14-1.ドアの向こうには
尻もちをついて呆然としている私に、フランソワの声が無情に響いた。
「手荒なことをして申し訳ありません、アデリン様。アフターサービスをさせていただこうと思いまして」
アフターサービスって……
「な……え……?」
あっけにとられていたのは、ある意味、数えてみれば三人だった。
私と、カーラと、ロザリー。
嘘でしょ、クララも平然としているなんて。
ランディが空咳をして、クルンを床に降ろした。クルンはゆっくりと歩き回り、クララの元へ戻っていく。いつの間にかグレイがやってきて、私に擦り寄っていた。
ランディは、優雅に歩み寄ってくると、呆然としていた私に手を差し出した。
「アデリン、ここは公爵夫人のペットの部屋だ。君はいつから公爵夫人のペットになったんだい?」
私がおずおずとその手に自分の手を乗せると、ランディはホッとしたように微笑んだ。
「怪我はない?」
私は手を引いてくれるランディに素直に従いながら、プリプリと怒って立ち上がった。
「ありません。ご存知でしょう、公爵夫人は変わった趣味をお持ちなんです」
すると、ランディは面白そうに眉を上げた。
「餌は何を?」
「今日はココアをいただきました」
「なるほど。それなら僕でも飼えるかな?」
楽しそうな笑顔をしているランディに、私は肩をすくめた。
「申し訳ありませんが、このペットには意志がありますの」
意外と話せている。でも、油断はできない…… 私は訝しんで眉をひそめたが、ランディは満足そうな笑顔をしただけだった。それで気がついた。
私が戸惑ってるのがわかって、わざと戯言を言ったんだわ。ちょっとおふざけした会話の方が、私がのってくるのを知っているから。いきなり謝られたりしたら、逃げ出していたかも。
その上、久しぶりにランディを正面から見て、うっとりしそうになった私は、慌ててフランソワに視線を移した。
「い……いつから気づいてたの?」
不機嫌な私の視線に、フランソワは面白そうに笑った。ほら。これで許してしまうんだわ。本当に気のいい人って気楽に生きられていいわよね。
「ランディ様がいらした頃でしょうか。ドアが少し開いていたから、どなたかいらっしゃると思ったんですよ。で、ちらっと見たらアデリン様だと確認できました。可愛いわんちゃんも猫ちゃんもいらしたのでね」
というか、そのカンすごい鋭い。二号店やるなら絶対雇う。
「ランディは?」
「ついさっき。フランソワが歩き出した時に……気がついた。フランソワが歩きまわれと身振りで指示したから、何だろうとは思っていたんだけど……」
ランディの困ったような視線がいたたまれなく、私は思わず反論した。
「私は不可抗力ですわ。フランソワったらたちが悪い」
私はフランソワを軽く睨んだ。
「ランディを歩き回らせたのは、あなたがドアに近づくのを私に気付かれないためなのね?」
「そうなりますね」
「なんなのよ、もう! フランソワ、サプライズっていうのはね、仕掛けられた相手も喜べるようにしなくてはならないのよ! それなのに!」
「今の、楽しくはなかったですか?」
「楽しくなんてないわよ」
「馬鹿げたことをして、ごめん。誰かいるんだろうとは思ってたけど、君だなんて、思ってなかったんだ。まさか、フランソワがドアを開けるなんて……」
すると、しゅんとしたランディが謝ってきた。叱られた子犬みたい。ほら、耳の垂れているテリア。
本当に? 疑わしかったが、そう嘘をつくとも思えず、私は諦めのため息をついた。すると、ランディが私の頬を軽く触った。
「泣いたの?」
ランディの手は、ひやりとしてるのに、熱がこもったようにそこだけ熱かった。私は動けず、ランディを見上げた。
「どうして? ジャン……フランソワが婚約していたから?」
私は思い切りよく、首を横に振った。
「違うのか……それじゃ、僕のせい?」
そう……ではない。けれど、きっかけではあった。私が首をかしげると、ランディは私の頬を撫でながら、私をじっと見つめた。
「……アデリン」
ランディがうっとりとした表情を浮かべた。
「……さよならを言うなんて……僕も馬鹿げたことをしたもんだ。ようやく、君のそばにいることを許してもらったのに、触れることも許してくれたのに……僕に足りないのは勇気だった」
どうして、と思ったところで、私は先ほどのランディの言葉を思い出した。
『それは……僕がアデリンを愛しているということだ。……この上なく』
え……、あれ? 勇気?
私は見回したが、ロザリーは苦虫を噛み潰したような顔しかしていないし、カーラはきょとんとしているし、クララはとっくに無表情で、……フランソワだけが知ってそうな顔をしている。
でもきっと、絶対言ってくれないんだわ。詐欺師って……