15 欲す信頼には力の助力を
樹海を進むグリムたちは遂に開けた場所に出た。
そこは木々に囲まれた盆地のようになっていて、中心の凹地には神秘的な白い建造物が複数見えている。
「へぇ、此処があんたたちの集落?」
「そうだよ、君たち以外の人間が来たことはないんじゃないかな」
集落に人間を連れてきてしまったことが不安なのか、ジェリーは芳しくないと言った表情をしていた。
「それで、君たちは此処にどんな用があって来たの?」
「ああ、俺たちはこの森の木材が必要で、どうにかして分けてくれないかと思ってるんだ」
「ええ? この森の木を? …うーん、それだったら長老に聞くのがいいのかなぁ?」
ジェリーは再び思案した。
「でも、その長老さんのところに行くまでに私たちの存在が知られたら大変なことになるんじゃないかな?」
「そうだな、俺たちは招かれざる客ってことに変わりはない。けれども、あの木材がないと村に未来はない…なんとしても持ち帰らないといけないぞ」
エールの心配にレイも同意する。
「ちょっと二人とも、そんなに追い詰められたような言い方しなくていいじゃない。まだ慌てるには早いわ」
グリムがそう言っていると、ジェリーが顔を上げた。
「よし、アレを使えば何とかなりそうだ!」
「「「アレ?」」」
「うん、みんな、ちょっと集まってほしい」
彼女は円陣を組むようにしてグリムたちと集まると目を閉じた。
「よーし、ちょっとの間待っててね……」
ジェリーは一度深呼吸をして何か思案するように静かに目を閉じた。
そして、再び目を開くと彼女は喜々した様子で「よし!」とガッツポーズした!
「成功だよ、三人とも自分たちの姿をよく見て」
言われるままに自分の手足をグリムたちが眺めると、身に付けている衣服や肌の色も若干変化しているのが各々の目に映った。
「な、なによこれ、何が起きたの?」
「わっ、服どころか髪も変わってるよ……!」
「えっと…お前はエールか? 外見がまるで違うぞ!?」
三人は見違えるほどの姿の変化に面食らっている。それぞれ耳が長くなり、髪の色が金髪寄りの明るい色に変化している。
「変身魔法だよ。わたし、こういうの好きなんだ」
「なるほど、魔法って言っても一口に戦うためだけのものじゃないってことだよね」
エールの言う通り、魔法も使いようなのだろう。
「まさかこんな魔法があるなんてな……これなら俺たちもその長老のところに潜り込めるってことだな?」
「うん。思ったより上手くいったから絶対バレないよ!」
彼女は自信たっぷりに言うと、一行は魔法の解けないうちに長老の元へと向かうことにする。その道中で何人かのエルフとすれ違うが、挨拶をかけてくるだけで正体には気づいていないようだった。
途中、グリムは集落の要所要所に大きな傘のような形をした謎の建物を見かけていた。
「あれは何なの?」
「ん? ああ、あれは雨風みたいな自然の力を利用して魔力を生成して貯めておくんだ。そうしておけば、魔力炉がダウンしても予備として使えるってわけだね」
「便利だね…ねえレイ、私たちの村にもそういうのがあった方が良いんじゃないのかな?」
エールの提案にレイも頷く。
「最悪の事態が起きることを考えるならそれも良いだろうな。もっとも、こんな独創的な物を作る技術がうちには無いんだけどな」
独創的。おそらくはエルフが外界とのつながりをシャットアウトしていたが故に生まれた技術なのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、向こうから一人の少女が歩いてきた。
「あら、ジェリーじゃないの」
「あ、え、えっと、エレナさん!?」
その声はグリムたちにも聞き覚えがあった。なにせ、森で隠れた時に聞いた声の一つのようだった。
彼女の歳はレイやエールたちより上のようだが、何か妙な気を感じた。
(なにこの、感じ…まるでこっちを見透かしているような…)
グリムたちの正体を見破っているかのような、それでいてこちらを泳がせているのか、あるいは許しているのか…包容力のようなものを感じた。
