1-2.売られた喧嘩は、買いたくなくても買わねばならない時がある
「け」
結婚? この私が、結婚? なに言ってるのお兄様?
「そうだ。もちろん、人間の夫だ。お前のことだから、動物と結婚したいと言いかねないが、俺が認めるのは人間の夫のみだ」
さすがに動物はない、と言いかけ、それもいいかもと思ってしまい、私は兄の言葉を聞き流すのをやめて耳を傾けた。
「お前の夫になる者が、お前の際限のない本好きのところや、動物が好きすぎてペットショップを経営してるところや、野暮ったい衣装を着ることをなんとも思わないところなんかを、すべて愛して容認してくれるのなら、俺はお前の取り分を減らさない」
兄の冷たい言葉に、私は息を飲んだ。
「横暴だわ」
「それなら、貴族としての務めを果たすことだ」
私は兄の前に一歩進むと、腰に手をあて、断固抗議した。
「いいものを買って、美味しいものを食べて、仕事で還元して、楽しく生きておりますわ。それ以上に何が必要でしょう?」
兄は肩を落とした。
「威厳と子孫繁栄だよ、アディ。お前には落ち着いてもらうぞ」
「お兄様」
「だったら、財産を減らされていいのか? しばらくお前が使うのを禁止する。食事はここでとるのだから問題ないだろう。……いいや、お前のドレスやら着飾るものを買う時には使ってやるよ。でもそれ以外には使わんぞ」
私は呆然とした。
「ひどい」
「それなら俺を説得してみせろ。この本をチャリティにでも出して、市民に読ませるか? そうじゃないだろう? お前が読みたいんだ。それを許されるのは、お前が貴族だからだよ。だから俺は、貴族としての義務を要求する。それも、今回の社交シーズンだけで、だ。さぁ、どうする?」
目に涙がにじんできた。
一言も言い返せない。私は貴族だ。だから、貴重な本を手に入れられて、欲しい本を探してもらえる。
「……わかりましたわ。結婚いたします」
「ほう?」
こうなったら破れかぶれだ。
「そこまで言われたら、結婚いたしますわ。ええ、私を容認してくださる方なら、誰でもいいのですわよね?」
兄は頷いて付け加えた。
「お前を愛しているならな」
忌々しい。この私を純粋に愛する人なんて、そうそう、いるわけがない。
だから苦し紛れに言い訳をした。
「愛など後からやってまいります! 私も夫となる方のすべてを容認すれば、もうそれは愛ですわ!」
兄は鼻で私の意見を笑った。
「なるほどな。舞踏会にろくに出たこともないお前が、男の何を理解し、容認できるというんだ?」
「そんなもの、出会えなければわかりません! むしろ、出会えればわかることです! 私は……舞踏会でお相手を探します! 王都へ向かいますわ!」
すると、いつの間にか、兄の手から書籍はなくなり、傍に銀の盆が恭しく差し出されていた。なにやら封筒がいっぱい積み重なっているが。
「舞踏会の招待状はここだよ」
ニヤリともしない兄を、こんなに憎らしいと思ったことはない。私はできるだけ冷ややかに聞こえるように、兄に言った。
「お兄様、すべてに参加のお返事を書いてくださいませ」
横目で見ながら、数を確認する。一、二、三、四、五、……十はあるかもしれない。いや、きっとそれ以上。
大変なことを言ってしまった。だがもう引き返せない。
ええ、引き返しませんとも!
「俺も一緒に行くの? それでお相手が見つかる?」
「どちらでも。お兄様が参加なさらない場合は、ただ一言、”妹が赴きます”と伝えて下さればよろしいのよ」
「お前に俺の代理を?」
「ええ、立派に務めさせていただきますわ。お兄様にその勇気がおありならね!」
「面白いじゃないか。お前がそれを務め上げ、愛する人を見つけられたら、財産の差し止めもなし。そして、この本も渡して、お前を自由にしてやろうじゃないか」
「言いましたわね、お兄様」
「ああ、条件がある。できなかったら、俺が決めた相手と結婚するんだ」
「まぁ」
「お前もそれくらいのリスクがないと、本気にならないんじゃないか?」
「失礼ね。何が何でもやってやるわ。覚えておいて、お兄様。明日には王都に行って、ドレスメゾンで最新流行のドレスを作るんだから! 何着もね!」
「参加する舞踏会とお茶会のリストは、二、三日中に王都の屋敷に届けさせるよ」
そして兄は、意味深に笑いながら言った。
「……期待してるよ」