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11 レイのヒミツ

 

「えっと、何を持って行こうかな?」

「持っていきたいものを持っていけばいいんじゃない? あたしが守ってやるんだから何も心配はないわ」


 魔力炉の炉心に使うという鉱石を手に入れるため、エールとグリムは自宅で出発する準備をしていた。


「また置いてきぼりですか? 最近のグリム様は少し人使いが荒いですね」

「あら、守るだけじゃ物足りないってことかしら? でもねハンナ、あんたやマリーが此処を守ってくれてるからあたしたちは帰ってくることができるのよ」

「ふふ、たまには良いことをいうじゃないですか」

「皮肉と煽りばっか言ってくるあんたよりはマシよ! じゃ、あたしは準備できたから」


 先に外に行こうとするグリムをハンナが「お待ちを」と引き止めた。


「肝心なものを忘れてますよ」


 彼女がグリムに渡したのは一見すると何の変哲もない巾着だった。


「これがないとものすごく手間がかかりますよ。それとも、わざと置いて行こうとしました?」

「うるさい! 忘れてただけだってば!」

「それは何が入ってるの?」

「今は何も入っていないわ。これは魔法袋っていうものでね、どんなものでも入る魔法の袋よ。人間界にはないの?」

「わ、私はみたことないなぁ…でも、それがあれば一々荷車で運ばなくて済みそうだね!」


 水晶核を運ぶのに使ったあの魔法袋だ。エールの言う通り、この袋さえあれば輸送にかかる時間を大幅に短縮できる。というか、行って戻ってくるだけでも必要量の鉱石を集めることは十分可能なため、とんでもない便利道具だ。


「グリム、エール、準備はできたか?」


 既に準備を整えたレイが玄関から入ってきた。


「あたしはさっき終わったわ。って、あんたけっこうな重装備してない?」

「ああ、万が一を考えてな」


 レイは大きなリュックを背負い、ポケットが沢山ついた衣服を身に纏っている。その姿はまるでバックパッカーみたいだ。


「そんなに心配しなくてもあたしがいるんだから平気だって…」

「俺が心配性だって? ま、そうかもしれないがこの装備は何も万が一だけを想定しているわけじゃないぞ。あえて重装備にして足腰を鍛えるんだ」

「そうなの…意識高いわね」


 魔法少女なら身体強化魔法を使えばいいものを物理的に鍛えるのはグリムからすれば珍しく感じた。


「よし、二人とも準備できたよ」


 遅れてエールもバックを肩から掛けて準備が整ったようだ。


「では、グリム様、エール様、レイ様、行ってらっしゃいませ」


 ハンナの声を背に受けて三人が外に出ると村の人々が集まっていた。


「話しはグランと村長から聞いたぞ! がんばってくれ!」

「みんなの希望を繋げてくれ!」


「あら、あたしたち相当期待されてるみたいね」

「そりゃそうだろ、俺たちの行動に未来が掛かってるんだからな」


 グリム、エール、レイは村人たちに見送られながら勇んで地底人の村へと出発する。

 林道を抜けて草原を進み、川を渡ってグレーツ山へと順調に進むが、日中の世界は平和そのものだ。草木が陽を浴び、空は雲がゆったりと流れていく。モンスターもリスや小鳥みたいな動物のように穏やかに過ごしている。


「あれがあたしらに向かって来た敵? すごくまったりしてるじゃないの」

「ああ、夜になると人格が変わったように凶暴になるのは本当に勘弁してほしいぜ。人じゃないけど」


 まったくもって不思議なものだ。

 それはさておき、グリムは一つあることが気になっていた。

(思えば、戦闘中のレイからはあまり魔力を感じなかった。ということは、予め体を鍛えておいて最小限の強化魔法を使っていたのかしら?)


「レイ、あんたは魔法は使えるのよね?」

「ん? 当然だ。それがどうかしたか?」

「あんたの戦い方、あまり魔力を用いていないと感じたのよ」


 それを聞いてレイは苦そうな顔をした。


「っち、バレてたか…実はな、俺は魔法少女としては正直全然才能がないんだ」

「才能?」

「お前も見ただろ? マリーのあの戦い方を。あいつはもともと将来有望で、王都直轄の防衛隊にも寛容が来るほどのやつだったんだ」


 レイは手を固く握りしめて、さも後悔しているような表情で話を続ける。


「けど、ある時…昔のバカな俺が度胸試しにオーガってモンスターに喧嘩売りに行って…大けがをしちまった」

「…レイ、それってもしかして片足と身体に包帯巻いてたときのこと?」

「ああ、エール。その夜のことだ、あのときは襲撃してくるモンスターがまるで津波のように押し寄せてきやがった。俺を欠いたまま、マリーは熱を出していたのに無理をしてたった一人で迎え撃ちに行った」


