11-3.嫌な予感しかない
公爵夫人の舞踏会は、洗練された上質な空間だった。あの奇妙なお茶会を催した人と同じ人が主催したとは思えない。
それでも、嫌なことはすぐにわかるものだ。
見回すとランディの姿がすぐに目に入った。洗練された夜会服姿に磨かれた容姿が眩しい。上質な空間にふさわしい、惚れ惚れする美しさだった。
街中で会ったときのように、少し崩れた格好の方が私は好きだけど……
いやいや、違う違う。違うの。何言ってるのよ、私。もう忘れるんだってば。
だいたい、私は兄と来てるけど、ランディは違う。ちゃんと女性をエスコートしている。ランディの腕に手をかけてるのは、
……ロザリーだ。
今日のランディのお相手、つまり婚約者候補の一人は、ロジェ伯爵家のロザリー・ソレル嬢、というわけだ。
ばっと顔を兄に向けると、兄が不思議そうな顔をした。
「なんだ?」
「知ってたの?」
「何を……あぁ、ロザリー嬢のこと? 知ってたよ」
「じゃ、なんで来たの?」
「お前のために決まってるだろう」
「でも」
ダリウスが奥手ながらも、ロザリーに思いを寄せていたのは知ってる。もちろん、相手にされていなかったのも。自信家で実力のある伯爵家のロザリーは、例え爵位の高い相手でも、容赦ない。もちろん、低い相手にもさらに容赦ないけれど。
「ランディだって知っていたのでしょう? お兄様の気持ち……それなのに、こんなひどい」
すると、ダリウスは呆れた顔で私を見た。
「一体いつの話をしてるんだよ。それはだいぶ前のことだ。とっくに吹っ切れてるし、気にしてない」
「そうなの?」
「そうだ。父が亡くなった頃かな。一応、ランディは話してはくれたけどね。婚約者候補にロザリー嬢が入ってるって」
「でも今、傷ついた顔を……」
「お前は優しいな。今日のご令嬢だとは思ってなかったから、驚いただけだよ。もともと彼女はランディのタイプじゃなかったし……俺こそがふさわしいと思ってた時もあったけど、今はそうじゃない、そういうことだ」
兄はきっぱりと言い切った。
私はロザリーのことはほとんど知らない。社交界の花形で、ダリウスが一目惚れしてお誘いしていたのは、そうか、あれはもう三年以上前なのか。そういえば、最近は見ていなかったのかもしれない。それは、兄が忙しかったからだと思っていたけれど、終わったことだからなのか……
けど、それでも傷ついてないわけではないだろうと思うけれど……違うのかしら。
目に映るランディとロザリーは華やかで人目をひく。
ロザリーはランディとは気が合うのかしら? ちやほやされることに慣れてそうなロザリーに、ついていけるのかしら。ランディは自分がちやほやされるのは好きではないようだったけれど、きっぱりと断れないところがあるから……一緒にいたら大変かもしれないし。
エスコートするくらいだしきっと大丈夫。でも、ああ見えてエスコート自体が苦手って言っていたし、本心はわからないんだわ……ロザリーは知っているのかしら、心配……いいえ。
そんなこと、私が気にする必要はない!
ランディが私に気づいたが、すぐに目を逸らした。隣のロザリーはそれに気づいたようで、少し得意げにしている。ランディは態度があからさますぎるんだわ。私が見るにたえない田舎令嬢だというのは明らかなのだけれど、そんな無視することないじゃない。ロザリーだって。私を嘲笑する令嬢たちと同じように見なくたって。
「お兄様、元気出して」
「いや、元気だよ」
「嘘です。明らかに笑顔が硬いです!」
「そうか? だとしたらこれはランディに呆れているだけで」
「お兄様はご自分の気持ちがわかっていないだけですわ」
「……お前がそう言うなら、そうなんだろう」
ダリウスがため息をついた。
ひとまず兄を元気づけなければ。きょうだいで失恋なんて終わってる。
ロザリーが見えない場所へ行こうと、とりあえず兄に壁のほうに行こう、と引っ張った。
何となく、ランディからの視線を感じるが、それは気のせいだ。ジャンと来ると思っていたのに、兄となんてきたからかしら。ううん、もしかしたら髪留めを見ているのかもしれない。あんな遠くからわかるものかしら?
なんだかあまりにもジッと見られている気がするけど、私に視線を気づかせないでほしい。緊張してしまうから。よし、人混みに紛れよう。
ぐいぐいとランディの姿が見えないところへ向かっていくと、思いがけない人影に足が止まった。
嘘でしょう?
「お……お兄様、先へ行ってて」
兄をそれとなく見送り、振り返って確認する。
やっぱりそうだ。
「……ジャン?」
私が声をかけると、その人物は振り返った。
「うぇぇ……アデリン……様?!」