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スン族①

五話



「おっ、お目覚めかい。旦那」


「うっ……俺は…………」


 見慣れない、室内だった。嗅いだことのない匂いもする。

 俺はベッドに寝かされていて、横から、長髪の男が覗き込んでいた。最後の記憶、あの村で、狂いそうだった俺の前に現れた軽薄そうな男。


「まだ苦しいかい。無理して動かなくてもいい……と言いたいところだが、そうも言ってられんくてな」


「なん、だ……?あんたは……」


 俺は、自分の右手を確認してみた。白い。あの魔獣と、同じ色だ。

最後の記憶は、夢でもなんでもない。現実だ。そう証明するのに、申し分のない情報だった。

視線を彷徨わせる俺に、長髪の男が名乗る。


「俺はヤン。ヤン=スン。旦那に色々説明したいから、早く元気になってほしい男だ。と、いうわけで、こいつを用意した」


 ヤン、と名乗った男は、備え付けの机の上に置いてある何種類かの液体を選び、俺の口に流し込む。

 刹那、全身の血管が跳ね上がり、血液が高速で循環するのを感じた。

 これは、この感じは。

 魔獣に、蘇生させられている時の。


「ぶはっ!ごっほ、ごほッ!」


「お?悪い、量多かったか?」


 だんだん思考が戻ってきた。今の液体のおかげでもあるだろう。

 認めたくないが、この右腕が示すように、俺はもう人ではないのだろう。人間の姿で、人間の血を啜る魔獣もどき。そして、血を啜ることで空腹を満たすだけでなく、己の再生機能を著しく高める化け物になった。そう考えられる。

 食欲に支配されていない今は、冷静だ。

 俺はもう化け物。何故かはわからないし、そんな話を聞いたこともないが、魔獣もどきに、なってしまったのだ。

 だとすれば、俺の体内を駆け巡り、脳をすっきりと働く状態へ一瞬で移行させた先ほどの液体は。


「…………俺に、何を飲ませたんだ?」


「……安心してくれ。人間のものじゃない。お嬢から旦那がどういうシンなのか聞いた時は、俺もびっくりしたよ」


 さきほどの液体は、人間のものではないらしい。要は、人間ではない他の生物の血液ということで間違いないだろが。

 そして、聞き覚えのない単語、気になる呼称がある。

 シン。お嬢。そして俺はなぜ「旦那」と呼ばれているのか。

 俺はおそらく助けられた。だが、なぜ助けたのか。どうやって俺のことを知ったのか。

 そしてここはどこなのか。もし可能であれば、今すぐにでもクラリスの元へ飛んでいきたい。

 様々な疑問を抱える俺の様子を見て、ヤンは親指をクイっと部屋の扉に向けて言った。


「お嬢が全部説明してくれる。もう動けるかい?旦那」


「……ああ」


 俺は、もう一度自分の右手を見つめ、意を決して立ち上がった。

 ヤンに連れられ部屋を出ると、廊下のような場所だった。部屋を出て右には長く続く廊下。左はすぐに広間のようになっていた。

 広間、というのは少し不適切だったかもしれない。

 円形のドーム状になっているその部屋には、玉座があった。玉座かどうかはわからないが、そこに座る女の子と、部屋の外周をぐるりと囲むように膝をつき顔を伏せるフード付きローブ姿の人たちを見れば、この集団のトップが巨大な椅子に腰かける少女なのは疑いようもなく、彼女がヤンの言う「お嬢」なのだろうと容易に予想できた。

 「お嬢」の隣には、ローブ姿の女がいた。ただ、周囲の人間と違うのはフードを被っていない点。切れ長の瞳に冷たい印象を受ける。その女の頬には、何かのペイントは施されていた。

 ヤンは、俺を部屋の中央まで進むよう誘導する。そうして、俺と「お嬢」が向き合う距離まで来ると、玉座の隣……ペイントの女のちょうど真逆に陣取った。ヤンとペイントの女が、「お嬢」の側近、といったところだろうか。

 そして、彼女は口を開く。


「ようこそシオンさん。私はアイシャ=スン。あなたを、待っていたのです」


 俺が想像していたよりも幼い声で、褐色の肌を持つ少女は真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

 そして、真っ直ぐな目に、どこか異質な、人ならざる者の雰囲気を感じたハンターとしての俺の嗅覚が間違っていなかったことが、次の言葉でわかる。


「あなたと同じ。『魔獣の血族』なのです」

 

