10-5.認めたくない気持ち
「お嬢様につられているだけですわ」
「え? そりゃ、ランディは兄と思っていた方だもの、改めて手紙でこんな風に裏読み絶縁宣言をされたら、やっぱりちょっと悲しいとは思うけど、泣くほどじゃないわ」
「それならお嬢様の頬に流れているものは何ですか」
私は頬に手をやった。何か冷たいものが落ちてくる。これで二度目だ。
「これは……汗よ、汗なのよ。冷や汗なの」
カミーユはきょとんとした。
「だって、結局、一からやり直しなんだもの。結婚相手どころか、恋人も、友達も、貴族には一人もできなかった……改めて考え直さなきゃ。ランディが友達をやめたからって、何よ。私だってその気になれば、友達の一人や二人、恋人の一人や二人!」
私が鼻をすすりながら言うと、カミーユは私の頬を拭った。
「頑張りましょう、お嬢様。私も今まで通り、協力させていただきますわ」
「カミーユ……」
私はカミーユを見ようとしたが、見られなかった。
「でもねぇ、これ以上、どうしたらいいのか……自信がないの……」
ドレスがどんなに綺麗でも、気が合っても、それでも私は選ばれはしなかったのだから。きっと誰にも、選ばれないんだわ。
「やっぱり……家に帰ろうかしら」
「お嬢様……」
カミーユが私の肩にそっと手を乗せた。
「後悔はありませんか」
「ないわ」
「そうでございますか。では、この手紙をジャン様からいただいても、泣くほど悲しいでしょうか。……ジャン様に騙された上にもうお会いできないとわかっても、涙をおみせにならなかった気丈なお嬢様でしたのに」
「何が言いたいの?」
「ランディ様がそれほどまでアデリン様に必要だということですわ」
私は驚いてカミーユをじっと見た。目を逸らしたのは私の方が先だった。
「そんなことないわ」
「では、ランディ様がどなたかと結婚なさっても、心から祝福できるというのですか?」
「当たり前でしょう。ランディの結婚式は心から祝うつもりだし、ランディはお兄様の代わりに私を見てくださっただけで、初めから、兄としか見ていないもの」
「意固地になるのはおよしください、お嬢様」
「だって、本当よ。私じゃ……そんな対象に見てもらえるはずがないでしょう? 本来なら、ランディは私には、すごくすごく遠い人なのよ。妹としてでなければ、意味なんて……相手すらしてもらえないわ」
「ランディ様は、アデリン様とそのようにしかおつきあい下さらないような、薄っぺらい方なのですか?」
私は苛立って声を荒げた。
「私が好きになったって、叶うわけがないわ! だってランディには意中の方がいるじゃない。そもそも私は、結婚相手を早く選ばなければならないのだし、初めから望みのない恋なんて、したくなんてないの。誰だってそうでしょう?」
自分が言ったことにハッとして、私は口を押さえた。カミーユは表情を変えず頷いた。
「それが本心です、お嬢様。わかってらっしゃるのでしょう。それを、お嬢様は必死で隠してらした。誰にわかることはなくても、私にはわかりますわ。でも一度くらい、ご自分の素直な気持ちに向き合ってください。そして、ランディ様に、お気持ちをお伝えくださいませ。私からのお願いです」
「そんなの、無理よ……」
私がランディに恋してるなんて、馬鹿げてる。認めちゃいけない、そのはずだった。
公爵夫人の舞踏会に呼ばれて嬉しかったけれど、不安だった。でも、ランディが一緒に行ってくれるなら、心強いと思った。それはランディが頼りになる兄だからで、……
私はそれだけ彼に頼っていて、甘えていてたのだ。親友の妹を嫌うことなんてないと、兄代わりを楽しんでくれているはずだって信じ込もうと思っていた。
ランディが誰をどう思うのかなんて、考えたくなくて、自分がどう思うかも考えたくなくて、私は自分のことしか考えていなかった。当て馬になるのを嫌がって、嫌われてしまうまで、気がつかなかったんだ。
認めよう。
ランディと話せなくなるなんて考えてもみなかった。
結局私は、生まれたばかりのひな鳥のように、優しくしてくれたランディを慕わざるをえないのだ。だって初めて会った時からずっと、ランディは意地悪だけど優しくて、おちょくってくるけど意地悪なんてしてこなかった。
どんなに叶わなくても。
振り向いてもらえなくても。
いつになったら諦められるのか、わからないままに、私は自分の気持ちから逃れられないことを知ってしまった。
そうとなれば、やっぱり私には向いていないんだ、と思うしかなかった。