18 意外なヤツからの恩返し
—―翌朝――
グリムはエールたちと共に村の外れでハンナとマリーの演習を観ていた。なんでも、マリーからの申し出でリハビリがしたいとのことだ。
「マリー様、よろしいですね?」
「もちろん。ありがとう、付き合ってくれて」
「いえいえ。貴方様のおかげで私も無事に家を守れているわけですからね」
(何よあいつ、あたしには皮肉と煽りばっかりなクセに人当たりよく振る舞っちゃって……)
グリムからしたらなんとも気持ち悪いものがあった。
「マリー、無理するなよ!」
「分かってるって」
レイは熱くなりやすいマリーのことが心配なようだ。
そんなことはあまり気に留めていないのか、二人は戦闘態勢を取った。マリーは杖を取り出し、ハンナは一つ目の異形へと姿を変える。
「ハンナさんには悪いけど、なんかモンスターみたいだよね……」
「そうよ。この世界のモンスターよりはよっぽどモンスターに見えるわ」
エールとグリムは互いに耳打ちした。
すると、ハンナから「そこ、聞こえてますよー」と地獄耳で反応した。
それはさておき、ハンナとマリーは互いに強力な魔力のビームを放った!
「【ピーコック・サーカス】!!」
「【ケイオス・シュトラール】」
マリーから放たれる孔雀の乱光に合わせてか、ハンナの魔法もまた拡散するビームで対応していた。
激しい撃ち合いの中で互いに相殺し、一進一退の攻防が繰り広げられる。それでも両者のビームは中々本体まで届かない。
「綺麗だね…!」とエールは見入っていたが、グリムは「派手だけど地味ね…」と評していた。
泥試合に痺れを切らしたマリーは、あえてビームを撃つのを止めた。その隙に、ハンナの拡散ビームが迫る!
「マリー!?」エールは驚いていたが、レイは何かすることを知っていたのか、その顔には笑みがあった。
次の瞬間、マリーの眼前には巨大なバリアが形成されて迫る光弾のことごとくを無効化した!
そればかりか、受け止めたビームに自分の魔力を乗せ、極太レーザーとして反射した!
「【パニッシュ・リフレクター】!」
(なるほど、そういうことね。吸収と反射までできるなんて感心したわ)
マリーの侮り難いその実力を再び垣間見たグリムは心底感心していた。とても重病持ちとは思えない強さだ。
極太レーザーは躱す間もなくハンナへと迫り、彼女を呑み込んだかのように見えた!
「ハンナさん!」
「おいおい、モロに喰らったぞ…!?」
エールとレイは焦る。
しかし、レーザーが過ぎ去った後には半身が消えた状態のハンナの姿があった。
「ふぅ、危ないところでした。半身の魔力を変化させてなければマズかったです」
そう言って彼女は消えていた部分を再生させていく。攻撃が当たる数瞬、身体を変化させていたのだろう…なんという早技だ。
「ごめん、ついやりすぎちゃった」
「いえいえ。問題ありませんよ」
身体を組み直して再び相対した彼女たち。そこへ、拍手をしながら近づいてくる何者かが現れた!
「お前たち、中々の素質があるじゃないか!」
この聞き覚えのある老人の声は……!
「ドルグ!」
「何しにきたわけ?」
レイとマリーがすぐに機嫌を悪くした。
一方で、彼の後ろにはメリルとアメリアの姿もある。
「まあ待て、血気盛んな魔法少女よ。マリーはともかくとして、そこのモンスターに変身できるお前もマリーに劣らない力を持っているのは興味深い」
「はあ、私のことでしょうか?」
「そうとも。是非とも我が村に来ないか?」
来て早々にヘッドハンティングを仕掛けるドルグにレイとマリーは呆れた。
「今度は何を考えてるんだ? また何か下らない野望でもあるんだろ?」
「そうよ、やっぱり事が起きる前にこの場で始末するのが……!」
マリーが魔力を溜めてバチバチと音を立てるロッドをドルグに向けるが、そこにメリルが立ち塞がった!
「マリー、ちょっと待って!」
「メリル…邪魔するならまとめて消し飛ばしてあげる」
「まっ、待ってってば! ドラグなりのジョークなんだって! 本題は別にあるの!」
アメリアも頷いている。あの二人が揃って主張するということは事実なのだろう。それを見てマリーは舌打ちをしながらも武器を下ろした。
「と、とりあえず場所を移そう?」
エールの提案で一同は村長の家へと集まった。
「そういうことでな、王都の帰りで寄っただけなんじゃよ。本題に移ろう、アメリアあれを用意しとくれ」
ドルグがそう言うと、アメリアが丸めた大きな紙を持ってきて机の上に広げる。それは山や谷などの地名が書き込まれ、詳細に色分けされた綺麗な地図だった。
「もう見てもらえばわかると思うけど、最後の材料の在り処が分かった」
アメリアは北にある大きな白い山脈を指し示した。
「この場所は寒冷地の山で、かなり上質な氷塊が採れるとされている。魔力炉に使うには申し分ないだろう?」
「なるほどな。ところで、こんな場所に行くとなると俺たちは初めてになるわけだが、ここは相当過酷な場所じゃないか?」
明らかに極寒の地であることが予感されるこの場所にレイは不安を隠せない。
「ああその通り、マイナス30℃は軽く下回ると思った方が良さそうだ」
「ええ!? そ、そんな寒いの!? マイナスってそんな簡単に下回っちゃうんだ……」
エールが驚愕するのも納得だが、世界に冷凍庫と同等かそれ以上の極寒の地があるのも不思議なものだ……。
「そりゃあ、かなり入念に準備しないとな」
「ねえ、あたしら魔法少女なら温度管理くらい魔力でできるでしょ? そこまで気負う必要があると思えないんだけど」
「え……いや、念には念を入れてってやつだよ!」
次元の狭間の調査隊だったグリムからすればその程度は訳ないことだが、レイたちはあまり意識して無かったようだ。
ドルグたちが村を去った後、グリムたちは一旦帰宅して準備を整えていた。しかし、エールは浮かない顔をしていた。
「ねえ、今回は私ついていけないかな…?」
「ん? 寒いから?」
「うん」
極寒の地に向かうともなれば、魔法少女のグリムたちはともかくとして一般人のエールにとってはそう簡単な話ではない。とはいえ、ここまで一緒に同行してきた彼女としては今回もついていきたい気持ちはやまやまのようだ。
「じゃあ今回もついてきなさいよ」
「え? いいの?」
「準備すればいいだけの話でしょ? それに、あんたがついてくればいろいろと妙案を思いついてくれるし、その本とやらも書けるじゃない」
「そ、そう、だけど…」
「足手まといになるとかそんなことを気にしてるなら心配いらないわ。最悪あたしがあんたたちを運べばいいんだから」
グリムがここまで肩入れする理由はただ一つ。
(完成したあんたの本を読みたいからよ!)
