話そうよ! 例えば、自分の趣味とか!」
「ジェリー、ありきたりだなぁ。まあ悪くねえと思うぜ。俺は毎日トレーニングするとかしかねえけど……」
(趣味……ないわね。話題に困ったわ)
レイみたいなトレーニングもしていないし、これといったものが思いつかない。そこで、エールの執筆のことが頭をよぎった。
「エール、あんたの出番じゃない。あたしはトイレ行ってくるから」
「え!?」
「あ、トイレなら外でて右の方に行けば見つかるぞ」
「ありがとノエル」
「ちょ、ちょっとグリム?」
エールに話題を押し付けてグリムはお花を摘みに外に出た。
すると、廊下では何かブツブツと声が聞こえる。
「どうすればボクはノエルみたいに……。戻ってきたけどやっぱりやめたほうがいいのかな……」
廊下の窓から星空を見つめて独り言を話しているアンナを目にしたグリムは、なおさら彼女への興味が湧いていた。
「ねえあんた、そんなところで何してるのよ」
「ひゃぅっ!?」
「なによ、そんなに驚かなくてもいいじゃない。あんたはたしか、アンナだっけ?」
「は、はい……その、えっと、えっと……ごめんなさい!」
次の瞬間、アンナは身体ごと何かに吸い込まれるかのようにその場から消えた!
「な、なにいまの…!?」
一瞬のことに何が起きたのか分からなかったが、逃げるように彼女が消えたことから、彼女の何かしらの能力なのだろうか? 詳しく考察しようとしたその矢先—―
《結界消失! 結界消失! 全魔法少女はモンスター迎撃に備え、戦闘態勢に移行せよ!》
警報と共にアナウンスがなされたが、それを聞いてグリムはにやりと笑みを浮かべた。
(此処の魔法少女の力、見せてもらおうじゃないの)




