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14 死の樹海

 

 明くる日、準備を整えたグリムたちはエルフの住むという樹海を目指すべく歩き出した。


「グリム様、迷って餓死しないように気をつけてくださいね。あなたは小さすぎて非常食にすらならないでしょうから」


 グリムをハンナが盛大に煽りながら見送る。

(はぁ!? こいつ……!)

 思いの外効いたのか、内心キレ気味になりながらも言い返さずに黙って歩いていく。


「おいグリム、煽られてるぞ?」

「時間の無駄よ、レイ。あいつは昔っから口も芸も達者なヤツなんだから勝てない口げんかをするだけ無駄よ」


 その一方でエールは気になることがあった。


「ねえグリム、ハンナさんとは何時から一緒にいるの?」

「ん? 野暮な話ね、生まれてからずっとよ」

「え、ってことは親代わりとか?」

「バカ! あんなやつ親に欲しくなんかないわ! あいつはもう一人のあたしなの」


 もう一人の自分。それはグリムが生まれてから常に隣にあった存在だった。


「どういうことだ? お前の世話係とかじゃないのか?」

「そんなのこっちからお断りよ。まどろっこしいようだけど、あいつは私が生まれた時に同時に現れたのよ」

「双子にしては年が離れすぎてるようにも見えるな」

「あんな腹黒くてクッソ腹立つ姉妹なんて欲しくないってば。なんていうか、それこそ守護霊みたいなやつなのよ。物心ついた時…いや、その前から居た気がするし、本人があたしの生まれた時に同時に生まれたと言ってるんだから」


 グリムの親代わりのようで、姉妹でもあり、守護霊のような存在、それがハンナということになる。なんにせよ、確かなのは彼女とハンナは表裏一体ということだ。


「でも、どうしてハンナさんは敬語を使ってるの?」

「知らないわ。まったく、あいつのせいであたしはマザコンと煽られるわ、ストレスが溜まるわで散々よ!」

「じゃあもしかしてその髪の色も……」


エールが心配そうに聞くと、「これは生まれつき! 生まれつき灰色なのよ!」と、グリムは返した。どうやらストレスで色素が薄くなってしまったわけではないようだ。


「はぁ、あいつと顔を合わせなくていい分、名残惜しくはあるけど仕事は仕事よ。とっとと終わらせるに限るわ」


 太陽が明るく照らす中、一行は草原を歩き、街道沿いの件の樹海を見つけることができた。


「あれか、奥の方はまだまだ見えないな」


 レイがいくら目を凝らしても奥に集落らしきものはおろか、暗闇しか見えない。どうやら相当奥深くにエルフたちは住んでいるようだ。そこでグリムはあることを思いついた。


「もうさ、そこらへんの木を何本か切り倒してもいいんじゃない?」

「え、お前なに言って…」

「こんなに沢山の木があるんならちょっとやそっとじゃバレないわよ」


 蛮行とも思える提案と共に、グリムは大鎌を取り出した。


「ま、待って待って! たしかにそうかもしれないけど、エルフの人たちが黙ってないと思うよ?」

「エールの言う通りだ! それに、そこらへんの木が炉心の材料になるかは分からないし、素直にエルフたちに聞くのが一番だろう?」

「えー? じゃあわざわざ迷って飢え死にする危険まで冒してあの天然迷路の中に踏み込めっていうの?」


 よほど迷い込むのを恐れているようだが、揉めていても時間が無駄になると感じたグリムはすぐに大鎌を下ろした。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、私だって力になるから!」


 エールに励まされるが、方向音痴の自分が無事に戻れるかという不安は未だグリムの心にしがみついていた。けれども先に進まなければ何も始まらない。


「一気に暗くなるわね…エール、ちゃんと通った道は記憶してるんでしょうね?」

「うん、一応は目印を見つけて記憶してるから大丈夫だよ」

「目印? 明かりも印も何にもないのにどうやって覚えてるのよ?」

「自分で分かりやすい目印を見つけて…あ、ほら、あのポツンとある切り株とか目立つし分かりやすいんじゃないかな?」


 エールが指さしたところには不自然にも見えるほどポツンと切り株がある。

 グリムは近寄ってみるとそこには—―


「う、うわ、なにこれ…!? 骨……?」

 切り株の前には衣服を身に纏い、白骨化した死体が転がっていた!


「どうした、何かあったのか…って、おいこれって!」

「ひゃっ! ひ、人の骨!?」


 続いてきたレイとエールも思わず驚愕した。その直後、グリムの足に何かが引っかかったような感覚があったが、そこには何も見えない…いや、微かな魔力を感じた!

(これはまさか魔法のワイヤートラップ!?)


「伏せて!」


「えっ?」「な、なに!?」と困惑する二人にグリムは飛びかかって強引に伏せた! すると、何処からともなくヒュンと風の切る音と共に数発の矢が飛んできた!


