11-4.再会
見目は綺麗になり、夜会服姿はさすがに様になって、まるで見違えたが、それでもジャン。つまりフランソワ・マルトーだ。隣に令嬢をエスコートしている。
あの時、男たちは『あの子と結婚してもらうぞ』と言った。つまり彼女は、そのお相手ということになる。
相手、貴族だったのか。
「あら、失礼。アデリン・ヴォーコルベイユと申しますわ。あまりに素敵な方なものですから、随分と不躾に見てしまって、申し訳ありませんでした」
すると、フランソワの隣にいた令嬢がついっと前に出た。
「あなたがアデリン様ですのね……」
「え、はい?」
「私、カーラ・サルモンと申します。今日はどなたとご参加を?」
「はぁ……兄ですわ」
サルモン家なら知っている。伯爵家としては資産がとてつもなく多く、一家が及ぼす影響範囲は誰もが恐れをなすという。ロザリーの家とは同じくらいの知名度で、仲は良かった。誘い合わせてきたのかもしれない。お互いの婚約者を見せに。
カーラは確か、息子ばかり三人の中で、娘は一人だったはずだ。しかも年の離れた妹を、家族はそれは溺愛していて、彼女の笑顔のためならなんでもすると息巻いており、古株の家庭教師と執事とが、その悪影響を阻止し、本人はこの上なく素直で謙虚に育ったという……が……
それが彼女か。
完璧なゆるい巻き毛にキラキラの瞳、洗練された立ち姿。
これはあれだけ探されるのは納得。とっ捕まえて無理やり結婚させようとするわ。私だってそうする。何が何でもこの可愛らしい方の笑顔は守りたいと思えてしまう。
なんでこんな人相手に結婚詐欺なんてしたんだろう、ジャン……もといフランソワは。
私が呆れてフランソワを見ると、カーラは私の前に更にずいとやってきた。
「あの、こちらは、……私の婚約者で、フランソワ・マルトーと申しますの。お願いいたします、彼を連れて行かないでくださいませ」
「え?」
フランソワが驚いて私たちを見た。
「アデリン様がフランソワ様をお連れに参るかと、心配しておりましたの……ジャンというお名前だったそうですが、私の時はピエールでしたわ。侯爵令嬢様がおっしゃるのなら、私のような立場では、どんなにお金があってもお譲りするしかありません。でも私、騙されたとわかっても、優しさは本物でしたし、彼がいいのです。愛しているのです、アデリン様」
こんな熱烈な愛の告白、あるかしら?
確かに、彼は忘れがたい人だ。
それが詐欺師を続けて、きっとバレても大丈夫だったことに繋がるのだろう。
騙されたとしても、許してしまう。そんな女性を選んで、痛まない財産を狙って、彼は騙してきたのではないかと推察できる。
でも結局、カーラがフランソワを忘れられず、追いかけてしまった。
事実、彼はいい人だ。無理に私を騙さずに、友達でいてくれた。彼ならば、私の気などいくらでも引けただろうに。
私はカーラに微笑んだ。
「私にとって、ジャンはただの友達です。優しく、人のいい、本の好きな、信頼できる友達です。それは名前が違っていても変わりません。友情ですわ、カーラ様」
私の言葉に、カーラは感激するように手を胸の前で組み、目を輝かせた。
「アデリン様……! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「そんな感謝されることではありませんわ。当たり前のことですよ」
まぁ、私が奪おうとしたところで、彼女の兄とか兄とか兄とか父とか、そういう人たちが全力で阻止しにくるに違いない。
私がちらりとフランソワを見ると、彼はさすがに詐欺師らしく、優雅に微笑んだ。そしてこれは自分のためじゃない。カーラのためだ。
「フランソワさん……でよろしいのかしら? 随分と騙されましたわ。小説、楽しみにしておりましたのに」
「それは嬉しいですね。書く前に仕事は終わってしまいましたが、本当に書くつもりだったんですよ」
「まぁ、それは残念」
私ががっかりして言うと、フランソワは呆れた顔で言った。
「……騙しがいのない方ですね」
「あら、小説の話も嘘?」
「嘘じゃありませんけど。怒らないんですか?」
「どうして?」
「騙されたんですよ」
「私もあなたを騙していたわ。真実を知っていようとなかろうと、私があなたを騙そうとしていたことは変わりません。それに、私が怒ったところで、なにが変わるわけでもないでしょう」
言いながら私は肩をすくめ、フランソワに手の甲を差し出した。
「いいんじゃない? 年貢の納め時ね」
私の手を取り、フランソワがきまり悪げに微笑んだ。
「まったく、あなたには敵いませんね」
その時だった。