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動物好きの侯爵令嬢、結婚相手を探しに行く  作者: 霞合 りの
第十五章 恋に落ちるのは一瞬で、伝えるのには幾星霜
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15-5.幸運の当て馬令嬢

思い切って言った私の言葉に、ランディがぽかんとした。考えを逡巡させ、やがて頬を上気させた後、何度も深呼吸をした。


まさかの呼吸困難。


「だ……大丈夫? ランディ」

「ちょっと突然で……実際に聞くと嬉しすぎて頭が……」


それでもランディは気持ちを落ち着かせ、息をついた。本当に……不思議な人だ。こんなに素敵な人が私なんかのことに一喜一憂してるなんて、この目で見ていても、ちょっと信じられない。


「……でもきっと、相手にされないって思っていたんです。まして、結婚なんてできっこないって。でも私は結婚しなければならないし、相手にしてもらえるうちは、兄と思えば大丈夫と自分に言い聞かせていたんです」

「アデリン……、どうして相手にされないなんて?」

「だって、お兄様がお願いする方は、みんなそうだったんですもの。お兄様の友達は私などきっと相手にしないだろうって思って」


すると、ランディは嬉しそうにうっとりと私を見つめた。


「それじゃ、僕は運が良かったんだな。君が誰かに出会う前に、みんな、お相手がいてくれたんだから」

「そ……」


そうねと言いかけて、私は言葉を止めた。そして、急に我に返った。


……それ、変じゃない? 


もしかして、お兄様は、もしかして……


「本屋で見かけたあの時からずっと、僕は君を夢に見てるんだよ。ずっとだ。僕はどうしたらいい?」


ランディが私の思考を遮った。思わずランディの顔を見上げ、急に、気持ちが凪いだ。


もういいのかもしれない。認めよう。私は抗えないし、抗う必要もない。


コンプレックスいっぱいで、兄を見返すためにやってきた王都で、私は道を探して、ようやく見つけられたのかもしれない。自分のやりたいことも諦めないで、自分を押し殺すこともなく、誰かを愛し、そして愛される道を。


私は田舎令嬢から変わっていないけど、ランディが好きで、ランディも私を好きなんだ。


私は唇に笑みを浮かべた。


「それなら……私の夢に出てきてくださる?」


私が詩を思い出しながら言うと、ランディは嬉しそうに目を細めた。


「”あまけて”?」

「お待ちしておりますわ、私の夢はきっと、……すぐに美しいものになるでしょう」


私は微笑んでランディの鼻先を突いた。


あの詩は、母が父から贈られた詩集に入っていた、母のお気に入りの詩だった。この本のこの詩のページを開いて、私にプロポーズしてくれたのよ、と母が教えてくれた時から、私には特別な詩だった。だからあの時、フレッドが暗唱してくれたとしても、恋していたかもしれない。ランディじゃなくても。


……ううん。違うわ。ランディだからよ。だって、ランディは兄から聞いて、この詩を知っていたんだもの。私が好きな詩だと知って、覚えてくれていたんだもの。


「……僕はペガサスを探しにいかないとならないな」


うっとりとした顔のランディが、私の頬に手をかけて囁いた。


そうね。でも、動物を探しに行くのは大変だわ。この舞踏会が終わったら、王都で二号店を作れそうな土地を探して、……完全受注制で、要望に合う動物がいれば、本店の方へ案内して……そう、きっと、ペガサスだって、どこかで見つけられるかもしれない。”世界の珍獣のホントウソ”は分厚かったけれど、もしかしたら、あの本に書いてあるかもしれない……


私はその時、おそらくランディとは全く別のことを考えていた。


「それでしたら、私どものペットショップにおまかせください。幻獣でも珍獣でも、一度はご相談を。窓口を設けておりますので、ご依頼お待ちしておりますわ」


私が満面の笑みで胸を張って言うと、ランディは笑いながら顔を近づけてきた。


「予約は取れるのかい?」

「えぇ、いつでも……キャァ!」


ランディが私の眼の前で、自身の目を瞑る直前、私は何かに足を取られて足を滑らせた。


「アディ、大丈夫か?! すまない、僕がいながら」

「いいえ、いいの、ドレスが……」


ドレス! 足にまとわりつくドレスめ! このもふもふの……ふわふわの……


「クルン?」


私が呼びかけると、ワン!と嬉しそうな鳴き声とともに、尻尾を大きく振りながら、公爵夫人の飼い犬クルンが、ドレスのスカートの合間から顔を出したのだった。


立ち上がる私の耳に、遠くから、兄が私を呼ぶ声が聞こえた。そして、兄にも会わずに逃げ帰るつもりだったのを思い出した。背筋がぞっとする。


これ、絶対に怒られるわ……


「このままさらってしまいたいけど、……ダリウスに睨まれたらかなわないからな。君を手に入れ損ねてしまう」


ランディが私の顎を指で撫でた。いや、だから、猫じゃないから。


しかし、そんなことないと思う。あの兄は、正義感で優等生なふりをして、随分と気を回しているようだから。


私はクルンを抱っこしながら、ランディに言った。


「いいえ。きっと大丈夫よ。兄様は、私が動物と……、例えばクルンと結婚したいと言い出すと思っていたから、結婚相手を探せと言っていたんだし……逆に喜ぶんじゃないかしら?」


むしろ、言ってみようかしら? 一時間も経たないうちに、決意が変わってしまうなんて、考えられないもの。


すると、ランディが笑った。


「さらってもいい?」

「クルンも一緒なら」

「それなら、公爵夫人に許可を取らないとな。おっと、君も公爵夫人のペットだったんだっけ? 餌はココア?」

「そうね。甘いものが好きよ」


私が言うと、ランディは笑い、私の頬に甘いキスをした。




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