10-2.別れは突然に
え?
「まぁ、ジャン! これは……どういうことです?」
「ジャン? 今はそんな名前か」
私が驚いていると、彼は鼻を鳴らして不遜な態度で腕を組んだ。
「こいつの本名だ、おネエちゃん。フランソワ・マルトー、詐欺師だ」
詐欺師?
「細かく言うと、結婚詐欺師だ。友達の妹がひっかかっちまってね。探してたんだ」
この人が?
「その子相手の時は、柔らかい雰囲気の色男でよ、もっと快活な話し方をしてたけどな。だからわからなかった。ターゲットはこのネエちゃんなのか? まったく、美人ばっかり狙いやがって、さすがモテ男は違いますな」
「……詐欺師」
詐欺師なの?
なにそれ、びっくり。
「それじゃ、私と同じね」
思わず言うと、相手の男が一瞬睨んだ後、笑った。全くそうは見えなかったからだろう。
「そりゃ、お嬢さん、同業者だったんか、悪いことしたね」
「仕事に……したことはないけれど」
「それなら、今後もしないこった。わかったか、マルトー。あの子と結婚してもらうぞ!」
ジャンはため息をつくと、肩をすくめた。
「あーあ、あとちょっとだったのになぁ」
まぁ……
その、さっきまでとは違った口調に、私は驚きすぎて口がきけなかった。
理知的で静かで、はにかむような言葉の選び方をしていたジャンは、そこにいなかった。ああそうなのか、と私は理解した。この人は、本当は、街の男らしく洒脱で、きっと、テンポのよい話し方をする、フランソワ・マルトーなのだ。
「……残念だわ。詐欺師ならきっと、私の兄のことも騙せたかもしれないのに」
私が呆然としながら、それだけ言うと、フランソワは笑った。
「君の兄? ストローブ侯爵のこと? それはどうかなぁ。鋭そうだからなぁ」
「私のこと、知っていたの?」
「そりゃそうさ。俺はだからこそ、近づいたんだもの」
「それじゃ……最初から……」
「ま、ね」
クスリと笑ったフランソワには、どうにも怒る気にはなれなかった。
「お互い様ね。私、あなたに身分を隠して、騙して近づいたんだもの」
「騙すなんて、それはこっちが知らない場合だけさ。知っていたんだから、騙したことにはならない。君は嘘なんてつけなくて、誰のことも騙せない。そして、そんなこと必要なんてない相手がいる。おかげで、カモを取られた」
だます必要のない相手? そんな人、いないわ。
私がきょとんとして黙っていると、フランソワが優しく微笑み、捕まえられていない片方の手で、私の頭をゆっくりと軽く叩くと、私の頭をごちゃごちゃと混ぜた。
「でもそれとは関係なく、話すのは楽しかったな。本の話なんて特にね」
励まされてる。捕まった人が。騙された私を。なんか違くない?
「……フランソワ?」
「うん、ごめんね」
それでも、彼はとてもいい笑顔で謝るのだ。さすが、よくわかってる。いい男だからとか、そういうことじゃなくて、彼に好感を持っていた部分、それはすべてきっと、彼の真実なのだ。そこで勝負しているから、私は彼を憎むことなんてできない。許したくもないけど。許しちゃうんだろう。
「おい! マルトー、いくぞ!」
「はいはーい」
返事をすると、ジャンは引きずられるようにして、私の前から、去って行ってしまった。
「ランディ様にも、謝っておいて!」
それは無理だけど。別に必要ないだろう。どうせ、ランディだってジャン……もといフランソワには会いには来ないはずだから。