10-4.友情は回復しない
宛名は私。差出人はランディだった。
「……なんだか不吉な匂いがするわ」
私はカミーユに言ったけれど、彼女は肩をすくめただけだった。
嫌なことは先に済ませようと、私はソファにだらけて座りながら、手紙を開いた。
『親愛なる アデリン
日差しの強い季節になったね。元気にしているかい。
先日、渡そうと思ったのだが、渡しそびれた髪留めを贈ったよ。
君に似合うと思ったんだ、つけてくれると嬉しい。
君の良き友人であり良き兄、ランディ』
読み終えると、私は困惑で首を傾げた。そしてそのまま、黙って手紙をカミーユに渡した。カミーユは戸惑いながら、その文面に目を走らせ、困ったように私を見る。
「……何も書いてないわ」
てっきり罵詈雑言が書かれているのかと思った。だが、ここには、先日のことには触れもしていない。かろうじて、”良き友人であり良き兄”の部分が、皮肉っぽく書かれているくらい。
深読みしなくてもわかる。これはもう本当に、私に呆れて距離を置きたいってことだ。
「ランディと仲直りして舞踏会へ行ってもらおうなんて、甘い考えだったわね」
わざわざ、こんな丁寧に手紙をしたためてもらっちゃって……
「そんなに怒らせてしまったのね、私ったら」
カミーユは、私の言葉に否定的に首を傾げた。
「逆の可能性もありますわ」
「逆って?」
「お嬢様が怒ってるはずだから、怖くて先日のことを書けず、なかったことにしたいだけなのかもしれません」
「まさか」
「ランディ様は、ご自分から話しかける勇気がないのかもしれませんわ」
「ご自分で言っていたように、意気地がないって? そんなはずないわ。だって初めて会った時、それは劇的で、王子様みたいに登場したのよ。話したでしょう?」
「ええ、そうですが……それとは違うのだと思いますわ」
カミーユは話しながらイラついたように眉をしかめた。
「私からすれば、ランディ様も本当に納得できる意気地なしっぷりでございましたわ。なんと幼稚なことをしてらっしゃるのか、と言いたいところですが。旦那様のご友人として、もっと冷静な判断をしていただかないと」
「カミーユ、ストップ。今は兄は関係ないわ。どう考えても、兄の方が幼稚だわ。私を煽って結婚させようとするんですもの……まぁ……それに乗った私の方が、もっと幼稚だけど……」
私が肩をすくめると、カミーユは頭を振った。
「お嬢様は賢い方ですわ。ご自分の立場も考え、その上、お仕事もなさってるんですもの。お嬢様にお仕え出来て、私は本当に幸せです」
「突然どうしたの?」
「今まで言ったことがなかったものですから……それでお嬢様が自信を無くされているのかと」
「自信なんて……」
「ですから、ランディ様にお声をかけられないのでしょう? それを押して、お声がけなさってはいかがですか。ご友人として、ご立派な態度です」
「でも、ランディにお慕いする方がいるのなら……私はお邪魔虫だわ。わかるでしょ、カミーユ」
私はすっかり気落ちしていたけれど、カミーユはなぜか目をキラキラさせて私の手を握った。
「そんなことございません。ランディ様だって……お嬢様のことを大切に思っておいでですわ」
「それはダリウス兄様の妹だから……でもきっと私が妹分なんて、すごく嫌だったのよ」
私はため息をついた。言い訳はよそう。やっぱりカミーユには言わなくちゃ。
「認めたくなかったけど……あのね、これはね、もう友達でもいられないってことなのよ」
「このお手紙が、ですか?」
「そうよ。この髪留めは、これで手を打つから話しかけるな、ってことよ。やっぱり、私の言ったことがすごく嫌だったに違いないわ。でも、きっと、ランディはそれを私に言えないのよ、ダリウス兄様に告げ口されるから。ランディはお兄様の大切な親友ですもの。きっと悪いことは言われたくないはずよ」
完璧な推察だ。たいていの社交術というのはそういうものだ。どこかに書いてあった……はず。
「お嬢様……」
「ジャンが詐欺師だったこと、伝えた方がいいと思う? 結婚の話をする前に、逃げられてしまったって。小説楽しみにしてたのに、支援したかったのに、それも嘘だったって……」
笑いながら、私は心の中でつぶやいた。
ランディ、ジャンは詐欺師で、フランソワで、私の知らない女性と結婚するらしいわ。
……お似合いなのは当然だ。
私だって嘘をついて、誰かを騙して、財産差し止めを阻止しようとしていたんだもの。
「私とジャンか。嘘つき同士、お似合いだったのに、残念」
私がわざと明るく言うと、カミーユは泣きそうな顔で私を抱きしめた。
私を包む服に、点々と水滴のシミがついていく。
「どうして泣いてるの?」