「わ、わかった!」
エールはすぐに準備を進め、身支度を整えた。
「あらあら、またまた今回も私は置いてきぼりですか?」
「ええそうよ、あんたがいないとストレスが溜まらなくて楽チンだわ。今回も家を守ってなさい!」
「からかい甲斐のない相手が居ないのは寂しいですねぇ、マリー様は冗談の通じる相手じゃありませんし……」
おや、意外にもハンナが寂しがっているようだ。
「まあ、氷山とあればクレバスに落ちたり、雪崩に巻き込まれたり、魔力切れで凍死したりで一生の別れにならなきゃいいですが」
「なによ、あんたはあたしじゃないの。あたしが死のうがあんたの中にいるあたしは生きてるってことよ!」
「そうでしたね、私たちはどんなに遠くても離れたくてもずっと一緒でした」
「まったく、面倒な身体だわ」
奇妙なつながりだが、これも運命共同体としての宿命だろう。
「お待たせ!」
準備が整ったエールの姿は既にかなりの重装備になっていた。
「魔力が使えないっていうのは不便に見えるわね。それ重くない?」
「グリムたちについていけるだけで十分だよ! それに比べればこのくらい軽い軽い!」
その意気込みやよし……が、外には—―
「待っていたぞ」
「え、あ、あんたレイ?」
「そこまで驚くか?」
防寒装備のコートやマフラーなどを身に付けたレイ、防備の数は明らかにエール以上のものでその姿は一回りも大きく見える。
「どうしてあんたそこまで?」
「さっきアメリアから聞いたんだ、あの寒冷地で魔力が切れれば凍死する。俺自身の魔力の量もお前やマリーほど多くはないからな。念のためってわけだ」
(念を入れすぎて思わず頭痛くなりそうね……)
備えあれば患いなし……にしてはやりすぎな気もするが準備はできた。
「ねえねえ、氷山に行くんでしょ?」
三人のもとに話しかけてきたのは、あのゴーグルが特徴的なエルフのジェリーだった。
「ジェリー、昨日ぶりだね!」
「うん、人間の社会を見学するために来たんだ。そしたら、君たちが魔力炉の材料を取りに今度は氷山に行くって聞いて何か役に立てないかなって思ったんだ」
「じゃあ氷山にあるっていう村まで運んでくれる?」
「分かった! 任せてよ!」
エールの頼みを快諾したジェリーがここまで献身的なのは、自分自身がエルフと人間の架け橋になりたいからだろうか。健気なものだ。
グリムたちを乗せたジェリーの矢は氷山へ向けて飛び立つ。
「ジェリー、なんか嬉しそうじゃないの?」
「ええ? まあそうかな、エールたちの役に立てるし、私は見たことがないものが見れるかもしれないって考えたら、ね」
「ついでにエルフの評判も上がる……とかね?」
「ちょ、ちょっとグリム! 私はそんなことまでは考えてないよ!」
「そう? まあそれより、その地図で場所は分かるよね?」
「もちろん」とジェリーが返したのもつかの間、突如として周囲が霧でも立ち込めてきたかのように白くなりはじめ、視界は徐々に悪くなっていった。
「わわ、な、なにこれ、寒くなってきたし、周りが……って地図に白いものが……?」
「これ、雪じゃない? もしかして氷山に近づいてきたから雪が降ってきたんじゃ……きゃあ!」
矢が横薙ぎの風で大きく煽られてバランスを崩しかけるが、ジェリーはなんとか立て直す……!
「おいおい、この風と雪はただの自然現象じゃねえぞ! たぶんブリザードってやつだ!」
「ど、どんどん風の勢いが強まっているよ!」
「どうしよう、どこかに着陸しようにも真っ白で何も見えない!」
ジェリーはパニックになりかけていて、現在位置すらも把握できていない。
そんな状態の中、一行の目の前に急に緑色の木々と地形が現れて—―
「ぅああああ!!」 「きゃああああ!!」 「お、おわああああ!!」
—―完—―
ハンナ「おお、死んでしまうとは—―」
グリム「そんなわけないでしょ!」