「侵入者が来たときにどこに居たの? 神殿でローズがすごく怒ってるわよ」
「ああえっと…侵入者に襲われていたこの人たちを助けていたんです」
「そうなの? 見かけない人だけど、ちゃんとゴーグル外して挨拶した?」
「え、ええ?」
「してないならほら、今からでも」
「え、あ、ちょっと! うわあああやめてください!」
ジェリーの抵抗虚しく、あっけなくゴーグルが額まで上げられた。
「なに? また自分の鼻の周りのニキビが気になるから外したくなかったの?」
「そ、そういうお年頃なんです! み、見ないで……!」
(なんだ、あのゴーグルって特別意味はなかったの? とてもそんな風に見えなかったけど)
グリムはそう疑ったが、ジェリーはすごく恥ずかしそうに顔を隠している。
「あ、それより早く報告に行くのよ。ローズから大目玉を喰らわないうちにね」
「は、はい……」
会話を終えたエレナはすれ違うように去っていく。その直後にチラリとグリムたちに視線を向けながら……。
そして一行は神殿に着いた。が、さっきの話を聞いてかジェリーは若干冷や汗をかいていた。
「なに緊張してるのよ?」
「え、い、いや、そ、そんなこと……」
「ガッチガチじゃないか、お前もしかしてさっきのローズってやつが恐いのか?」
「は、はは、ま、まあそんなところかな」
震えながらジェリーが神殿の門を押す。
内部は白く、清潔感と神秘性のある教会のようなところだった。
「ん? あ! 貴様ッ!」
早速中に居た長い紫髪の少女の目に留まり、さっそく呼び止められた!
「ろ、ローズさん! ま、待ってください!」
「なにを待つかこの愚か者!」
ローズ、彼女の声は森で聞いたもう一人の声だった。
「魔法少女でありながらどうして今日の侵入者の時に—―!」
「は、話を聞いてください、私はあの時巻き込まれていた人たちを救出していたんです!」
「また貴様はそんな言い訳を!」
ジェリーを問い詰めるローズ。その動きに待ったをかけるように神殿の奥から声が聞こえてきた。
「お待ちなさい、ローズ。ジェリーの話を聞いてから正否を決めるべきです」
「ち、長老……」
物腰柔らかで優しそうな声にローズは問い詰めるのをやめ、ジェリーに説明を促すよう首を振って合図した。
「あ、ありがとうございます、長老。私は、森で侵入者が来ていないかどうかの監視をしていて、そうしたら数人の人間が入ってきました。その時、間が悪く樹液採取に来ていた人たちと相対してしまってたんです」
「ほう、ですがそのようなパトロールなどというのは初耳です。もしかして自主的にですか?」
「は、はい。樹液採取の人たちは武器を持ってなかったので私がトラップを使って侵入者の気を引いて、その隙に救助したんです」
「なるほど、それが後ろにいる者たちですね」
バレにくいウソというのは事実と虚構を交えながら作り上げるとは言うが、ジェリーは冷や汗をかきながらも必死にそれをやり遂げようとしていた。
「あの、長老。助けた彼女らから、樹液を採るためにより効率的な方法を思いついたので木を数本伐採する許可が頂きたいとのことです」
「木を? いいでしょう、技術を高めるのは重要なことですからね」
「ありがとうございます!」
彼女は無数の汗をかきながらも上手くいったことに笑みを浮かべた。
が、許可証を受け取った彼女たちが神殿から出ようとしたその時―—
「待て貴様ら!」
ジェリーはビクッとすくみ上ったが、その矛先はジェリーではなくその後ろ……
「貴様らだ貴様ら! さっきからおかしいと思っていたが、一体何者だ!」
(え、もしかしてバレた?)
グリムが嫌な予感が走った直後、ローズは蔓のような触手を伸ばしてエールを捕縛した!
ジェリーはいきなりのことに「ひゃあっ!?」と驚き、レイもうっかり「エール!」と声を出してしまった。
「エールというのか貴様は。だがこの集落にエールという名前のエルフは存在しない!」
完璧とも思えたであろうこの作戦にどんな欠陥があってバレたのだろうか。
それに続いて、さらに最悪なことに変身魔法の限界時間が……!
