11-1.それを人は恋という
そう、つまり、それを人は恋という。
「アデリン、いい加減にしないか」
兄のダリウスが、馬車の隣で呆れるように言った。私はジジが作ってくれた、うっとりするようなドレスを着て、ランディから贈られた髪留めをつけていた。誂えていないのにドレスによく映え、ジジがテンションあげて感激していた。
しかし私は笑顔の片鱗もなく、仏頂面のまま、兄を軽く睨んだ。
「お兄様が無理やり連れ出すからです」
「何を言ってるんだ。公爵夫人の舞踏会に誘われるなんて、滅多なことじゃないんだぞ? 俺だって何かなければ呼ばれることはないんだ。令嬢が個人的に気に入って呼んでもらえるなんて、名誉なことじゃないか。お前の動物好きがここで活かされたわけか」
うんうん、とダリウスは嬉しそうに頷く。
「公爵夫人との伝手は、お前にはあったほうがいいだろう。逃すなんて勿体ない」
それはペットのことがあるから? いい顔をしないくせに、相変わらず甘いんだから。
「お前もなぁ、こないだは嬉しそうに手紙に書いてたじゃないか。それなのに、急に屋敷に戻ってくるし、部屋に閉じこもってるし、本も読まないし、庭でうちの子たちと戯れたと思ったら、ペットショップばかり行ってるし……一体何があった?」
それでは、ランディは、兄に何も言っていないのだ。
でも、一体何を?
「何もありませんわ。それより、私が舞踏会に行かなくなったのは、お兄様のせいだと思い出しました」
「なんだ、それは?」
「お兄様が人気者だからです。殿方もご令嬢も、お兄様とお話したくて、でもガードが固いから、デビューしたての私を狙ってお誘いが多かったのですわ。だから、お茶会もいやで、すっかり行かなくなってしまったのです。私に本と動物と言う趣味があって、本当に良かったですわ」
すると、兄は呆れた顔をした。
「逆じゃないか? それがなかったら、社交界で楽しくやれただろうよ。侯爵家の娘なんだ、仕方ないだろう。俺の妹だなんて、それこそ死ぬまでついて回ることなんだ。一時しのぎに逃げ出しても、意味はない」
「でも」
「現に、意味はなかったろ? むしろ、社交界に顔を出せば、仕事だってスムーズに進むこともある。公爵夫人のことだってそうだ」
「でも私は……苦手です」
「ビジネスだと思えば、できるんじゃないか? こんなに珍しい舞踏会に出ないなんて、みすみすビジネスチャンスを逃すだけだ」
「みんな誘われているんじゃないの? ランディも誘われているっておっしゃってましたわ」
それじゃ、何か名誉なことをしたの? 仕事はできそうだし、何か功績を上げたのかもしれない。単に顔がいいからかもしれないし、会場の潤滑油的役割かもしれない。やだやだ、ランディの事なんて考えたくない。
「それは当たり前だよ。だって、公爵夫人は、ランディのおばだからね」
「おば?」
聞いてない。私が目をパチクリとさせると、兄は訝しげに私を見た。
「だいたい、どうしてランディに頼まなかった?」
急に話を変えられ、私は目を瞬かせた。
「何を?」
「今日のエスコートさ。随分と仲良くしてたみたいじゃないか。それなら、王都にいるんだからその方が楽だろう? こんな風に、前日に、領地から一度王都にきて、準備して、……ってしなくても済んだのに。おかげで、ランディは会いたくもない婚約者候補たちをエスコートしてるんだぞ」
白々しい。これ以上、妹をみじめな気持ちにさせないでちょうだい! ランディはただ、ダリウスの代わりをしてくれたに過ぎないのだから。
「仲良くなんてありません。ランディは……別に……」
「ランディが舞踏会に行くことを知っていて、公爵夫人のお茶会に連れて行ってもらって、それで仲良くないなんて、正気か?」
ひどい言われよう。
「で、でも、ランディが公爵夫人の甥だなんて知らなかったし……お茶会だって、あれは私が気に入りそうな趣旨だからって。兄様も聞いているでしょ?」
「ま、ね。でも、それだけで、ランディは連れて行ったりしないよ」
「そう……なの? 私がダリウス兄様の妹だから、それで……」
「だとしても、あのランディが、よく連れて行ったもんだ。みんな驚いて、噂になっていたよ。俺の妹だと知って、噂は霧散したが。楽しかったんだろう? その動物のお茶会とやらは」
私は頷いた。
「ええ。とても楽しかったわ。ペットショップの改善点も出てきたし、いろいろ発想が出て、すごくためになって……公爵夫人は博識でとても面白い方で、私の話も聞いてくださって、とても良い方でした」
「そうだろう。変人と言われているけど、人を見る目はある方だからね。だからこそ、彼女に誘われることが名誉なことなんだ」
「そうなの……」
そのきっかけをくれたのはランディなのに、お礼の一つも言えなかった。
今更、どんな顔をして会えというのだ。