メデューサ女子のメデュさんの頭はチンアナゴですぐハゲる
部屋の中をぐるぐると回り続けて、マーガリンになってから一度戻った頃、チャイムが鳴った。
サイトのひっくいレビューは画像から推し量っていた通り、ドアを開けてすぐに理解できた。
「こ、こんにちは……♪」
引きつった笑顔に無理がにじんでいる。
大きな白い帽子で何とか隠そうとはしているが、揺れ動くそれはどう見てもチンアナゴだった。
「レンタル魔族の『邪教徒の社』より参りました、メデュです……はい」
口元にえくぼが浮かんだのを俺は見逃さなかった。
姉妹都市提携の交換留学から始まった魔界との交流が国に認められてもうすぐ四半世紀。
さらに魔界から黒魔術で召喚させた魔族達を使役し、レンタル魔族として貸し出すサービスが始まって五年が経つ。
法改正も進み、草創期に見られた脱法魔族や違法労働も減り、今ではクリーンなイメージとなりつつある。
契約者とレンタル魔族が意気投合することも多い。そのまま専属契約となる事例も増え、今では魔族との結婚も役所で受け付けられるようになった。
実は俺も、それを期待してレンタル魔族を頼んだ一人だった。
お洒落シャッポに手をあてて、俺は軽く頭を下げた。
「坂ノ上、さん……です、よね?」
「あ、はい」
「上がっても、宜しいですか?」
キャンセル権及びチェンジ権を行使出来るのは、玄関先でのみ。敷居をまたいで、家に上げたら即お支払い案件だ。
「その前に 帽子の中を 良いですか?」
思わず五七五のリズムが出てしまった。
無言でメデュが帽子を取ると、やはり生えていたのはチンアナゴだった。
「それ、チンアナゴですか?」
「……すみません」
「いえいえ謝る必要など」
と、視線の先に犬が見えた。ショッキングピンクのジャージを着た銀髪も華麗なお婆ちゃんがシベリアンハスキーを連れて散歩している。
「ワンぬ! ワンぬ!!」
突如としてシベリアンハスキーがメデュに向かって吠えた。
「これ! チャッんぬピー!」
お婆ちゃんが申し訳なさそうにシベリアンハスキーのリードを引く。細腕が賢明にリードを引っ張る。
当のメデュは咄嗟に帽子で頭を隠して屈んでいた。
慌てて隠したからか前頭葉の辺りが隠し切れてない。
シベリアンハスキーにおビビりなされたチンアナゴ達が頭皮の中に隠れてしまい、メデュは今、完全なるスキンヘッドになってしまっている。
「犬怖い……!」
怯えるメデュ。
「ワンぬ! ワンぬ!」
吠えるチャッピーとやら。
「チャッんぬピー! 黙らんかぬ!」
お婆ちゃんが残り少ない魂を燃え上がらせ、細腕をぷるぷるさせながらリードを引くが、吠えるチャッピーの尻はビクともしない。
仕方ないので、俺はメデュを家に入れた。
小さな足が敷居を越える。
「す、すみません……」
「いや、いいんだ。元々キャンセルするつもりは無かったから」
「えっ?」
「どうぞ、きったない部屋だけど、自分の家だと思って」
メデュが靴を脱ぐ。低めのヒールから足が抜けると、綺麗な桃色のネイルが見えた。
「メデューサって、イメージ緑色だから、全部緑で統一してるかと思いました。綺麗なネイルですね」
「あ、ありがとうございます」
メデュが頬を染める。
染まった頬は桃色だった。
お茶を用意。この日のために玉露を買った。超が1.5個付くくらい高かった。
この日のために買った急須にお湯を入れる。超が3個取れるくらい安かった。
知ってるか? 急須の先に付いてるビニールは、保護用だから買ったら外すんだぜ?つけっぱなしだと、不衛生なんだぜ?
「メデュさん」
「はい」
チンアナゴが頭皮から顔を出し、坊主頭になったメデュがにこやかに返事をした。
「玉露は一つ? 二つ?」
「……?」
にこやかに首をかしげるメデュ。
えくぼが出来ている。
ちょっとかわいい。
いや、そうじゃない。
何か違ったか?
「ほら、コーヒーの砂糖みたいに一つ二つって感じでさ」
「なるほど、では一つで」
大さじで山盛り一杯を急須に投入。
蓋をしてタイマーを三分にセットする。
「あ、ル レクチェ食べる?」
「え、お構いなく」
野菜室を開ける。この日のためにちょっとお高い新潟帝国名産のル レクチェ買っておいたのだ。
「あ」
ル レクチェが見事に腐っている。
レンタル魔族に電話するのに緊張して、1ヶ月先延ばしにしたのを忘れていた。
「ゴメン、ル レクチェ無かった」
「いえ」
タイマーが鳴り、食器棚から綺麗なガラスのグラスを出した。これなら女の子もお喜びだろう。
パリッ!
