16 ピュアなジェリー
「ところで、君たちはどうして助けてくれるの?」
「何だ今更、俺たちはお前に助けられたんだ。それに、お前もこの救出を成功させれば戻れるんだろ?」
「え、でも…わたしのことを見捨てて木を切ればそれで終わりじゃないかって…」
「そんなことしないよ! 善意で人を助けたのに追い出されるなんて理不尽すぎるよ!」
エールが正義を込めてそう言う。しかしグリムはというと……
(あたし一人だったらとっくに木を切り倒していると思うけどね。ま、今回は乗り掛かった舟だからこのままでいいけど)
「そ、そっか、みんなありがとう。あ、そうだ! わたし、もう一つ得意なことがあるんだよね」
そう言うと、ジェリーは片手に弓を、背中に矢筒のようなものを顕出させた。そして、矢筒から光る矢を取り出すとそのまま弓に合わせて引き絞り、放つ! ……が、放たれたはずの矢は飛翔することなくその場で巨大化し、人が数人が乗れるくらいの大きさになった。
「さ、乗って乗って!」
「え、おいこの矢にのるのか?」
「うん、これに乗ってひとっ飛びすればすぐに洞窟まで着くよ!」
どうやら驚くことにこの巨大な矢はそのまま乗り物になるみたいだ。銃やパチンコを飛び道具と呼ぶことはあるが、こいつはまさに二つの意味で飛び道具…ということだろう。
グリムたちは矢の上にまたがり、最後にジェリーがまたがった。
「みんな、ちゃんと捕まっててね!」
「うわっ!」 「きゃっ!」 「……!」
次の瞬間、後ろから強い風の後押しを受けたかのようにグリムたちの身体と矢は前に押され、森の木々と枝葉をすり抜けて蒼天へと舞い上がる!
「す、すげえ!」
「そ、空を飛んでるよ……!」
「驚いたわね、まさか矢が乗り物になるなんて」
グリムも先端に矢じりと尾羽が付いた箒に乗るのは初めてだ。出会ったときに使った魔力遮断布、変身魔法、そしてこの矢。やはり彼女は人間界でも相当な芸達者だろう。
(やるじゃないの。魔法少女は戦えてなんぼだとは思っていたけど、ここまでくると面白いわ!)
「おい、お前いつもゴーグルかけてるのってもしかして…」
「うん、このためにあるのさ!」
どうやらニキビを隠すためのカモフラージュだけではなかったようだ。
「こうやって見ると、世界って広いね。わたしたちエルフってあんな小さい森に閉じこもってなきゃいけないから、私は君たちが羨ましいよ」
「どうしたのよ急に」
「実は、人間と交流したいってずっと思ってたんだ! 森に来るのはいままで木を勝手に伐採したり、それこそ誘拐とかしてきた人間ばっかりだったけど、それでも君たちみたいな良い人だって世の中には居る。だから、わたしは今のエルフを変えたいと思ってるのさ」
ジェリーはそう言いながらグリムたちに目を輝かせる。
「そう? あたしたち、案外怖いかもよ?」
「そんなことないよ! 今までみたいな邪気を感じなかったし、すごく優しい感じがしたんだ」
(ピュアっピュアねコイツ……)
一度人信じたらとことん信用するのが彼女なのだろうか。グリムは少し引き気味に感じたが、こなすことは変わらない。
一行は雑談しながら空を進み、目標となる地図の黄色い丸のすぐそばまで迫った。そこは大きな山岳が並び、エルフの村とはまるで別の世界が広がっている。
「うわぁ、すごい場所!」
「そんなに意外かしら?」
「こういう場所に来るのは滅多にないからさ!」
ジェリーはゆっくりと高度を下げていき、途中で目に付いた洞穴の入り口に着陸した。
「おそらくここにエルフの子どもたちがいるね…」
「見かけからしてそこまで大きく無さそうな洞穴だな。こりゃ迷わずに済みそうだ」
誘拐犯が根城にするには少しばかり小さすぎるような外見の洞窟ではある。
一方でエールは早速あることに気が付いた
「ねえ、なにか聞こえない?」
「「え?」」
「ほら、なんかこう、徐々に近づいてくるみたいな……」
近づく何か、それは徐々に気配と音を近づけながら迫ってきて、遂に姿を現した!
