7-5.書斎兼図書室にて
「面白い子だね、服を作るのが楽しくてたまらないようだ」
「ジジは新進気鋭のスーパーデザイナーですのよ。だからきっと、アイデアがたくさん湧いてくるのでしょう」
自称だけど、でも、私も彼女はスーパーデザイナーだと思ってる。作るドレスは、私の好みと流行を合わせて、とっても素敵だもの。
「僕が知ってる仕立屋は、保守的で、あまり楽しそうな人はいなかったな。母も命令口調だったし、生活のためって感じで」
「そういうものなのでしょうね。ジジは今まで、クッションやハンカチの刺繍ばかりしていたのですって。不本意だけれど、求められるからするしかないって。その方も、もしかしたら、ドレス作り以外にもしたいことがあるのかもしれないわね。かといって、今の仕事に満足していないわけではないのでしょう」
「どうして?」
「お給料もきっといいのだろうし、……侯爵夫人のドレスなんて、どんなに命令されても手直しされようと、作れるものではありませんもの。その腕が信頼されているのは誇りになるでしょうから」
言って、自分で気がついた。それは私にも言えることで、だから、ジジは最初、あんなにも躊躇したのだ。あんなに簡単に頼んでしまって、ジジはさぞかし困ったことだろう。今は楽しそうだから、いいかもしれないけど。
私の胸の内を知ってか知らずか、ランディは思いついたように自分の従者に言い付けると、何かを私の前に差し出した。
「そうだ。君が気にいると思って、手持ちの本を持ってきたんだ」
「何……まぁ! ”風のイタチ、その生態ーそこに鎌はあるのかー”ですって! 面白そう!」
「お詫びに、と思ったんだけど、必要なかったね。君はとても寛大だ」
「寛大? あなたの方がよっぽどよ! この本、とっても貴重で高そうじゃない。借りていいの?」
「うん。貸してあげるよ」
「素敵! ランディも、何か読みたい本はある? 屋敷のようにはいかないけど、少しは置いてもらってるの」
「うん。いいね」
私たちは小さな書斎兼図書室へ移動し、ランディが本を物色するに任せた。
「そういえば、ランディは、本をどうやって読むの?」
「どうやってって、普通に……」
「以前ね、フレッド様に言われたの、男性はソファに座ってくつろいで読んだりしないって。私、もったいないなぁって思ってしまって。ランディは? ソファで座って読んだりしないの?」
すると、ランディは不思議そうに私を見た。
「して欲しいの?」
「ぜひ。体験していないなら、するべきよ。どんな体勢で読もうと学問は学問だし、頭に入ることは一緒よ。私はソファで不動産や起業の本を読んだけど、失敗しないでちゃんと営業できてるし、それを机に向かって読んだからといって、より良くなるものだとは思わないわ」
「僕には似合わないと、思ったりしないの?」
私は首を傾げた。
「似合わないの? どうして?」
「僕は……その……」
「あぁ、見目麗しくて肩書きも立派で人格者で男らしいから?」
「世間の評判はそうらしい、ってだけ。僕がそう望んでるわけじゃない」
本を一つ一つ手に取りながら、ランディはつまらなそうに言った。
「苦手なんだ、僕は。そういうの。女性のエスコートするにしても、みんな違うし……」
ランディが本棚から出した本を読むとき、少しだけ俯く。そのとき、すらりとのぞく首すじが、触れたくなりそうでドキドキしてしまう。
「意外……あなたは気にしないと思ってたわ。田舎娘の相手もなんのそのって感じで……私には貴族の常識がわからないから、フォローしてあげると名乗り出てくださったでしょ」
「あれは……忘れてくれ。かっこつけたかっただけなんだ」
かっこつけ……確かに、キザだったけど、かっこよかったのではないかと思う。そんなことを言ったら、本気で嫌がりそうだから言わないけれど。
「でも、いつも舞踏会でもひときわ輝いておいでだし、いろんな方とお話ししていてお忙しそうだし、お好きなんだと思っておりましたわ」
「……舞踏会で、僕のこと気づいてたんだ?」
