11-2.兄との勝負はまだ続いており
「きっかけはどうあれ、それだけ良い印象を与えられたということだ。ありがたいことじゃないか。俺の大切な妹が呼ばれるなんて、こんな名誉なことはない。多少強引でも、連れてくるのは当たり前だろう」
”大切”? 本当? 胡散臭い。
「お兄様、”大切”なんて……本当に思っておりますの?」
「もちろんさ。ずいぶんな言い草だな。俺はそんなに信用がならないか?」
「そうではありませんわ」
信用はしてる。でも、……そもそも兄のせいなのだ、私がこんな苦労をしているのは。
なぜランディが私と兄との会話を知っているのか聞こうとし、思いとどまった。私とランディがかなりプライベートな話をしていた事まで知られてしまう。これでは……仲がいいと言った兄の言葉を肯定するかのようだ。
そうじゃないのに。だって、ランディは私の相手なんてしたくなかったんだから。ただのお人よしの間抜けだわ。
「言っておくが、ランディはそれほど間抜けじゃない」
不意に言われ、私はぐっと詰まった。考えてたこと、見抜かれた?
「もちろん、俺は妹のように接してくれとお願いしたよ。でも、お前がしっかり懐いたのは、ちゃんとあいつが好意的にお前の相手をした結果だ。だから、ランディだってお前を自分でお茶会に誘ったんだろう。そのおかげで、公爵夫人に伝手ができたのなら、誘い直すのが道理ってもんだ。あいつは確かに女性にモテるし、断るのが大変なくらいで、だからこそ、自分で誘うことなんて滅多にないんだよ。それに、自分のおばのお茶会なんてさ」
それは……ランディが私を信用してくれてるということでしょう? 私がランディを好きにならないって。それなら、兄として慕っていることを喜んでくれてもいいのに。さよならなんて。
「ランディに会ってみて、どんな奴だった? 最初に会った頃と、変わったか?」
ダリウスが不意に真面目な声で訪ねてきた。私はそれにつられ、ランディに会ってからのことを思い出していた。
「そう、ね……見た目はあんなでチャラチャラして見えたけど、真面目に話を聞いてくれて、一緒に本の話をしてくれたわ。街歩きも手助けしてくれたし、私のことを尊重してくれて……」
話していて、誰より楽しかった。それは間違いない。
「見た目より臆病で、情けなくて、つまんないやつだったんじゃないか?」
「そんなことないわ。素敵だったわよ。本人は、社交界が苦手で、女性の対応に困るって言ってらしたけど」
私が言うと、兄はあははとおかしそうに笑った。
「お前に対してもそうだったか?」
言われて、私は首を傾げた。良くわからない。いつだってランディは余裕そうで、丁寧で、優しかった。
「舞踏会ではお話ししたことがないから、良くわからないわ」
「へぇ? 普通は逆なはずだけどな」
「そりゃ、最初にお会いしたのは舞踏会だったけど、」
言いかけて、とっさに口をつぐんだ。そうしたら、ジャンのことも言わないとならなくなる。それは勘弁。
「”けど”?」
「あ、……最初に……詩を暗唱してくれたわ、私が忘れていた詩の、最後」
「詩?」
「ペガサスよ」
「ああ、母上が好きだった詩か……。前に一度話したことがあったけど、覚えてたんだな、あいつ」
「お兄様も覚えてらしたの?」
「もちろんだ。俺たちの思い出の詩だからな」
それを話したことがあるなんて、随分とランディに心を許しているのね。そんなに親しく出来る友人がいるなんて、羨ましいことだ。
「お兄様たちの友情が羨ましいわ」
私が羨望の目を向けると、ダリウスは呆れたように私を見た。
「お前、俺との勝負は覚えているんだろうな?」
「覚えておりますわ」
「誰か、相手はいたか?」
「今の私の惨状を見れば、わかるでしょう?」
「惨状? 想定内だけどな」
ダリウスは笑った。く、悔しい……
「なんだ。随分と、いろんな表情をするようになったじゃないか」
ダリウスの声に顔を上げれば、兄は私を優しく見ていた。
「なんのことです?」
「お前がランディのことで悩むなんてな」
「悩んでなんか……」
私は一気に頭に血が昇るのを感じた。兄にはお見通しなのかもしれない。でもそれを認めるわけにもいかない。迷惑かかるもの。
うつむいて何も言わない私の頭を、兄はポンポンと叩いた。
「それでも、まだわからないか」
そして、馬車の窓から、すっかり暗くなった外の景色を眺めた。
「うまくいかないもんだな」