Aランククエスト①
零話
「殺さなきゃ、いけないって気分になる」
「……………あ……」
痛みは、無かった。
とても、現実感が希薄だ。
右腕の、手首から先が、斬り飛ばされても。
「……せめて、嫌な奴だったらよかった」
〇〇は爪先を振り上げ、俺の左腕も蹴り上げる。
片腕で体重を支えられず、俺は迫る浮遊感に引っ張られるようにして落下を始める。
そして俺は、奈落へ落ちていく。
最期に見えた、〇〇の目は、とても冷たく、俺を見下ろしていた。
一話
「突然だけど、こんなクエストを持ってきた!」
ノルドは机に薄汚れた紙を叩きつけた。悪だくみでもしているような顔だ。
「なにこれ、Aランクのクエストって……あたし達がブロンズの底辺ハンターなの忘れちゃった?」
クラリスが眉を寄せ、腰に手を当てて呆れたように溜息をついた。
俺も、クエストの内容が記載された紙を見る。赤色の判子でハッキリ押された『A』の文字。確かに、ノルドが持ってきたのはAランクのクエストのようだった。
それが示すのは、最上位の魔獣討伐。通常、プラチナ以上のハンターのみが受注、参加する、超がつくほどの危険クエスト。クラリスの言う通り、田舎の底辺ハンター集団である俺たちには荷が重すぎる。
「ノルド、俺たちは大人しく獣の退治でもしよう。金も困ってない」
「シオンの言う通りよ。まだFランクとEランクのクエストしかやったないし」
俺の諫言に、クラリスが乗っかる。
いつもなら、俺たち二人から反対されれば渋々といった表情で口先を尖がらせながら引き下がるノルドだが、今日は違った。
「いーーや!ここを見ろ二人とも!ほら!」
ノルドはクエスト要項の一部を指さした。俺とクラリスはそこを覗き込む。
そこにはこう書いてあった。
「魔獣討伐の……補給キャンプ維持?」
「どういうこと?戦うんじゃないの?」
「その通り!このクエストは魔獣と戦わない!長期戦になりそうだから、前線キャンプで補給を手伝ったりすればいだけ!簡単だろ?」
俺とクラリスは顔を見合わせる。依然として理解できていないが、ノルドは既にクエスト達成したようなテンションの上がり具合。素直に疑問をぶつけてみた。
「魔獣と戦わないならそれでいいんだが、戦わないなら、なんでAランククエストなんだ?」
「もし戦うハンターが失敗して、魔獣が襲ってきても文句言うなよってことなんじゃないのか?」
「充分危険じゃない!」
ノルドの適当な受け答えに、クラリスがワーキャー言って説教を始めた。その間に、クエストの詳細をよくよく確認してみる。
要約すると、「前線キャンプ設営と維持をしてね!魔獣の大群と接触する危険度は高いからAランクだけど、多くのハンターを集めているから報酬金は安いよ!その代わり魔獣の素材はギルド管理ではなく、入手したハンターのものとなるよ!」という内容だった。
これは、極めて破格の条件と言っていい。
通常、討伐などのクエストで殺害された野生の生物や魔獣は、職人ギルドに引き渡される。職人たちは肉を市場へ、毛皮を仕立て屋へ、牙と爪、骨や皮は加工して様々な生産物へ生まれ変わる。ハンターはギルドから報酬金や報酬品を受け取り、それで生活するわけだ。
素材がギルド管理ではない、ということは、入手した素材をギルドに売り払って更に金銭を得てもいいし、職人とハンターが提携しているグループなどは格安で武具を新調出来たりするかもしれない。元の報酬金が低いことを差し引いて、勘定はハンター有利のはずだ。
魔獣の素材や肉なんて、ギルドが独占して出回らないしな。
元の報酬金が低い、とは言っても。俺たち片田舎ハンターにとってはちょっとした小金持ち気分が味わえるような金額が提示されていた。
少し、いや。だいぶ興味が出てきたかもしれない。
俺の好奇心が湧いてきたところで、ヒートアップしたクラリスが俺に話題を振る。
「ねえ!シオンもそう思うでしょ!」
「ん?……ああ、俺は行ってもいいんじゃないかって思ってきてるよ」
「ほら!シオンもこう言って……ごめんシオン、なんて言った?」
少し怖い顔になったクラリスが矛先を俺に変えた気配がした。いや、間違いなくそうだ。
俺は恐る恐るクラリスを「そこまで危険はなさそうだし他のハンターも来るそうだし本当にヤバかったら逃げよう」と宥めすかし……もとい、諭すように説得した。
「……まあ、シオンも賛成なら仕方ないか……」
よかった。荒ぶる我らが女神を怒りを鎮めた。
解放されたノルドが元気よく立ち上がり、拳を突き出す。
「おし!決まりだ!出発は二日後の朝。それぞれ準備を怠るなよ!」
「ああ」
「ええ」