「ええ、もちろんです。いつだって一番素敵ですわよ。それなのに」
「でも声かけてはくれないんだ」
「だって……」
エスコートしてくれている男性に、ダリウスやランディと知り合いたい男性たちが声をかけて来る時は、逃げ出すのは難しい。彼らには知らぬ存ぜぬで過ごしているから、舞踏会で声をかけたら最後、私を理由にランディに話しかけそうだし、迷惑がかかるに決まってる。
「……ランディにご迷惑がかかるから」
「迷惑なんて。今度は声をかけてよ」
「私との時間なんて、もったいのうございますわ」
「僕はそんな風に思ったことはないよ。君と過ごす時間は宝物だ」
「そんなこと言ってくださるなんて、ランディは本当に優しい方ね。私にとってもあなたと過ごす時間は大切な宝物だと思ってますわ」
ときめきすぎて死にそう。でもお相手にはほと遠いわ。兄と思わなければやってられない。
私はペットショップの動物たちに責任がある。何もかも諦めて、社交界の人たちが求めるような、令嬢にはなれない。ランディのような人には、そんな輝かしい人が似合う……諦めて淑女らしくしたところで、私の振る舞いなんてたかが知れているし。
「私と到底釣り合わないような方なんですもの。ランディも、物珍しい令嬢を間近に見られて、楽しいでしょう? 周りの美しいご令嬢と比べると、私なんてチリやカスのような存在ですわ……」
舞踏会で、華麗な令嬢からそんな視線で見られたこともある。あのダリウスの妹だからちやほやされているのよね、と言う嘲笑の視線だ。
「なんでそんな……僕は全然……規則通りに動くことしかできないだけなんだ」
「ランディは王都の貴族らしく、規則をとってもよくわかっていらっしゃるだけですわ。だからこその葛藤があるのでしょうけれど……そんなもの、何も関係ありませんわ。そつなくこなせてしまう自分が嫌になるなんて、それもランディらしいんじゃないかしら。そういうのご自分も嫌にならないで認めるとよろしいですわ。私なんて、動物好きで本好きで社交嫌いな……どんな自分でも認める覚悟ですし……ね、それりずっと楽しいですわ。なんでもスマートにかっこよくできるランディの裏には、本当はそうじゃないランディもいるなんて」
まじめ一辺倒のダリウスとは随分違う。でもそんなギャップのあるランディも、兄と思えば随分楽しいわ。異性と思ったら負けよ。こうして一緒にいてくれるのは、ダリウスの代わりだもの。
私がふふふと笑うと、ランディも微笑んだ。
「きっとそのギャップの疲れを、動物たちが癒してくれるでしょう……犬かしら? 猫かしら?」
「犬だね。うちには領地に何匹かいるけれど、王都にも一匹飼ってる。ラルフっていうんだ」
「まぁ……素敵ね……一日の終わりには、愛するラルフに癒される……最高……」
「ラルフもいいけど、人に癒されたいよ……」
ため息混じりに、ランディは言うと、一通り確認したらしく本棚をぐるりと見回した。
「この本……君が選んだの?」
「半分は。買えないのなら置きたいって、後から運んでもらったの。残りの半分は、兄と亡き父のものよ」
「そうか……君の選んだのは、おそらく、動物の本ばかりだね」
「もちろん。浮世の辛さを動物たちへの愛で埋めているの……あの子たちに会えないのはとても辛いわ……」
「……へ、へぇ……」
ランディが若干引いている。でも仕方ない。本当に寂しいのだ。そこではたとひらめいた。
「飼っているのが犬なら、鳥も飼えるかもしれないわね? 猫との相性はあまりよくないけど、犬とはいいはずよ。カゴで飼えるし、鳥は犬とは違った可愛さがあるわ。癒され効果も抜群!」
「いや。僕は……鳥はいいや」
そしてランディは、じっと私を見た。
「手に入れたい猫がいるんだ」
「猫? 犬とは相性が悪い品種と良い品種があるけれど」
「相性はいいはずだよ」
「それなら、私が探してあげられるかもしれないわ。うちのお店の、受注窓口にいらしてくれれば、お探しいたします」
私が胸を張って言うと、ランディは不敵に微笑んだ。
「いや。ありがとう。でも、君に頼るわけにはいかないんだ」