9-2.舞踏会へのお誘い
私が訝しく思いながら賢明にも黙っていると、ランディはいかにも不快そうに眉をひそめた。
「ふーん? 君を知らずに笑う令嬢も信じられないけど、エスコートした相手を置き去りにして他の女性をとるなんて、男の風上にも置けないね」
「私が許可したのですから、いいのです」
「呆れたお人好しだね。悔しくならないの?」
「腹立たしくはなりますけど、それはお相手ではなく、兄にですわね」
せめて気が合えば怒りもするだろうけれど、今まで気の合う人がいた試しがない。だから、私を選ばないのは当然だし、逆もまた然りだ。全く残念にすら思わない。
「僕が聞いた話は随分違うな」
「どう違うというのですか?」
私は不思議に思って聞き返した。
「君が取り持った相手方の令嬢たちの間では、君は恋の天使のようになっているんだよ。アデリン嬢が男性を連れて行けば、どこかの令嬢にすぐにお相手ができる。なんてありがたい人なのだと、崇められているくらいだ。嘲笑なんてとんでもない。きっと令嬢たちも、君が声をかければ喜んで相手してくれるよ」
初耳だ。それならそう言ってくれれば……いいえ、私を嘲笑してる令嬢たちは力のある方だもの、無理よね。
「そうかしら……」
「でもそうなるのは嫌だな」
「どうしてです?」
「お茶会にばかり行ってしまって、僕とこうして会ってくれなくなるだろうから」
……ここは笑うところ? それとも怒るところ?
穏やかに言うランディは、恥ずかしいことを言った自覚はないらしい。冗談でもネタでもなさそうだ。
これだから社交界の花形は。
そんな恥ずかしいセリフをよく言えるわね。私なんて、公爵夫人の舞踏会に誘うことすらできていないっていうのに。
私がまじまじとランディを見つめていると、ランディは急に顔を背けた。
「あんまり見ないでくれ」
みると、心なしが頬が赤い。つられて私も赤くなり、なんだか急に恥ずかしくなった。
でも、うん、おかしいよね? 私、今までだってよく見てたし、ランディだっていつも気にもとめていなかったじゃないの。
「あの、えぇと、……そんなことありませんわ。ランディはお兄様と同じですから、こうして会いに来てくださるのはいつだって大歓迎です」
「へー……兄ね……」
「それに、私だってプライドがあります。恋の天使と言ったって、結局は当て馬なんですもの、わざわざみじめな気持ちになりにいくつもりなど、ありませんわ」
「何を言ってるんだ。君は自分を卑下しすぎる。いつまでも当て馬なんて、そんなことがあるものか」
ランディがため息をついた。私はそれを見つめながら、肩をすくめた。
「だって、実際のところ、そうなんですもの。自分で自分のことくらい、わかっておりますわ。令嬢方に好意的に呼んでいただいても、結局は彼女たちと対等にお迎えしてくれるとは思えません。選ばれなかったみじめな令嬢です。その上、私と舞踏会に出て下さる方は、お目当の令嬢との当て馬を期待しているか、お兄様や、代理で私の面倒を見て下さってるあなたとの、ご縁を期待しているだけなんですから」
「そんなこと……」
「それに、思い出しましたけど、私が舞踏会に出なくなった理由は、兄のせいも入っておりますの。なのに私ばっかり怒られて、ひどいと思いません?」
ランディが眉をひそめた。だが、私と同じように、ダリウスに怒っているというわけではなさそうだ。
「ダリウスだって、適齢期を過ぎそうな君が心配なんだろう」
「だとしたって……お兄様とあなたは、お目当ができたら問題なさそうで、羨ましいですわ。ランディならきっと躊躇うこともなく、すんなりとお相手を見つけて、お声がけできるんでしょうね……だって断られるなんて思いもよらないもの」
私が肩を落とすと、ランディは皮肉っぽく私をジロリと見た。
「へー、そうか。君はそんな風に僕のことを思っていたのか。君もみんなと一緒だな。僕が高尚で立派で人格者だなどと思っているんだろう?」
「それは……実際そうなのでは?」
「何言ってるんだい? 僕は誰とも変わらないよ。知ってるだろう、アデリン。僕はみんなの評判が苦手で、……なんでもスマートにできるわけじゃない。みんながっかりするだろうって」
「ええ、先日お話しくださったわ。でも私には、何ががっかり要素なんだかわかりません」
心底不思議そうに言う私に、ランディはふっと笑った。
「実際は、情けなくてくだらなくて、好きな相手の気すら引けない……つまらない人間ってことだよ」
「まさか」
ランディに想いを寄せられて、喜ばない人なんているのかしら?
私があからさまに驚くと、ランディは肩をすくめた。
「僕はね、声をかけたくてもかけられなくて、やっと声をかけたら怒らせて、それでもなんとかして近づきたくて、そばにいることを許してもらいたくて、それだけで必死な、意気地のない男だ」
「まぁ。そんなはずないわ! ランディはどの令嬢だってより取り見取りでしょう? 必死になる必要なんてないじゃありませんの」
だってランディは、いつも冷静で、しっかりしてて、優しくて、頼もしくて、……だから、誰からも好かれていて、誰か一人に必死になんかならない。
そのはずだったのに。でも何だか違うみたい。だって明らかに、ランディの言い分は具体的だ。
「どなたか……意中の方がいらっしゃるの?」
言いながら、私は少なからずショックを受けていた。
ランディに想う人がいるなんて……見当もつかなかった。私ったらなんてこと。ランディには誰もいないものだなんて、無意識に思って安心していたわ。勝手に同志だと。でも、いてもおかしくない。私よりずっと、社交的だもの。
なんで今まで、そんなこと、気がつかなかったのかしら……