その正体は二人の幼い少女たちだった。グリムたちはあっけにとられながらも、エールは彼女たちの耳が尖っていることに気が付いた。
「あ、ねえねえ、もしかして君たちってアリエスちゃんとミュリンちゃんかな?」
「「……!」」
二人は言葉が出なかったが、咄嗟に頷いてくれた。
そして、ジェリーの存在に気がついて安心したような顔をした。
「あ、ジェリーの姉ちゃん!」
「探しに来てくれたの?」
「もちろん! ところで、君たちはどうしてこんなところに?」
ジェリーがホッとした様子で話しかけていたが、それに対して二人は少し焦燥感を浮かべながら話を続ける。
「あ、あのね! ダメだって分かってたけど、外を見たくなったんだ」
「そしたら、でっかいドラゴンが飛んでいってて…追いかけたら途中で気がつかれて……」
「それで逃げて此処まで逃げおおせたってこと?」
二人は頷く。好奇心ゆえの行動であることは分かったが、ドラゴンの跡をつけたのが間違いだったようだ。
しかし、グリムにはある疑問が浮かんだ。
「ねぇ、モンスターは昼間は大人しいんじゃないの?」
「基本的にはそうだけど、中には繁殖期とか子供が一緒にいると神経質になる種類もいるって聞いたことがあるね」
エールの言うことに当てはまれば、そのドラゴンとやらは子供を連れていたか、繁殖期だったかのどちらかだろう…。
「二人とも、無事で何よりだよ。それで、そのドラゴンっていうのはもう居ないーー」
その時、ジェリーは不穏な音を耳に捉えた。
「待って、この感じ……近くに何か来る!」
「え?」
「なに!?」
(そんなの何も聞こえないけど……?)
一瞬なんのことだかグリムも分からなかったが、魔力感知をすると近くに巨大な反応と、それに随伴する10体以上の存在が掴めた。
「なるほど、あんたの耳は正確なようね」
「グリム、何が起きてるか分かったのか?」
「そのエルフたちを追いかけてたドラゴンが戻ってきたみたいよ。それも団体さんでね」
子供たちを探しにきたのだろうか。ともかく、二人が隠れていた洞窟は狭すぎてとても全員は入らない。
そして、ドラゴンたちは間もなく肉眼でも視認できるほどに接近してきた。
「よし、じゃあここで待ち伏せよう。魔法少女が3人もいればまず心配はないだろう?」
「ど、ドラゴンか…戦ったことないけど、二人に手は出させない!」
ジェリーは不安そうだが、レイはそうでもない様子。もしかしたらグリムの存在が大きいのだろうか?
「じゃあ二人とも、洞窟に隠れててね」
非戦闘員のエールと二人の幼女を退避させ、3人は武器と戦闘服を顕出させて待ち構えた。
すると、ドラゴンからは無数の光る物体が見えた!
「この魔力は火…? 火球よ!」
グリムが咄嗟に気がつく。どうやら、先手を取って攻撃を仕掛けてきたのはドラゴンのようだ。
「任せて!」
ジェリーは手にしていた弓を構え、矢を引き絞り、放った!
それは1発ではなく、複数に分かれて拡散していく…一度に数発の矢を放ったということか!
矢は迫り来る火球を撃ち抜き、相殺していく。
そればかりか、撃ち抜いた矢の一つはそのまま随伴する小さなドラゴンに突き刺さった!
「えっ、まさかあのまま命中!?」
「すごい精度だな!」
「ふーん、なかなかの腕前じゃないの」
神業に感心する3人にジェリーは「えへへ、それほどでも…」と照れていた。まあ、今のがまぐれだとは此処では言えまい…。
一方で、子供が手傷を負ったことで母親のドラゴンは怒り心頭のようだ。
グルォォォォォ!!!
耳を震撼させる大音量の咆哮が蒼天に轟き、一気に近づいてきた!
間髪入れずにジェリーも矢を放って迎え撃つが、それらを的確に躱し、弾いてくる…!
「あ、あの巨体でなんて素早さ……!」
その身のこなしにジェリーは驚愕した。
そして、ドラゴンは大きなアギトで彼女に食らいつこうとするが、後ろから助走をつけていたレイが間に入って腕のプレートで受け止めた!
「ぐぅっ、そう簡単にいくかよッ!」
力負けしつつあったが根性で押し返す。しかし、プレートの裏からは次第に鮮血が流れてきた。
「レイ、大丈夫!?」
「へ、平気だ! たかが腕の一本をくれてやっただけだ!」
心配するエールに強気を張るが、ぶらんと下がったレイの腕を見る限りとても無事とは思えない。
「レイ、あんたはエールたちを守ってなさいよ」
「ぐ、グリム……クソ、また俺は意地を張らせてくれないのかよ!」
「お守りも立派な役割よ。んじゃ、よろしく」
そう言ってグリムは大鎌を手に母ドラゴンへと向かう。
距離を詰める最中に吐き出される火球をカオス・パニッシャーで相殺しながら、鎌で斬りかかる!―— が、その一撃は寸前で躱されて掠れた程度だった。
(なるほど、こいつはなかなかの上玉じゃないの!)
