2-1.ドレスメゾン通りのカモ
「このあたりかしら」
私がキョロキョロと見回した場所は、言うなればドレスメゾンがひしめくファッション通りだった。
「ふむふむ……」
歩きながら、カミーユとショーウィンドウを眺めた。
華やかなデザインがメインのお店、昔ながらの落ち着いたスタイルがメインのお店。小物がメインのお店、宝飾品のお店、靴のお店。この通りで全てが揃いそうだ。さすが王都。ついつい目移りしてしまう。でも、忘れてはダメだと自分に言い聞かせた。
私が探しているのは、トータルコーディネートで全て揃えてくれるお店だ。こだわりがあればあれこれと探せるのだろうけど、私にはよくわからないし、時間もない。
強いて言えば、それなりに大きめで、斬新じゃなくて、家のドレスと似た質感のドレスを作っていそうなお店がいい。
「ここなんてどうかしら」
私は、通りを入って少し歩いたところにある、大きめなドレスメゾンを指し、カミーユに向いた。
ドアマンはいないが、侍女が開けるくらいならいいだろう。ショーウィンドウのドレスは上品で丁寧な仕上がりだ。これなら兄もドレスの質を落としたと怒らないだろうし、トータルコーディネートをしてくれそうだ。
「確かに、侯爵令嬢にふさわしいドレスを作ってくれそうに存じますわ。ですが、本当にいきなり入られるんですか?」
「時間がないのよ。紹介してもらうって言っても、誰に? って話よ」
「ペットショップの顧客リストのどなたかに紹介状を書いて頂いては?」
「頼みに行くの? せっかくお客様とその愛するペットにお会いするのに、紹介状くださいなんて無粋じゃない? 話の流れでそうなれば、お願いしたくはあるけれど、それを目的に行くのは好ましくないわ。そういう接客はしないつもりよ」
「ですが……」
「ダメ元で行ってみましょ。ね、カミーユ、お願い」
「……わかりましたわ」
重厚で重いドアをカミーユに開けてもらうと、カランカラン、とドアベルが鳴った。入ってすぐは薄暗く、だが奥の方はかすかに明るく採光がされ、美しいドレスが並んでいるのが見えた。
「はい。ご用事はなんでしょう」
ドアマンと思しき男性がすっとやってきた。上から下まで私の服を見て、その笑顔のまま、彼は私の背後で閉まりかけたドアを押して開けた。
「ご予約でないお客様は承ることはできませんので」
「え、でも、誰もいない……」
「できません。私どものメゾンは選び選ばれるメゾンでございます。それに、お嬢様には、お値段が想像つかないのではないかと」
みたところ、家にあるドレスと質はそんなに変わらない。うちにある方がいいかもしれない。型が古いだけで。
払うお金はあるわよ、と言いかけて、やめることにした。古い型のドレスを着てるくらいで、懐事情を勝手に想像するようなドアマンがいるお店で作るとなれば、どんなドレスになるか想像もつかないが、あまり好みを言わせてもらえないかもしれない。
「いいわ。わかりました。いきましょう、カミーユ」
店を出て少し歩いたところで、カミーユが心配そうに言った。
「お嬢様、よろしいのですか?」
「平気よ」
「この調子で、全て断られたら……」
「大丈夫よ。その場合は質より量でいきましょ。質やランクは落ちるかもしれないけど、一度くらいは舞踏会に行けるドレスを作ってもらえるわよ。どこかのメゾンで。だってこれだけあるんですもの。そもそも、全て同じドレスで行くわけにはいかないんだし、幾つかのお店で作ってもらってもいいじゃない?」
「侯爵家の令嬢ともあろう方が、ドレスメゾンをハシゴなど……!」
「いいじゃない、この先だって、王都にもそんなにこないと思うし。領地の端っこに旦那様と家を建てて、……ペットショップに隣接してもいいわね。そこでは、ちゃんとドレスを作りに来ていただくわ。それで我慢してよ。……あら、このお店は?」
私は別の店の前で立ち止まった。
可愛いけれど、ちょっと最先端過ぎるかもしれない。人気はありそうだけど、そこまで流行を追うつもりもない。
その上、質の割に高い。
「お嬢様。私どもの店のドレスにご興味が?」
今度はドアマンに声をかけられた。上品な物腰だが、少し軽い。でも先ほどのドレスメゾンのように、飛び込み客はお断りの程ではないようだ。
「え、ええ、まぁ」
「でしたら是非。このドレスは、最先端の中でも特に人気の商品です」
「でもみんな同じなのでは?」
「いいえ、この形は同じで、ドレスの色も飾りも、私どもで責任持ってお似合いの形を作らせていただきます」
「ふーん……セミオーダーなのね」
「はい、そうでございます。ですから、良いものをお安くお渡しできるのです。ほら、あちらのお店など、私どもと同じ形で、倍の値段なのですから」
彼は、さっき私たちが門前払いを食った店を指出した。
彼の言う通りだとしても、お店の質と信用はいいみたいだけど。特に、織りの種類は豊富で、サテンもシャンタンも見ただけで上質とわかるものだった。この店は、そこまでの高級感はない。
……でも、こういうお店で作ってみてもいいのかも。
私くらいの人間には、ちょうどいいのかもしれないわ。
「どうでしょうか、今ならもう少しお安くいたしますよ?」
誘惑の言葉に惹かれたその時、小柄な、少女と言ってもいいくらいの娘が、私と彼の間に割り込んできた。
「ちょっと。さっきから嘘ばっかりじゃない?」
「な、何を言いますか」
「倍の値段なんてしないでしょ。分をわきまえて商売しなさいよ。この人はあんたが売りつけようとしてるドレスより、もっといいドレスを着る人よ。ドレスの型が古いだけで下に見るの、よしなさいよ」
「……まぁ」
王都って怖いところなのね。ドレスが古いだけで、そんなにダメなの。それは兄も文句を言うわ。
彼女は話を続けた。
「だってこの方のドレス、布の質がすごくいいわ。古いのにこんなにいい状態なのは、大切に保管されてきた証拠。それだけの場所と人手を確保できるの。きっとかなり身分の高い方に違いないわ。そうでしょ?」
私はカミーユと顔を合わせた。カミーユは頷いた。
「ええ、……そうでございます、見知らぬお嬢さん。よくわかりましたわね、あなたもこの辺りでお仕事をしてらっしゃるのですか?」
「ええ、もちろんよ! あたしはジジ。新進気鋭のスーパーデザイナーよ!」