3-1.舞踏会三昧で惨敗中
舞踏会の会場で、私はジジが作ってくれたドレスを着た時のことを、頭の中で、反芻していた。
「まぁ、なんて素敵なの」
私が感激して声を上げると、ジジは嬉しそうに鼻をこすった。爺やとカミーユも嬉しそうに目を輝かせる。
「そうでしょう、お嬢様。私、今までになく調べまくりましたよ。流行に乗って、でも少し崩してて、お嬢様に似合う、最高のドレスの一つです」
流行のドレスに身を包まれた鏡の中の自分は、まるで別人に見えた。なるほど、兄の言うことも一理ある。新しいドレスを作れ、お金をかけろ。それだけの価値はあった。あのドレスは愛着があったのに、もう着られないかと思うと少し寂しいが、仕方ない。部屋着として仕立て直ししてもらってもいいかもしれない。
あぁ、でも、本当に素敵。
これで解決だわ。
きっと、すぐにどなたか見つかるはず。
エスコートには、兄のダリウスに頼んで、それらしい独身男性を頼んでもらったし。
その人とうまくいくかもしれないし、別の人かもしれないけれど、恋など愛などしなくても、お金と尊重する気持ちがあれば、きっと結婚相手だってすぐに見つかるわ。
……そう思っていた時がありました。
私にも。
「失礼、アデリン嬢。私は、その、あの方を傷つけるなど思っておりませんでしたので……」
オロオロと目の前の男性が、私と、かけて行った令嬢を交互に見る。私は唖然として令嬢が行ってしまった人影を見つめた。今のは冗談ですよ、と帰ってこないかしら?
「私のエスコートをしただけですのに」
私はつぶやいた。
彼は頼まれて私のエスコートをし、かの令嬢は、父親と来ていて、特に問題はなかった。そのはずなのに。
「ですが、あなたはとてもお綺麗なので……ダリウス様はそんなこと言ってなかったんですよ。だから、」
「いいえ、ちょっとお待ちください。例え、万が一、私が綺麗でも、私たちの間には何もありません。ですから、問題はありませんでしょう?」
「私があなたの見目に惹かれてしまったからです……恥ずべきこととわかっておりますが。彼女はそれを感じたのでしょう」
なんですって。それは好都合、いいえ、でも……ダメ。
「でもあなたは、私を好きなわけではないのですよね?」
「ええ、あの、……私は彼女のことが好きで……」
「よかったわ。面倒なことになるところでした。彼女のところへ行ってあげてくださいませ」
「よろしいのですか?! ダリウス様にはくれぐれもと言われているんです。不慣れなあなたについてあげて欲しいと……」
「平気ですわ。壁の花など、慣れております」
私が微笑むと、彼は笑った。
「そんな馬鹿な。あなたが壁の花になることなど、ありますまい」
言うと、いそいそとかけていく。
……これで五回目だ。
唸りそうになって、無理やり扇子で口元を押さえた。
別に特別、彼に惹かれたわけでもないし、そもそも話を持ちかけてすらいないのに、振られた気がするのはなぜだろう。私の計画は何も進んでいない。いい人どころか友達すらいないとはどういうことか。
簡単にできると思ってた。甘かった。だってカミーユだって大丈夫と言ってたではないか。
この美しいドレスを着れば、誰もが惹かれずにはいられないだろうって。
「……お声がけしても?」
突然声をかけられ、私は驚いて振り向いた。
「はい?」
「お一人ですか? 今日のエスコート役は、どちらへ?」
「おめあてのご令嬢を追いかけて、どこかへ行ってしまわれましたわ」
すると、彼は笑った。
「ダリウス殿も随分と策士ですね」
「なんのことですか?」
「ご自分ではやらないで、妹さんにやらせるのですから」
「何をでしょう?」
「恋の橋渡しですよ」
「まぁ……」
仕事にでもしてるの? あの兄は。
「今ではあなたは、ちょっとした有名人ですよ。王都に来た侯爵令嬢が、その麗しさで男性たちを魅了し、令嬢たちを嫉妬させ、……恋を成就させた」
「ご冗談を……」
でもそれはそうなのかもしれない。兄の名代で物珍しい私は、当て馬になってしまったのだ。
兄の差し金か、偶然か……
「あら。申し遅れましたわ。私、アデリン・ヴォーコルベイユと申します。ストローブ侯爵が、その……兄がいつもお世話になっております」
「私はアトリー子爵フレッド・ウィアーと申します」
「まぁ。フレッド様、お目にかかれて嬉しゅうございます」
子爵か。おそらく当代、これ以上爵位が上がる可能性はない。
私は彼をじっくりと観察した。
身だしなみは最低限だが、服にハリがない。長いこと着ていて、丁寧に手入れされているのだろう。流行遅れでもないけれど、最先端でもない。気に入ってるわけではない。仕方なく着てるような、しっくりこない服。
結論。この方は、あまりお金がないかもしれない。
ゆえに。話に乗ってくれるかもしれない。
「アデリン・ヴォーコルベイユ嬢。庭の散策をいたしませんか」
「ええ。少し夜風に当たりたかったところですの」
私は元気が出てきた。
もしかすると、もしかするじゃない?