すぐさま反転しながら回転斬りをしかけるがこれも腕に防がれて深くは斬りこめず、このドラゴンはただの手練れではなく魔法少女とも戦い慣れていることを悟った。
一方で、ジェリーたちは子どものドラゴンたちを相手にしていた。
「く、近づかれるとなかなか当てづらい……!」
弓矢という武器の都合上、接近戦が苦手なジェリーは手間取っていた。
レイはというと、エールから強引に腕に包帯を巻かれていた。
「ちくしょう、俺だけなんてザマだよ……!」
項垂れているレイに、エルフの子どもたちは「かっこよかったよ!」「すごく痛そうなのに我慢しててえらいよ!」と励ましていた。
「……よし、血は止まったけど、あまり無理しないで」
「すまん、助かった」
すぐに戦いに復帰しようとしたとき、一匹の小さな影が太陽の方向から迫ってきているのをレイは気が付いた!
一匹の子どものドラゴンが口から炎を滾らせながらエールへと向かっている……!
「ち、ちっちゃいドラゴンさんがきてるよー!」
「うわあああ!」
眼前まで迫り、怯える子どもたちにエールはすぐさま「二人とも伏せて!」と言って庇った!
が、その直後に金属音と共にその攻撃は止まった。
「危ないところだったな」
咄嗟に引き返してきたレイが自慢の速度で駆けつけてきて事なきを得た。
「ジェリーの方はどうにか食い止めているみたいだから、俺はここに居る」
二度同じ轍を踏むわけにもいかないことを考えてレイは負傷した腕を庇いながら防衛に徹した。
空の方は、そろそろ決着がつきそうな様相を呈していた。
あのグリムを相手にして親ドラゴンは息を切らし、所々に傷を負いながらも未だに致命傷を受けてはいない。
「ふぅ、なかなかやるじゃないの。此処に来て戦った中では間違いなく一番強い!」
グリム自身は相変わらずの無傷だったが、いい汗をかいていた。
すると、突如として「グルォォォォ!」という咆哮が聞こえ、その方向を見るやもう一体のドラゴンが迫ってきた!
その体格は親ドラゴンとほぼ同格であり、翼の突起や尻尾の形が違うことから考えてつがいのようだった。
(おかわりってことなら喜んで受けて立とうじゃないの!)
まだ余裕のあるグリムは喜んではいたが、新たに現れた父ドラゴンはボロボロの片割れを見て睨み、「シャアァァ!」と威嚇するような素振りをしていた。
次の瞬間、腹に蹴りを入れるとブレスを吐いて片割れを地面へと叩き落した!?
既にダメージを負っていたこともあり、再び飛ぶ力も失っていた母ドラゴンはそのまま頭から地面に突っ込んだようだ……。
その光景を見た子供のドラゴンたちは一斉に母の元へと向おうとするが、父が「そうはさせない!」と怒鳴るように咆哮する。
(なにこれ、どうなってんのよ?)
グリムはこの状況に困惑した。普通なら、二体一の有利な展開で攻め込んでこないはずがないと思っていたが、どうもあの父ドラゴンは短気で空気が読めないようだ。子供ドラゴンたちも父に怯えた様子で震えている。
状況を少し理解したグリムは苛立った。
「あんた、いきなり戦いに水差して気持ちいい?」
感情から出た言葉とともに、グリムは一気に攻撃を仕掛けた。
父ドラゴンが躱す間も、防ごうとする腕の間も掻い潜り、硬い竜鱗に次々と切り傷をつけていく。それは、母ドラゴンのほうがよっぽど強かったとも思えるものだった。
片角を鎌の柄でへし折り、背中の棘を切り裂き、翼膜をズタズタにする……傲慢なドラゴンは1分経たずにズタボロにされた雑巾のようになっていた。
「つまらない、興醒めね」
グリムにとっては落差で消化不良気味だった。しかしながら、父ドラゴンもまだ息絶えたわけではなく、エールの方へと火球を吐き出した!
が、そこには弓を構えたジェリーが待ち構えていた!
「……! 【ストライク・スティンガー】!!」
魔法をありったけ練り込まれた矢が放たれ、業火を一直線に貫通して飛竜の胸を貫いた!!
さらには、グリムが怒りの形相で赤黒い火球を手に持っている……!
「トドメよ! 【ヘルファイア】ッ!!」
自分との戦いを放棄されたことで堪忍袋の緒が切れたのか、ゼロ距離から怒りのヘルファイアを蹴り込む!
ドラゴンは上空で木端微塵に吹き飛び、爪や肉の一部が落下した…。