「?」
グラスに玉露を注いだ瞬間、嫌な音がした。
「安物だったか?」
ヒビ割れた方を自分のにする。
パリッ!
「!?」
もう一つもヒビ割れた。後で買った店にクレームをしてやろう。
それを見たメデュさんが、角刈りくらいになった頭皮のチンアナゴを指差して言った。
「あ、あの、早速やってみますか?魔族契約」
「と、いいますと?」
「…割れたのを固めます。えい」
メデュが目を見開くと、割れたグラスが嫌な音を出した。
「……すみません」
メデュはまたスキンヘッドに戻った。
割れたグラスの代わりに、大相撲の力士名の下に歴代総理大臣の顔が描かれた湯呑みで玉露を飲んだ。
あたたかいものを飲んで落ち着いたのか、メデュの頭皮からはチンアナゴがボブヘアになって出てきた。
「…坂ノ上さんは、嫌な顔しないんですね」
「生えてくるだけ、いいじゃないか」
俺は残暑厳しい中でも、かぶったままのシャッポをゆっくりと脱いだ。
30代の始まりと共に後退し始めた頭皮を俺はあの手この手でなだめた。それでも労働基準法違反だと言わんばかりに、ノー残業を主張した毛根たちは退職を主張し、二度と戻ってくることはなかった。
真面目な気質の2割の毛根だけが、俺の頭皮を守ってくれている。
「…そりゃ、髪質は選べないよ。望んでこんな髪になったわけじゃない。
メデュさんだって、レビュー内容見ただろ。見た目以外に仕事内容を評価した人たちは、メデュさんの真面目な対応に感謝してた」
「坂ノ上さん……」
「だから、俺は、メデュさんを」
台所で自然雪崩が発生し、ヤカンと急須の割れる音がした。
「…メデュさん、割れたものを治せるまで、契約してくれませんか?」
「…私でよければ」
「…とりあえず、グラスは店にクレームつけてくるので、急須をお願いします」
「…はい」
そう言って笑ったメデュの頭皮からは溢れんばかりのチンアナゴが出ていた。
メデュを残し、グラスを買った店にクレームをつけにいくと、半袖短パンの太った男に「やめときなよ…」と肩を叩かれた。
気持ちが悪かったので、用意していたレシートと割れたグラスを出して、商品交換をして店を出た。
途中、ショッキングピンクのショッピングバッグを持ったショッキングパープル色をしたふさふさの髪型の華麗なお爺ちゃんが紙袋を渡してきた。
ふさふさの髪を気だるげに撫でながら、お爺ちゃんが加齢で震える声で言った。
「先ほどは、うちんぬのチャッぬんピーが失礼した」
紙袋の中身を見ると、山形王国名産のラ・フランスが入っていた。
家に帰ると、セミロングの長さにチンアナゴを生やしたメデュがキッチンにエプロン姿で立っていた。
香ばしいいい匂いがする。
「ずっと一緒に住みませんか」
ーーー契約したので、とりあえずここに泊まりますか?
本音と建前が入れ替わった俺のセリフに、動揺を隠しきれずに猿のゼンマイ人形が憑依したようにガタガタと震えていると、メデュは頬を桃色に染めて頷いた。
「…こんな頭で良ければ」
「大丈夫、俺の頭に比べれば、メデュは変化があって楽しいよ」
「…坂ノ上さんの髪は、ふわふわして気持ちが良さそうです」
エプロン姿のメデュをそっと抱き寄せると、コンロの火にかけられた鍋を見た。
セミロングからおかっぱ頭くらいにチンアナゴが引っ込んだ。
「これは?」
「サンショウウオの燻製を食べてもらいたかったんだけど、手に入らなくて」
蓋を開けると桜チップの煙の中に、ちんすこうが1本。
「チンアナゴの燻製は、マムシ並みの力があるのよ」
チンアナゴの燻製は、ちんすこうらしい。
そのまま、二人で夕飯を作って食べ、デザートにはラ・フランスを食した。
夜のお菓子・ちんすこうは俺の腹の中におさまり、その夜、恥ずかしがってハゲ頭になったメデュを俺は存分に可愛がった。
翌朝、俺のTシャツをぶかぶかだと笑いながら着るメデュに悩殺されたのは、また別の話。
【メデューサ女子のメデュさんの頭はチンアナゴですぐハゲる・完】
挿絵:秋の桜子様(https://27861.mitemin.net/)