8.大国アドレンス
ダリスは国を治めるために森の住処を離れた。すぐに戻ってくると口にしたその言葉を信じて帰りを待つ日々。
どれだけ待ったかわからない。
蛇達とただ空を眺めて言葉を交わし、やってくる次の日をただ待つような……ダリスと出会う前の日常は、それは、とてもとても長い時間に感じたの。
季節が変わって、また同じ季節がやってくる。繰り返し何度も何度も。
きっと彼は私の事を忘れてしまったのだと諦めてしまえばいいのに、それが出来ずに焦がれる。
100年なんてあっという間だった。なのに今では、たった数年が限りなく永遠のように長く感じる。
人を統べている人だもの。彼は人間という生き物で、始まりの神に女神として作られた私とは違うのだから……。
生物の摂理として伴侶を持って子を作って営むのだ。
そう思うだけで胸が痛む。待たずに様子を見に行く事だって出来るはずなのに森の中から動けずに……。
ただ足りないモノを埋めることが出来ず、静かに瞳から溢れる雫が心を腐蝕させるように、ぽっかりと空いている穴を広げていく。
蛇達が居るのに……。
「独り」
ポツリ。ポツリ。
降り出す雨で私の全てを流してしまえたらいいのに。
肌に張り付く髪も、身に纏う布も、大地に立つこの体も、変わってしまった私の心も何もかも。
「………………守ってくれるって言ったじゃない」
こうして待っている間にも、彼は老いて私の届かない所へ向かっていく。こんな事なら神の使いとして彼を側に置けばよかったの??
老いない体と永久の時間。ダリスがそれを望まないとわかっていたのだけれど……。
アドレンス王国。
豊かで人々が助け合い穏やかに暮らす国。
その国の王は昔、何も持たないただの優しい青年だった。彼は戦に荒れる時代に人々の暮らしを憂いて自ら立ち上がり、自身慕う仲間たちと共に戦い、やがてトルニテアに安寧の世をもたらす。
季節は何度巡っただろう。もうわからないの……。それだけの時間はたったと思う。
「ごめん。リザ。すごく待たせた」
少し痩せて、疲れの溜まったその姿は、成長したというより老けたような感じ。
「ダリス……もう、随分と久しいので貴方の名前を忘れてしまいそうでした」
嘘だけれど。
私の言葉に罪悪感を募らせる彼はまるで初めて会った時のよう。
「ごめん」
言い訳は口にしないけれど、出来たばかりの国を安定させるのに忙しく、とても国を離れられる状況ではなかったと心の中で語っている。
申し訳ないと眉を下げで悲しげに微笑む。こんな表情の彼を私は知らない。知らないところで変わってしまったのだと悲しむ反面、彼がこの地にもう一度現れた事に私の心は歓喜していた。
地の底を這っていた感情がまるで羽を得たかのように高く羽ばたく。
「リザ……僕と共に生きてくれないだろうか」
喜びの中で、私はその手を取る事を躊躇い静かに瞳を伏せた。