「な、なんだ!?」

「レイ、これは罠よ! さっき偽装された魔力のワイヤーに引っかかったの。だからおそらくあの死体は…」


 罠の被害者だろう。しかし、不測の事態はこれだけに留まらなかった。ブオーッという角笛に似た大きな音がどこからか響いてきたのだった!


「な、何だよ今度は!?」

「おそらく警報よ。矢で侵入者を仕留められなかったときのために用意してあった…ってところかしら」

「ってことは戦いになるのか?」

「そうでしょうね…此処は一旦退くわよ」


 森の中ではおそらくエルフの独壇場。さしものグリムも不利な状況での戦は分が悪いと感じて一度撤収しようとするが—―


「うっ、これは結界!?」


 戻ろうとするとさっきまで無かったはずの六芒星の結界が展開されていて、グリムたちは退路を塞いでいた…。


「お、おい、どうする!?」

「っち、こうなれば一戦交えるしかないみたいね……!」


 グリムとレイは戦闘態勢を取り、奥から聞こえてくるエルフたちの足音に備えていた。


「ね、ねえ、二人とも、あれって…」


 一方でエールは何かに気が付いた様子で右側の林を指さしていた。

 そこには茂みの中からこちらに手招く謎の存在が見える。


「なに? 「こっちに来い」ってこと?」

「罠かもしれないぞ?」


 レイの言う通り罠かもしれない。しかし、グリムは迷わなかった。


「心配する必要はないわ。もし仮に罠だったとしても全部ぶち抜いていくまでよ」


 どのみち戦う必要があるならすべて倒していくという考えで、グリムたちはそこへ向かった。

 そこには、待っていましたとばかりに「こっちこっち」と手で誘導する一人の少女らしき存在が居る。少女は飛行機のパイロットが身に付けるようなゴーグルをかけていて、身体的にはエールたちと同じくらいといったところか。彼女は後ろから緑色の布のようなものを取りだして自分諸共三人に覆いかぶせた!


「ちょ、お前なにを…!?」

「しっ! いきなりでごめんだけど、今は静かに……!」


 4人はその場で布を被ったままその場に身を潜めた。すると外から二人の少女の話し声が聞こえる……。


「侵入者は見つかったか?」

「いや、此処には居なかったわ。どうやら罠に気が付いて結界が作動する前に逃げたんじゃないかしら?」

「そんなバカな、結界は罠を踏んだ瞬間に発動する仕掛けのはずだ」

「じゃあその瞬間に逃げられたんじゃない? それか空からビューって飛んで逃げたりして」

「ええい、バカなことは言うな。とりあえずもう一度辺りを探すぞ!」


 二人は去っていった。あの口ぶりからするに、魔法少女であることが察せられた。


「ふう、ひとまずどうにかなったわね。…で、あんたは何者なのよ?」


 グリムはゴーグル少女に正体を問う。


「わたしはジェリー、ジェリー・カモミールっていうんだ」


 ジェリー、フレンドリーな彼女はエールと似た茶髪にゴーグルの奥に見える翠色の瞳が印象的で、そのゴーグルもまた彼女のトレードマークのようだ。彼女の姿を見ていたエールはジェリーの耳が尖っていることに気が付いた。


「あなたも、もしかしてエルフ?」

「うん、その通り!」

「じゃあどうして私たちを助けてくれたの?」

「え、ああそれは、その、悪い人たちには見えなかったから助けたくて……」


 グリムは内心で首を傾げていた。

(敵なら問答無用で始末すべきでしょうに…まあいいわ、話を分かってくれるようね)


 それはさておき、周囲の張りつめた空気が解けたと同時にジェリーは布を外した。


「さ、今なら結界も解けてるからもう外に出れるよ」

「外に? 見逃してくれるってのはいいんだけど、今はそうはいかないわね」

「え?」

「だってあたしたちは此処にある物を取りに交渉しに来たのよ」


 ある物、目的の木材のことだが、ジェリーにそれを言えば信用は得られまいだろうとグリムは勘繰っていた。


「えっ、じゃあ集落に行きたいの…?」


 ジェリーはすごく不安そうな表情をしている。


「そういうことよ、そこまで案内を頼めないかしら。ま、頼めないならこっちはこっちで考えがあるんだけど」

「うーん……」


 視線を落としたジェリーは真剣に思案しているようだ。


「おいグリム、あまり変なこと言うなよ?」

「なによ、具体的なことは言ってないんだし、なにより交渉ができないようなら強硬手段もやむなしよ、レイ」

「で、でもそれでいいの? 私はできれば遺恨を残すようなことはしたくないんだけど……」


 3人はヒソヒソと話していた。エールとレイは同じ意見のようだが、グリムからすれば積極的に動かない限りそう易々と目的の品は手に入らないと踏んでいるようだ。

 そして、ジェリーは顔を上げた。


「わ、わかった! 乗り掛かった舟だから今更降りられないよね。案内するよ!」


「ほんとか!?」 「ありがと、助かるわ」 「やったー!」 3人はそれぞれ歓喜した。


 そして、4人は集落に向かって樹海の中を進む――


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