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動物好きの侯爵令嬢、結婚相手を探しに行く  作者: 霞合 りの
第十章 さよならの兆し
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10-1.失意の本屋

 数日後、私はとぼとぼと本屋に向かっていた。カミーユは歩きたがる私を無理に馬車に乗せたけれど、結果的には、思った以上に疲れていた私にはいい塩梅だった。


公爵夫人の舞踏会は数週間後に迫り、兄に頼む元気もなく、私は行くのを諦めた。


公爵夫人との縁を取り持ってくれたランディには少し罪悪感はあったが、連絡も取りづらいし、それ以上に、気持ちが向かなかった。決意した以上、もう、あとは公爵夫人に断りを入れるだけだ。


もともと、ジャンを誘うつもりもなかった。結婚の申し込みとそれは別だから。


『僕には何が足りないのかな?』


ランディの言葉の意味を考えていた。


でも、ランディが何を言いたいのかわからなかった。


ランディは自信がないみたいだった。お慕いする人に声をかけられないのも、そのせいなのだろう。


でもランディに足りないところはない。だいたい、聞く相手を間違えている。ランディは私にとって、全てが完璧で、憧れで、愛おしい人なのだ。こんな気持ちは、人間では初めてだ。動物たちにはいつだって感じているけれど……


それにしても、ランディはなぜ『さよなら』なんて言ったんだろう。言わせてしまったんだろう。あんなに辛そうに言葉を選んで、私が傷つかないようにしてくれた。私がランディをどう見ているか、バレてしまっているのかもしれない。


 不思議なことに、カミーユは何も言わなかった。ものすごく何か言いたそうに、時々視線を投げてくるけど、やっぱり、何も言わない。


けれど、公爵夫人に出会って、王都で動物好きの仲間ができたと喜んでいた私が、仲良くなる機会を逃すことを残念がっていて、彼女なりに励ましたいと思ってくれているようだ。


「やぁ、アデリンさん。疲れた顔をしているけど、どうしたの?」


振り向くと、ジャンが心配そうに私の顔を覗いた。優しくて、親切で、話が合う、経済的に苦しそうな人。私が探していたお相手に一番近い。その上、よく見るとハンサムで、笑顔が素敵だ。


「ジャン……ええ、何でもないの」


なのに、ジャンの顔を見ても、前ほどはときめかなくなっていた。


条件に見合っているはずなのに、それで十分なはずなのに。


そうよ、私は本が読めてペットショップを経営できればいいんだから。


「そういえば、ジャン。以前ね、治安の悪い方へ歩いていくのを見かけたように思ったけれど、行ったことある?」

「え? あぁ、それは僕だね。可愛い野良猫を見つけて……追いかけちゃったんだ」

「まぁ! 猫!」


私が急に元気を出すと、ジャンはホッとしたように笑った。


「よかった。これで元気が出なかったら、どうしようかと思ってたんだ」

「あら、嘘だったの?」

「違うよ。僕は猫が好きでね、綺麗な猫がいると、どうしても追いかけちゃうんだ。大抵はツレないけど、時々、触らせてくれたりするのが、たまらなく嬉しくて……」

「わかる! わかるわ! 可愛いわよね、気まぐれなところ」

「でもさ、犬も可愛いよね。昔飼ってたんだ。散歩行くよって声かけると、キラキラした目をしちゃってさ」

「ええ、そうね……ジャンは動物が好き?」

「うん。もちろんだよ」


それはますます素敵。


「君とはやっぱり話が合うよね。犬も猫も好きだし、……君と一緒に猫を育てたりしたいな」


ふと見ると、ジャンが照れている。


「え、……ええ、そうね……」


ここで言えばいい。


”それなら私と結婚しません?”


だって、ランディにも宣言してしまったんだから。


私は家にいる動物あのこ達のことを思い浮かべた。本を読んであの子達と過ごすために、そしてその生活を愛する動物好きの人達のために、私は結婚相手を探している。


そうよ。


”お金がなくて、穏やかで、地位も低めで、本好きな人”


そんな人なら、私を愛さなくても、お互いの間に本があるから、きっと大丈夫。


愛は家族としてだけで十分よ。それに、私にはあの子達がいる。お店の動物たちがいる。従業員がいる。それで足りているんだから。


それでもなかなか言い出せず、私は焦りの中で、無理やり口を開いた。


「……ジャン」

「何?」

「あの……ランディ様と……親しいと聞いたけど、本当なの?」


違う、言いたいこと、これじゃない。


「……はい、そうですよ。驚きました?」

「ええ、だって、ジャンは貴族は怖いって……」

「初めはそう思ってたんです。でも、すぐに謝罪してくれたし、いろいろ話してくれましたよ。あの方も本が好きなようで、お勧めしていただきました」


穏やかだが目を輝かして言うジャンは、本当に嬉しそうだ。なぜだか罪悪感を感じて、私は相槌を打った。


「そうなの……いいですわね」

「アデリンさんも、親しいと聞いているけれど」

「親切にしていただいていると思うわ。でも、仲良くたって、私は女性だもの。あなたたち男性みたいに、気軽に楽しめないし、兄の友人だから気にかけてくださってるけど、私のことなど興味はないでしょうし……結局、恋人や婚約者ができてしまえば、会うことも無くなりますから」


すると、ジャンは目をパチクリとさせた。


「はぁ……その様子だと、アデリンさんは、随分とランディ様をお好きなんですね」

「え?! えぇ、その、……友人というか、兄代わりして、ね」

「そうなんですか? 僕に何でもご相談くださいよ、協力しますよ」

「何を言ってるの! 私は……違うの」


そうよ、もう私は諦めたの。ランディのような釣り合わない人に、不毛な妄想をしたりしない。するわけがない。すでに怒らせてしまっているし、そもそも、ランディの意中の方を無視して私のところに遊びに来てなんて、言えるはずがないんだから。


でもジャンなら。きっとお金が欲しいはずの、ジャンなら。


「アデリンさん、それなら、何で泣いているんですか」

「泣いて……?」


私は頬に手をやった。何か冷たいものが落ちてくる。何かしら。


「これはきっと……汗よ」


私が苦し紛れに言うと、ジャンは目を丸くした。


「おや」

「ほら、あれですわ、冷や汗。ランディ様を好きだなんて、あなたが変なことを言うから」


すると、ジャンは吹き出した。


「そこまで言うなら、聞かないでおきましょう。でも、何かあったら、僕に相談してください。きっと、できることがあるでしょう」


自信ありげなジャンの顔が、今までと違って見えた。その瞬間、声が響いた。


「マルトー!」


ジャンはハッと振り返ると立ち上がった。


そして周囲を見直すことなく、逃げ出すように動きを変えた。しかし、知らない男がその反対側を遮り、ジャンを睨む。


「マルトー、探したぜ……」


私は慌ててジャンの隣に立とうとして、首を傾げてジャンを見た。


「マルトーって? 誰?」


私が聞いてジャンの気が緩んだ一瞬の隙に、男がジャンに飛びかかり、ジャンは道に組み伏せられた。


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