 レイの歩みが止まる。グリム達もそれに合わせて彼の話を聞き続けた。


「そのせいであいつは…心臓に負担が…クソッ! 全部俺のせいなんだ!」

「え、でもマリーは前から身体が弱かったんじゃ……?」

「違う、エール。たしかに前から熱を出したり風邪を引いたりしていたけど、心臓を悪くしたのはあのとき無理させたからなんだ! 俺がマリーに劣等感を感じてバカなことを考えなければ…あの夜の戦いに参加できてれば心臓を悪くすることも、王都からの勧誘が取り消されることもなかったんだ!」


 後悔の念を吐き出すレイはおもむろに近くにあった木を殴った。


「俺はバカだ、どうしようもない愚かなやつだ。いつもマリーに比較されるからって魔法少女であることの自覚を忘れて非行に走った才能のない屑なんだよ」


 ただひたすら後悔する彼女に友達のエールは何もかける言葉が見つからないでいた。

 そんな中、グリムが口を開いた。


「そう、そんなことがあったのね。でも、あたしはあんたのスピードは努力があってこそ成し得たものだと思うわ」

「グリム……?」

「あたしはなにも、あんたに才能がないって言おうとしたんじゃないわ。あたしの「持っていないもの」を持っていてすごいと感じたからよ」

「お前が持ってないものを俺なんかが?」

「ええ、あんたはあたしよりも速い。だって、あたしは魔法でガッチガチに身体を強化してるけど、あんたの場合は物理的に鍛えてるから使う魔力が少ないの。それは長く戦える絶好の長所よ」


 事実、昨日の襲撃の時に押し寄せてくる大群相手に魔力切れを起こすことはなかった。


「それにあんた、出発前に重装備にして足腰を鍛えるって言ってたわよね。あたしはそこまで努力するのが嫌いだから絶対やらないわよ。だからすごいと思ったのよ」

「……まさかお前に励まされちまうとはな」


 立ち直ったレイは再び歩みだした。


「レイ…そういえば、いつも朝になるとジョギングしてたよね」

「な、なんだエール、お前も知ってたのか。誰にも見られないようにしてたんだけど、努力してればいいことあるもんだな」

「みんな知ってるよ? 外から足音がしたら起きるって人もいたくらいだし」

「そりゃあ…ちょっと恥ずかしいな…」


 照れ笑いを浮かべているが、彼女の努力も少しは報われたのかもしれない。


 それからもグレーツ山を目指して順調に三人は進み続け、遂にその目前まで迫った。


「この山ね、遠くから見る分には割と高く見えてたけど、実際はそれほど大きくないのね」

「もしかしたら、私たちの立ってるこの場所が高いからじゃないかな」

「エールの言う通り、この地図からすると今いる場所は丘になってる。そのせいだろう」


 とはいえ、そこには村と呼べるような集落は見つからず、日没が刻々と迫っている。


「ねえちょっと、どこに入り口があるのよ?」

「分かってるからちょっと待て、この地図には載ってねえんだ」

「……ねえ、もしかして地底人の村って言うくらいなんだから地下にあるんじゃないの?」

「だとしても入り口はどこかにあるは……ず?」


 グリムは山肌から僅かに魔力を感じた。


「グリム、何か見つけたの?」

「あの山肌、何かおかしくない?」

「どういうことだよ?」

「魔力を感じるのよ。もしかして……」


 グリムは山肌に近づいて撫でようとすると、手が沈み込んだ。


「おいグリム! これってまさか幻化魔法か!?」

「そうね、山肌に見せかけて入り口を隠していたのよ」

「ま、魔法ってそんなこともできちゃうんだ……!」


 外敵から身を守るためのセキュリティなのだろうか。同じ魔法少女のレイが魔力を感じられなかったということは相当低い魔力で隠していたということになる。つまりそれだけ重要なものがこの先にある。


「二人とも、この奥に行くのよ!」

「お、おう!」 「わかった!」


 三人が期待を膨らませながら奥に進む中、通路には明かりが点けられていることがわかった。間違いなくこの先に集落があることを確信し、やがて……


「これは!」

「こんなのが地下にあるのかよ!?」

「すごい、これが地底人の村……!」


 目の前に広がるのは、天井の照明が太陽のように辺りを照らし、民家や多数の装置のようなもの建てられている異色の集落だった。どうやら、長年かけて洞窟を改造したようにも見え、天井や壁には崩落を防ぐための補強材が多く見受けられる。


「ねえねえそこの人たち」「ちょいちょいそこの人たち」


 三人が景色に真新しさを感じていると横から二人の少女に話しかけられた。


「どこから来たの?」「見かけない顔だよね?」


 まるで双子のような互いにそっくりな二人の少女。外見はメリルと同じくらいの少女たちで、シンクロするように身体を左右にユラユラと揺らしている。


「あたしたちはある用があって此処に来たんだけど、この村の村長は何処かしら?」

「ええ!? 外から来たの!?」 「地底人じゃないんだ!?」


 地底人の二人は外からの来訪者ということに驚き、興味津々の様子だ。


「じゃあ早速案内する! 私は姉のエリン」「妹のアランだよ! ほらほら、早くついてきて!」


 嬉しそうに二人は二人の案内を始める。

 果たして、鉱石は手に入るのだろうか。


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