3-3.いや、待ってないから
『お待たせいたしました』?
初めて会ったのに?
私は意味がわからなくて首を傾げたが、ランディはちらりとフレッドに目を向けただけだった。
「そ、そうでしたか……お待ち合わせでしたか……」
フレッドは慌てふためいてその場を駈け去ってしまった。
「いいえ、あぁ……」
ひどいわ。
私がキッと睨むと、ランディは柔らかく笑った。ヒエェ、これだけでほだされそう。
「お邪魔しましたか?」
「ええ、入ってくるなんてひどいです。フレッド様は行ってしまわれたし」
「私ではご不満ですか?」
優雅に微笑むランディは、月明かりでとても綺麗だった。
妖精王と話してるみたいで落ち着かないわ。
「その質問はずるいと思いませんか? 私に選択肢がおありだとでも?」
「当たり前です。いつだって、私たち男性は選ばれる側ですよ。淑女たちのお眼鏡にかなったものだけが、お声がけを許されるのですから」
「それはおかしいですわ。選ぶのはいつも男性です。私たちは選ばれるのを待つのみ。だから私は、いい当て馬なのでしょう」
「当て馬?」
「ドレスのおかげで、多少、見栄えがして、それなりの地位があって、男性と会話が成り立つ。それくらいですが、私はそれなりに人気だそうです。カップル成立率はこれまで百パーセントです」
「誰と誰をくっつけたんですか?」
「兄が、私のエスコートを頼んでくださった男性です。もともと気になる令嬢がいたり、私のおかげで他の令嬢がアタックしたり、私のことが気に入らなかったり、私が気に入らなかったり、ですわ。みんな他の令嬢と婚約いたしました。ええ、無事に。お幸せそうですわ」
「それは……失礼いたしました」
肩を震わせて笑っている。
それはそうだ。私だって笑うだろう。
「あなたは何をしに来たのですか、アデリン嬢」
「アデリンで結構ですわ、ランディ様。旦那様を探しに来たのです。私の……」
条件に見合った、私の邪魔をしない、そんな男性を。
でもさすがに、それを言うのは憚られた。
「”愛に値する”?」
「え? ええ、そうですわね。私の愛を受け止めてくださる方を探しておりますの」
愛。そうだ、私の本への愛、動物への愛。受け止めてもらう愛はそっちだけれど。
「僕のこともランディで結構です。許していただけるなら」
「それは……構いませんわ。どうしてお聞きになられますの?」
「あなたは侯爵令嬢です。僕は将来、侯爵になりますが、まだ伯爵ですから」
私は肩をすくめた。
「貴族っていうのは、本当に面倒な世界ですのね。私はただの令嬢ですよ? そんなに気にする意味が、よくわかりませんわ」
すると、ランディはクスリと笑った。自然で、特に馬鹿にした様子もない。
「そうですね、あなたには無理そうだ。どなたか、それをフォローしてくれるような男性を探さないと」
「あら……確かに」
「僕でも構わないけど?」
ランディがにっこりと笑った。本気なのか冗談なのか、どちらであっても真面目に受けあう必要はないだろう。
こんな綺麗な人と結婚だなんて、そもそも私が耐えられない。一体、何を食べて生きてるんだろう?
「まぁ、ありがとうございます。ランディ様が馬鹿にして笑わないでいてくださって、良かったですわ。ちょっとだけ、自信が持てました」
私の言葉に、ランディは笑顔を崩さず、同じ姿勢のままだった。
「……そう?」
「はい! ところで、ランディ様、動物はお好きですか?」
「……ええ、嫌いではありません。どちらかといえば、好きですね。僕のことは”ランディ”でいいですよ」
「まぁ!」
呼び捨てで? ……兄の友達だもの、そういうものかもしれないわね。
「えぇ、ランディ。動物はお好きなんですね。でしたら、あの、最近まで、ウサギが流行でしたけど、今度はシロネズミがいいと思いません?」
「それはどうして?」
「それなりの大きさのカゴで買えば、室内で楽しめますし、小さなお子様も安心して一緒に見ることができますわ。ウサギも室内で飼えますけど、やはり、庭で草木の中で遊ぶのを見て楽しんでいただきたいので、それなりの広さが必要です。でも、シロネズミなら、とっても可愛らしいですし、小さいですし、使用人達も飼育がそれほど嫌ではないかと……」
「それは、僕に、君の代わりにウサギかシロネズミを飼え、ということ?」
ランディの静かな言葉に、私はきょとんとして、少し考えてから、青くなった。
私、もしかして、ものすごく失礼なことを言ってる?
”私の代わりに飼う”、つまり、解釈するとすれば、”私をペットのように飼うおつもりでしたら、願い下げよ”ということだ。
「い、いえ、そんなことは決して……失礼いたしましたわ。ご冗談をおっしゃったものですから、気にしてはいけないと思いまして」
「そう? 他の男性のプロポーズ……さっきのフレッド殿だって、プロポーズされれば、すぐにでも承諾しそうに思えたけれど。それなのに、僕のは冗談って思うの? なんで?」
「それは……ごめんなさい」
まさかお金目当てが確実に結婚してもらえるからいい、だなんて言えないじゃない?
「君はもっと実際的な社交を学ぶべきだね。家でしっかり学んできたようだけれど、経験が足りない。今みたいに、相手によって主観で勝手に受け取り方を変えてしまうし、話を変えようと思って、別の話題を引き出して、そちらに夢中になってしまう。これじゃ、お相手と理解し合えないんじゃないかな?」
「ご忠告ありがとう存じますわ。でも、これ以上は結構です」
「そう? 僕が見てあげてもいいよって、提案しようと思ったんだけどな」
「何をですか?」
「君がどうしたら男性にちゃんとモテるか、チェックしてあげようと思ったんだけど」
私は眉をしかめた。
「……結構です!」
ランディは軽く笑った。
「なんだ。残念」
「それでは失礼いたします!」
「うん。またね」
ランディはドスドスとその場を去っていく私に、優雅に手を振った。
ついてないわ。
本当についてない。
今日はようやく当て馬状態から抜け出して、せっかくビジネス結婚の話をできそうだったのに、邪魔をされるなんて。しかも脳裏に残るような素敵な人だなんて……兄の友人とはいえ、むしろ兄と思わなければやってられない。ランディに惹かれたりなんかしたら、兄との賭けに負けるのは確実になってしまうわ。
また会いたいなんて思わないからね。絶対に思っちゃいけないんだから。