16-3.最高の装いで
少し時間があるので、私の部屋にランディが来ることになった。慌てて、爺やたちが部屋の準備をしているところで、ランディが颯爽と入ってきて、……すぐに立ち止まった。
「ランディ? どうしたの?」
ハッと息をつき、目を瞬かせたランディは小さく呟いた。
「アデリンか?」
「ええ、そうよ」
「僕のアディ……!」
叫ぶと、ランディは一気に私の目の前に来て、ぎゅっと私を抱きしめた。
「まぁ、ランディ! ドレスがしわになってしまうわ」
「そんなヤワなドレスを作るものか、君の可愛い仕立屋さんが? あぁ、アデリン、もう一度見せてくれ」
確かに、ジジは私が動きやすくてしわになりにくいドレスを所望した時も、しっかり要望に応えていた。杞憂というわけね。
ランディは私をバッと離すと、少し距離を置いて私をじっと見る。すると、遠くから横槍が入った。
「お嬢様! なんとお美しいことか……爺は……爺は嬉しくてたまりませぬ……」
見やると、爺やとカミーユ、そしてランディの従者が、みんな涙を流している。
大げさよ……私は言いたかったが、なんとか堪えた。爺やの賛美をスルーするのには慣れている。
「ジジさんのドレスが……本当に才能のある方ですわ……お嬢様とランディ様の、お姿の美しいこと……」
カミーユがハンカチで溢れる涙を拭きながら、私たちを見た。うん、……うん、これも慣れてる。でも。
「若旦那様! わ、若奥様と! お二人で並ばれて! なんと……嬉しいことなのでしょう……!」
号泣しているのはランディの従者だ。号泣って……
「あー……、相変わらず苦労性なんだな……ランディがあまりにも朴念仁だから……」
ダリウスが動揺するようにつぶやく。年もランディとほとんど変わらなそうなのに、かわいそうなことだ。でもようやくそれらしき相手できてホッとしたらしいのは、良いことだ。
そう。私とランディは、ジジが作った、お揃いのドレスと夜会服だった。
私はデコルテの開いたエレガントな淡いラベンダー色のドレスで、ウエストにはサテンのリボン、スカートはビーズをちりばめたチュールレース、ジジが言った通り、星が広がっているようだった。ランディの夜会服は黒だけれど、小物を私のドレスと合わせている。夜会服の胸のスカーフは、ウェストのリボンと同じなのがすぐにわかる光沢のサテンで、動いた時に翻るジャケットの裏地が、ドレスと同じ生地で作られていて、一緒にいれば、いやでも揃いだとわかる。
ランディの隣で、私が霞んでしまわなければいいのだけれど……そう思ったけれど、意外とそうでもないらしい。なぜなら、私は田舎でぬくぬくしてきたから、肌の化粧のノリが抜群にいいそうだ。そして、自分で言うのもなんだけれど、愛し愛されて幸せだから、女性としての輝きがあると、化粧担当のメイドが言ってくれた。
「まだ言ってなかったな。僕のアデリン、何て美しいんだ……」
うっとりとランディが身をかがめる。目前にランディの顔が迫り、慌てて私はその顔を抑えた。
「な、何するの」
「喜びの表現を」
「こんなところで?」
「でなければいつするの?」
「恥ずかしいからやめてください! お兄様! お兄様!」
柄にもなく慌て、兄を呼ぶと、ダリウスは少し笑いながら、ランディの肩に手を置いた。
「ランディ、おめでとう。そして……煽って申し訳なかった」
諦めて振り返ったランディも、穏やかに笑っている。
「なんだ、ダリウス。気にしてないよ。むしろ僕の背中を押してくれたことに礼を言わなきゃな」
「……あぁ、謝るのは今日で最後だ」
ダリウスは鼻をすすり、ランディの肩を叩いた。
そして、思い出したように私に振り返った。
「アデリン。先に渡しておこう」
「何を?」
「賭けの代償」
「あっ」
私が待ってと言う前に、ダリウスの従者がそれらを手に現れた。
”デリス沼での怪奇現象を紐解くーあの生物は本当にいたー”
”世界の珍獣のホントウソ”
あとはもろもろ、諸外国の動物の本……
「なんで今?」
「さっき渡し忘れたから」
「だからってこんなところで」
「別にランディに知られたって大丈夫だろう? 本好きなんだし」
「でも、だけど……」
「悪かったよ、甘い雰囲気がぶち壊しだったな。来てすぐに渡せばよかった」
ランディが目を丸くして本を見ていた。
「公爵夫人の……」
「ええ、そうです。この本を人質に取られて、……お相手探しをしないとならなかったのですわ」
私が言うと、ランディは呆れたように、ダリウスと私を交互に見た。
「それだけ聞いたら信じられないし、裏があるかと不審に思うけど……君だからなぁ……」
「だから、なんです?」
「うん、まぁ、でも……君が結婚する意思を持ってくれたこと、それこそが重要だから、信じるよ。ダリウスには感謝してる」
「……呆れない?」
「こんなことで呆れるなら、四年も片想いなんてしないさ」
ランディは私から本を奪うと、私の額にキスをし、本を従者に手渡した。
「惚れ込みすぎているから、そんなこと気にしないってことだよ」
私は目をパチクリとさせた。なんですって。みるみるうちに顔に血が上ってくるのがわかった。
「そ! そろそろですわ! 夜会のお時間です! も、もう行かないと!」
私が叫ぶと、ランディは混乱している私に再びキスをして、にこりと笑った。
「そうだね、行こうか」
「ランディ!」
「失礼するよ、ダリウス」
「ああ、俺も後から行こう。夜会では、せいぜいイチャイチャして見せつけてくれよ?」
「もちろんさ」
ランディの返事にダリウスが親指を立てた。
「お兄様、何を言って」
「ダメだよ。これは決まったことなんだ。僕が君に首ったけで、誰も入る余地がないってことを知ってもらわないとね」
ランディは優しく言うと、今度は私を部屋から引きずり出すようにして引っ張っていった。




