16-1.あの日のあらすじに思いを馳せ
兄のダリウスが、ドレスを着終わった私の部屋にやってきた。
「おめでとう、アデリン。ついに婚約発表だな。みんなを驚かせてやるといい」
私は鏡に映った自分の姿を見た。
爺やとカミーユは、私のドレス姿に感激して、どこかで咽び泣いてるはず。そのくらい、今日のドレスは似合っていた。ジジの腕は、この短期間にずいぶんとあがったのだと感心せざるをえない。
私は深く息をついて、ダリウスに振り返った。あれから忙しくて、ゆっくり話す暇がなかった。だから、でも、今日こそは言わせてもらう。
「ランディに情報を流していたのでしょ。いったいいつから?」
すると、兄は満面の笑みで私の頬を小さくつねった。
「最初からさ、可愛い妹」
「……は?」
「確かに腹を立てたよ、本にしたって何にしたって。でも、ランディがいなければ、こんなこと思いつかなかった」
なにそれ。
「ひどい。私の気持ちは?」
「俺がお前のためにならないことをしたことがあるか?」
「……ないわね!」
悔しいながら。
「アデリン、悪かったと思ってるよ。だが、父も母もいなくて、俺は親の代わりはできないし、お前を諭すのは無理だとわかってた。荒療治をするしか、思いつかなかったんだ。申し訳なかった」
ずるい。そんな風に謝るなんて。私は、あの時、可愛い妹なんじゃないかと叫んだのに。ああ、そうでした。可愛い妹でした。疑ってすみませんでした。
つまりダリウスは、私のためにこの計画を思いついて、実行して、裏から手を回したのだ。
そう思いながら、私はフランソワから届いた手紙に目をやった。
分厚い、小説二編が収められた手紙。むしろ書類。
先日、フランソワが、更なるアフターサービスと称して、以前、あらすじを話してくれた小説を書いてくれたのだった。正直、面白かったので、さらに悔しかった。
だが、気になることがあった。
その一つの、ロマンス小説だ。
あの時、ジャン、もといフランソワは言った。
『とある貴族のハンサムな男性が、田舎の令嬢に恋をするんです。何年も思い続けて、悩んでいたところ、その兄に話を持ちかけられるんです。どうだ、僕の妹を手に入れないか、と』
「”どうだ、僕の妹を手に入れないか”?」
私が言うと、ダリウスは少し不愉快そうな顔をした。
「そこまでは言ってない。ただ、チャンスはやろうと言っただけだ。お前は普通の令嬢じゃないし、あいつはあいつで全然動かなかったから、少しは動けと思って。お前に条件をつけたのと同じく、ランディにもつけてやったさ」
「何を?」
「お前を振り向かせること。お前から、あいつに結婚を申し込ませないと、俺は許可しないって言ってやったんだ。まさかこんなに時間がかかるとは思わなかったよ。すぐに夢中になると思ったんだ。だって、ランディはお前の好みのど真ん中だろう? 動物が好きで、本が好きで、優しくて、顔がよくて、お前を溺愛している」
まさかそんな……頭がクラクラしてきた。
『お兄さんは言うのです、チャンスをあげるから、妹を落としてみろ、と。そうでなければ、妹は嫁に出してしまうぞと』
あの時、話を聞きながらワクワクした自分を見て、フランソワはさぞかし面白かっただろう。
あれは思いっ切り、私の話だった。あの時、フランソワはランディに会って一週間も経ってないのに、そこまで調べ上げたのだ。