「身体が!」 「元に戻っていく…!」
「やはり人間か。それだけではないな、ジェリー?」
ジェリーの顔はすっかり真っ青になっていた。もうこれでは、れっきとした裏切り行為に他ならないわけだ。
「い、いえ、これはその……」
「見損なった。これまでは私も大目に見てきたが、これは流石に我慢ならん!」
次の瞬間、グリムたちの足元から植物の蔓や茨が出現し、彼女たちをシュルシュルと絡みついて捕縛した!
(いつの間に…! これがあいつの能力のようね!?)
「ま、待ってください! この人たちは困っていたんです! この森の木がどうしても必要で!」
「そうなんだ! この森の木が無いと、俺たちの村は大変なことになるんだ!」
「お願いだから許可してください!」
(もうダメね、こうなればプランBで!)
捕縛されたままのエールが必死に懇願するが、こうなってしまってはもう手遅れだろう。グリムは強引に拘束を解いて戦闘準備をしようと—―
「ジェリー、外の者たちよ。一つチャンスをあげましょう」
「ち、長老さま?」
「あなた方の必死さは分かりました。私としてもそのような苦境の中にある人々を見捨てるようなことは心苦しいのです。なので一つ、外の者よ、私たちに信頼を見せてもらいたいのです」
(プランBを使わずに済みそうね)
展開しかけていた大鎌を納め、一行に課せられたものとは?
「この前、集落のアリエス、ミュリンという二人の子どもが人間に攫われたのはエールも知っていますね?」
「は、はい、犯人たちは森の中に予め潜んでいて、魔力遮断布でやり過ごしていたと。そのため、私たちは間に合わなくて……」
「そうです、あの許されざる事件の犯人。そのアジトをエレナが子どもたちの魔力を探知して特定したのです。あなたたちはその犯人を退治し、子どもたちを救助することが目的です」
一見するとただの救出任務にも思える。
「長老、彼女らの監視はやはり?」
「ええ、要りません。あなたたちの誠意を確かめるために、私たちは監視役を付けたりすることはありません」
(誠意? 何考えてんのよ、そんなことしたらあたしらが森を出るついでに木を切ってトンズラすればオッケーじゃないの)
悪魔的な考えがよぎるグリム。しかしこれは、裏を返せば一理ある信頼の得方だと考えれば妥当であることも確かな気がしていた。
「だが、ジェリー。貴様が子どもたちを連れて帰ってこなかったら永久追放だからな」
「ローズの言う通りです。裏切る気が無いというのなら、心にしっかりと留めておくことですよ」
「は、はい!」
かくして、木材を得るために、エルフたちの信頼を得るためにグリムたちは誘拐犯のアジトへの襲撃へ向かうことになる。
グリムたちが神殿から出ると、そこにはエレナが待っていた。
「ジェリー、話しは既に聞いたわ。その人間たちと一緒に子どもたちの救出に向かうんでしょう? だったらこれを受け取って」
彼女はジェリーに13インチくらいの大きさの厚い方眼紙のようなものを渡した。
「これは…魔法地図ですか?」
「そう。ほら、そこに映ってる下を向いた赤い矢印が現在地。目標はこの北東にある黄色い丸よ」
つまりはカーナビのようなものみたいだ。
「魔法を応用した地図か…初めて見たぜ」
「こんなの何時の間に…? うわっ!」
エレナはジェリーを抱き寄せた。
「用意するのに手間はかからないわ。それより、頑張ってきてね。私はジェリーが裏切らないって信じてるから」
「は、はい…。あ、ありがとうございます、行ってきます!」
ジェリーは顔を赤らめながらも自分を信じてくれている人が居ることに安心した様子だった。
エール「ローズさんにエレナさん…ローズさんは特に厳しい感じなの?」
ジェリー「そうだね…あんなふうに怒ると怖いんだ」
グリム「へぇ、あいつには頭が上がらないわけね。にしても、あんたは相当問題児みたいな感じの反応をしていたけど?」
ジェリー「ま、まあね…どうにかして外の世界が見たいと思ってたんだけど、毎回失敗してたから…」




