10-3.カミーユの提案
疲れた。
帰り道、カミーユはなにも言わず、馬車の中で寄り添ってくれた。普段、礼儀作法には厳しく言ってくるカミーユが。
「私、そんなにひどい顔をしてる?」
私が言うと、カミーユはソファを整えながらちらりと視線を私に向けた。
「いつものように、気丈に立っていられないくらいには、随分と気落ちした様子に見受けられますわ。なんなら、ご自分で鏡を見たらよろしいと思います」
「……見ない。見たらもっとショックを受けそう」
カミーユは息をつくと、整えたソファに私を座らせ、紅茶を淹れ始めた。
「それでも、結婚の申し込みをする前でようございましたわ」
「そうかしら……私、本当にするつもりがあったのかしら」
「それでは、一体何がそんなにショックだったのですか?」
「なにがショックって、もちろん、騙されていたことよ!」
私をカモにしようとしたことだけじゃなくて、名前も、笑顔も、職業も、会話も……いいえ、ああいう職業の人は、少しだけ本当のことを混ぜるのだと聞いたことがある。だからきっと、本の話をするのが楽しかったと言ったのは、嘘じゃない。……どこまでが嘘だったんだろう?
とても優しくて、犬も猫も好きで、本が好きで、ちょっとドジで、ジャンはそんな人だった。
でも、フランソワ・マルトーは違う。本当はきっと、明るくて、やることなすことスマートで、ご機嫌取りも上手で、……優しくて、きっと動物が好きなんだろう。
王都に来て、初めて、気楽に話せる男友達だった。結婚してもいいかなってくらいに、いい友達だと思ってた。でも、ジャンにとってはただのカモで、ただの獲物だったわけだ。
でも、私だって同じだ。結局、偽りの友情の上に、偽りの結婚を求めていたのだから。
だって私は、自分の素性も言わなかった。彼と一緒だ。私は嘘つきで、結婚なんてする資格もないんだわ。
「あーあ……」
でも、とにかく言えることは、あの小説は書いてもいなかったってことだ。
「小説、楽しみにしてたのに……」
イタチの冒険の話も、ロマンス小説も。読んでみたかったのに。面白そうだったのに。あらすじだけ知ってて結末が分からないなんて、ものすごく悔しい。
「小説ですか?」
カミーユが呆れた口調で言った。
「まさか、一番ショックだったことがそれですか?」
「いけない? だって私、だからジャンを支援するつもりで、結婚の話をしようと思っていたんだから」
私がぼやくと、カミーユは頭を下げた。
「申し訳ありません」
「え、何が?」
「正体を見破れませんでした。そのせいで、お嬢様は何度も傷つくことになってしまいました」
「そんなことないわ。カミーユのせいではないでしょう」
だがカミーユは譲らず、決意を込めた目で私を見た。
「やっぱりここは、ランディ様に正直にお話しして、仲直りなさっては」
「仲直り? 喧嘩なんてしてないわ」
「でも、お嬢様は前のように親しくなさりたいのでは?」
「覚えてないの? カミーユ。『さよなら』って言われたのよ私。無理じゃない?」
カミーユは頭を振った。
「無理なことはありません。ランディ様だってきっとお嬢様にお会いできなくて寂しがっていることでしょう」
「清々したと思ってるんじゃないかしら」
「そんなことありません。まったく、ランディ様が不憫でなりませんわ」
「私だってかわいそうじゃないの。私がどんな気持ちで言ったと思ってるの? 何にもわかってないわ。私はランディの妹分にもなれなくて、どんなに悲しいかわかって? ランディに相手をしてもらえるなら、何だっていいのに。妹でもいいの、だから……頑張ったのに」
伝わらなかった。
「……でもわからなくていいんだわ。だからこれでいいの。よかったのよ」
「……ランディ様の気持ちを思うと、私こそが申し訳ない気持ちになりますわ。いっそのこと、お嬢様を捧げたいくらいです」
「生贄には向かないわよ、私!」
「そうではありませんわ、アデリンお嬢様」
カミーユは、ランディが私のペットショップで蛇の扱いを取りやめさせた時から、やたらとランディの肩を持つ。
「何をおっしゃるのです。寂しいのを我慢しなくてもいいのですわ、お嬢様。舞踏会の日なんて、とてもいい口実じゃありませんか。会えなくて寂しいとお伝えすればいいのです」
「……五歳の子供じゃないんだし……」
「そのくらいでいいのですわ、だってアデリン様のお兄様なのでしょう? 旦那様だってアデリン様にそう言われれば、一も二もなくやって参りますわ」
「そうかしら」
私が自信なく呟いたところで、ドアが叩かれた。カミーユが開けると、爺やがなにも言わず、一通の手紙をお盆に載せてやってきた。