 かくして。

 人間シオンのプロローグは、完全に終わりを告げる。

 仲間に裏切られた狩人の、魔族としての戦いが、始まった。





 玉座の間で、アイシャとヤンから色々なことを聞いた。

 この拠点は、『スン族』と呼ばれる少数民族の住処だという。アイシャの隣にいた女はヘヨン=スンと言い、当代のスン族の中では、アイシャに次ぐ才覚者として人望を集めている。ヤンも同じような立場だそうだ。

 力。才覚。

 スン族の祖先は魔獣との混血だったらしく、一族から生まれた者はごく稀に「魔獣と同じ特異な力」を持って生まれてくる。

 この力を持つ者と、この力そのものを、『シン』と呼ぶ。らしい。

 近い将来が見えるアイシャ。

 自分と相手をその場から動けなくするヤン。

 触れた対象を昏睡させるヘヨン。

 そして。アイシャは数日前、『生物の血液を糧に不死の力を得る半魔半人の男』が現れる未来を見た。未来視の通り現れた男を、ヤンとヘヨンが回収した……もちろん、俺のことである。

 事ここに至れば、話の内容を疑いはしない。俺の身体と体験が、なによりの証拠だ。

俺に頼みたいことがある、という言葉が飛び出した時点で、俺はまず自分の要求を伝えた。助けてくれたことには感謝しているが、まず一旦は仲間に会いに行きたい、仲間の裏切りを知らせたい、と。

 だが話はそこまで単純ではなかった。

 『シン』やらスン族やらと、俺の耳には噂すら入ってくることはなく、そのまま二十年近く生活していたことに、疑問はあった。それもそのはず。ここは、俺の過ごしていた場所とは、実際の距離以上に離れたところらしい。

 おとぎ話。レイガスト山脈が、大陸を二つに分断した。北部と南部。二つになった土地を行き来することはレイガスト山脈に阻まれ、誰一人成し遂げられない。子供の時に誰もが聞いたことのある、有名な話だ。

 アイシャは、俺のパーソナルな情報を未来視によって事前に得られていた。

 俺が、南部に住む人間であることを。

 つまりここは。

 レイガスト山脈を超えた土地。

 『大陸北部』だと言う。



 〇



 夜が更けてきているし、今後のことは明日にしようとヤンが提案した。俺は先ほどまで寝かされていた部屋に戻り、布団の上に座り込んでいた。

 ここで目覚めた時、やけに嗅覚が鋭かったのを思い出す。窓から月明りが差し込んでいる程度なのに、壁のヒビやシミまで綺麗に見えるのも異常だ。なんだか肌の表面も空気を敏感にとらえるような感覚があり、ちょっとした大気の流れを近くする。

 そんな状態だから、部屋の扉の前で誰かが立ち止まったのもすぐにわかった。数秒間、遠慮がちにノックをためらう様子まで透けて見えるようだった。


「…………どうぞ?」


 相手に聞こえるくらいの音量で、入室を促してみた。

 多少驚いたような雰囲気が伝わってくる。意を決したようにノブを捻り、入ってきたのはアイシャだった。ランタンを手に提げていたので、部屋にぼやっとした光が満ちる。

 彼女は控え目な声で、やや伏し目がちに俺を見た。


「もう、お休みでしたか……?起こしてしまったのなら謝りたいのです」


「いや、起きてましたよ。眠れなくて」


 おそらく、このまま朝まで起きていた気がする。目の冴え方が尋常じゃない。


「そうでしたか。……あの、シオンさん。少し、話をさせてもらっても構いませんか?」


「はい。どうぞ、入ってください。……とは言っても、ここはアイシャさんの家でしょうけど」


 この少女が、俺より年上ということは無いだろう。だが、一族をまとめる主ということであれば、一人のハンター風情である俺は、あまり砕けた口調を使うべきではないと思った。なので、ややかしこまった喋り方をしている。

 そんな俺の心情を察したのか、「もっと楽に話してくれて大丈夫なのです」とアイシャは少女らしい高い声で言った。俺は「じゃあアイシャも」と、お互いフランクに会話することにした。