ノルドの突き出された拳に、俺もクラリスもならう。
子供の時から、三人で何かやる前はこうやって気合を入れた。掛け声も変わらない。
「「「勝つぞ!!!!!ク!シ!ノ!」」」
ク・シ・ノ、は俺たちの頭文字。
俺たちが勝つ。
三人で、乗り越えられないことは無い。
……今はまだ、Eランククエストが限界だが。
〇
「シオン、まだやってるの?」
「ああ、クラリス。……いや、もうやめるところだ」
日課として、寝る前に身体を鍛えるようにしている俺のところへ、ナイトウェア姿のクラリスがやってきた。家の裏手とはいえ、女子が夜間、外に出る格好ではない。
「冷えるぞ。戻った方がいい」
「湯気が出てる半裸の男に言われてもね。暑苦しくて全然気温を感じないわ」
確かに、現状の俺を一言で言い表せば「湯気の出ている半裸の男」で相違はないんだけれども。トレーニングをした後なんだから仕方ないだろう。変質者に聞こえる。
ハンターを生業とする者には、命の危険が付きまとう。当然だ。飢えて狂暴化し人を襲う獣や、存在するだけで周囲に悪影響を及ぼすとされる魔獣を相手取るのだから、これが安全であろうはずもない。
だからこそ、ハンターには強靭な肉体と、心が求められる。身体を鍛えるのは、多かれ少なかれ、誰でもやるべきだし、やっていることだ。健全な肉体にしか、強固な心は宿らない。……と、個人的には考えている。
それに、いざ絶体絶命の危機が訪れた時、俺が強ければ仲間を、クラリスとノルドを助けられるかもしれない。その時、弱さに後悔なんてしたくない。だから努力も苦ではない。
明日は、例のAランククエスト目的地に向けて出発することとなっていた。どうにも眠れなくて、つい時間を忘れてしまっていたようだ。クラリスは、心配してきてくれたらしい。
すこしだけ、今になって引っかかっていることを確認してみることにした。
「クラリス」
「ん?どうかした?」
「明日のこと。俺とノルドに合わせて仕方なく了解しているだけで、本当は嫌だったりしないか?」
「そんなの、当たり前じゃない。子供の時からそうなのに、なにを言ってるの今さら」
「い、今さら……」
確かに、ノルドが突っ走って、俺が乗っかって、クラリスが「仕方ないわね」なんて言いながら付いてくる少年少女時代の記憶が呼び起こされる。
ハンターになることだってそうだ。クラリスの器量なら、酒場の看板娘でも、ギルドの受付嬢でも、はたまた有力商人との縁談でも成立しただろう。もっと安全な仕事にありつくことも出来たわけだが、クラリスはこうして俺たちと一緒にハンターをやっている。
毎度、クラリスは俺たち二人に付き合わされているのだ。
「シオン今、俺とノルドのせいでクラリスが困ってる~みたいなこと考えてない?」
「えっ。まさにその通りだが」
クラリスは表情をほころばせ、その次は悪戯っぽく目を光らせながら俺の目の前まで来た。
「……本当に嫌だったら、ついていかないわ。それに……」
「……それに?」
「……あたしが困ってるのは、シオン一人のことだけ……んっ……」
誘われている、と感じたので、唇を塞いだ。
お互いに、呼吸を交わし合う。鼓動が聞こえるくらいの距離で。
細く見えるが、しっかりと引き締まった腕に指を這わせ、引き寄せる。抵抗がないどころか、身体を押し付けてきた。
俺たちがこの関係になったのは、僅かひと月ほど前。
ノルドには、然るべきタイミングまで秘密にしておこうと話している。ばれているような気がしないでもないが。
俺たちはゆっくりと、身体を離した。
数秒、見つめ合って沈黙。
クラリスは、「おやすみ」を言い残し、後ろで括った長い金髪を翻した。
後には、火照る男のみ残される。
「……もう少しやってくか」
明日には退屈でつらい馬車旅だというのに、いつもの倍、トレーニングをした。
翌日。
俺たち三人は全員で同じ家に住んでいるので、必然、家を出る時は一緒だ。
実は三人で町を出るのが三週間ぶりなことに気が付く。ノルドが二週間ほど前に何日か家を空けたので、俺とクラリスだけで簡単な野草集めなんかを請け負っていたのだ。
ここらに狩場とクエストを取り合うライバルのハンターもおらず、そもそもハンターは命の危険を伴う代わりにそこそこ実入りのある仕事。ノルドが不在の期間は三人でクエストをやるよりは取り分が多く、以前から貯めていた分を含めて、あるものを購入できるところまで到達出来ていた。
それを購入するのと同時に、俺は二人に伝えたいことがあった。
今回は、それを伝える旅にしよう。まず大事なのはクエストだが。
それぞれの想いを載せて、馬車は走り出す。