 部屋に椅子が一つしかないので、アイシャは椅子に、俺は布団に腰掛ける。

 アイシャ=スン。少数部族スンの長。

 褐色の肌に、真っ白な服。金の瞳に、銀色の髪。どこか神秘的な空気をまとっているが、歳の頃は十四、十五くらいだろう。もっと下かもしれない。

 アイシャはおもむろに口を開いた。


「シオンは、仲間のところに、帰りたい?」


「……ああ。俺と、俺の仲間を裏切った奴を許せないし、俺の仲間がアイツに騙されてるのも、我慢できない。今すぐぶん殴りに行きたいよ」


 ずっと三人で、これからもやっていけると信じていた。ノルドとクラリスと、俺とで。

 少なくとも、俺とクラリスは同じ想いだった。それをノルドが踏みにじったのだ。許せることじゃない。しかも、俺とクラリスが深い仲にあることを恨んでの行動だという。

 じゃあ、俺がクラリスを譲るべきだったのか?クラリスはモノじゃない。先に行動したのは俺で、クラリスが選んだのが俺だった。

もし俺とノルドが逆だったら、確かに心穏やかに平然とするのは難しいかもしれないが、ちゃんと祝福していた。俺にはその自信がある。だって俺は、ノルドが祝福してくれると信じていたからだ。

今すぐ飛んで行って、殴ってやりたい。

どうやら俺は不死になったようなので、無謀でも無茶でも山に登り、今すぐ帰りたい気分だった。


「でも、レイガストの山は本当に危険なの。シオンが南から北にたどり着けたのは、本当に奇跡。今後、二度と同じことは起こらないくらいなの」


「……誰か、前例とかいないのか?もしくはレイガスト山脈に詳しい人とか」


 魔獣との混血一族が存在するくらいだ。南部より北部のほうが魔獣への造詣は深いとみて間違いはないだろう。

アイシャは首を横に振る。


「私の知る限り、前例はないの」


「そうか……」


 アイシャの未来視では、俺の名前などに加え、俺の『シン』がどのようなものかまで見えたらしい。それによると、俺のシンは『条件付き不死』だそうだ。

 傷や欠損を、自分以外の生物の血液を摂取することで再生する。ちなみに普段の食生活も、血液以外から栄養を摂取することが出来ない。

 不死になったとはいえ、俺が不死で居続けるには生物の血液が必要。ということは、一人で無理やり山に入って魔獣に手足を捥がれ放置などされようものなら、簡単に命を落とすだろうと予想できた。それくらいを思考できる余裕と冷静さは取り戻している。

 俺は、あの時。正気ではなかった。

 大量殺人者。もう、その咎から逃れることは出来ない。出来ないのだが。

 死んでしまった……俺が殺してしまった人に申し訳が立たないが、記憶も実感もないのだ。衝動で動かされ、気が付いたら殺していた。殺人者が何を言っても仕方ないかもしれないが、俺一人で償える罪ではない。

 だから。責任を取らせる。

俺が化け物——北部ではシンと呼称する存在——になってしまった原因を作った。ノルド。ゴーンとその一味。奴らにも贖罪させなければ、俺一人が罪を背負うことに納得がいかない。

いや、これは体のいい後付けの理由だ。

俺はノルドに復讐する。

その瞬間までの人生は、その瞬間のためだけのものだ。


「シオン、怖い目をしてるの」


「……ああ……っと。ちょっと、な」


 アイシャに指摘されて、力を抜いて何回かまばたきをした。


「……どうしても南部に行きたいなら、ひとつだけ方法があるの」


 その言葉に、俺は思わず目を見開き、アイシャの肩を掴んだ。


「本当か!どうすればいい、俺はなにをすればいいんだ!?」


「お、落ち着いてなの。痛いの……」


「わ……悪い。でも、何か方法があるんだな?教えてくれ、頼む」


 南部に行くためなら、なんでもする。

 新しく罪を重ねたりしなければ、復讐のために身を粉にして働く所存だった。

 そして未来視の少女は、ハンターに代わる、俺の新たな職を提示する。


「シオンが、王様になればいいの」


「…………は?」


 どうやら、化け物の次は王様になるらしい。


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