4-3.王都の本屋で運命の出会いを
「ちょっとだけ! ほんの少し、覗きたいだけなの!」
そうやって懇願し尽くして、カミーユにお目こぼしをもらったのは一時間前。本を買わないという条件で、この店に入った。
王都の真ん中から、少し外れたところにある、小さな本屋。
ーーそう! 本屋!
私が浮き足立って店内に入ると、店主は始め、訝しげに私を見たけれど、すぐに興味を失って仕事に戻っていった。
だって私、久しぶりに本屋に入って、こんなにたくさんの本に囲まれて、あぁ……何て素敵なんだろう!
入ってすぐの棚から、ゆっくりと背表紙を眺めていく。ここはロマンス小説の棚だ。
”月明かりでダンスを”
”あなたの手紙を待って”
”素敵な婚約者”
”内気な侯爵令嬢”
あら、これ私かしら?
そう思って手に取り、ロマンスを斜め読みする。
内気……内気のはずだわ、私は。でもこんなに兄に何も言えないものかしら。いいなりで、本当にかわいそう……うん、違う。でも、私じゃないけど、彼女はとても可愛らしい。
どうせならこんな子に生まれて欲しかったと、ダリウスは思っているだろう。同感だ。
私は本を棚に戻し、背表紙を堪能していく。こちらは専門書。
”宝石の起源”
”羊の飼育とは”
”川の生物・徹底解剖ーキュウリは本当に必要かー”
あら。キュウリですって? 栽培は難しいけど、キュウリで生きられる動物がいるなら、ベットとして飼えるかも……
手を伸ばそうとして、何かにぶつかった。
「あら、申し訳ありません」
「うわ」
叫び声が聞こえたかと思うと、誰かが台座から落ちた。……かなりな勢いで。
「まぁ! お怪我は?!」
私が慌てて駆け寄ると、埃の中から、地味な服を着た男性が顔を上げた。メガネがよく似合う、気弱そうな人だった。
「すみません……手元に気を取られて、あなたが後ろにいることに気がつかなくて……バランスを崩してしまった」
「私こそ、申し訳ありませんわ。周りを見ないでぶつかってしまって……本棚の上の方ですの? 私、取りますわ!」
「い、いえいえ、あなたのようなご令嬢に取らせるわけにはいきませんよ」
「大丈夫ですわ。これでも私、おてんばですのよ」
これでもって言っても、まぁ、見た目通りなんだけど。少なくとも、おとなしい令嬢には見えない。
私が微笑むと、彼は埃を叩きながら立ち上がり、私に笑いかけた。
あら。ちょっと素敵。
「そんな情けないことはできませんよ」
「でも、……あら、”幻獣に会うためには”? こんな本、どこに」
「上の方なんです。高くて、あまり売れないからでしょう」
「私、一度読んだことありますわ」
「本当ですか?! いやぁ、今まで一度も出会ったことがなくて……あなたが読むんですか? この本を?」
「あら、おかしい?」
「お嬢様! どうなさいました?! また本を上から下までぶちまけたりなんか……あら、失礼」
血相を変えて入ってきたカミーユを見て、彼はぷっと吹き出した。
「本当だ。あなたは随分とおてんばなようですね。でも、本もとてもお好きなようだ」
「ええ、……あの、カミーユ、私が台に乗ったこの方にぶつかってしまったの。それで、倒れてしまって」
「まぁ、そうだったんですか。あら、手に傷が」
「うわ、本当だ……騒ぎすぎてしまったようですから、ここから出ましょう。店主、すみませんでした。また来ます」
彼が言うと、店主は顔を上げ、小さく頷いて、また仕事に戻った。
「僕は、ジャン・スコットと申します。作家志望の、花屋の店員でして……今日は早上がりでこちらへ来ました。あなたは?」
「えぇーっと、……アデリンよ。アデリン・ヴォーコルベイユ。田舎出身なの。伝手をたどって、王都へ遊びに来たんだけど、本が読みたくて……」
この時ほど、私の頭の中が、計算高くなったことはなかった。
作家志望=おそらく本好き
花屋の店員=貴族ほどにはお金がない
作家活動に専念できると、結婚を誘えるのでは……?!
私の思惑などきっとわかりもせず、ジャンは優しく笑った。いい人そうな笑顔に少し申し訳なくなった。
「そうだったんですか。そちらのお嬢さんも?」
私は頷いた。
「ええ。カミーユよ。私の従姉妹なの。ね、カミーユ」
カミーユは私の説明を聞いて、一瞬反論しそうになったが、口はつぐんでくれた。
「……アデリン、自己紹介は慎重にね」
「本好きな人に悪い人はいないわ!」
「犯罪者でも本は読むわ」
肩をすくめたカミーユに私は思わず叫んだ。
「まぁ、カミーユったら。失礼なことを言ってしまって、ごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫です」
ジャンは楽しそうに笑った。
「仲がよろしいんですね。僕は天涯孤独なので、従姉妹など羨ましいです」
……なんと。反対しそうな家族もいない。
「まぁ、なんといったらいいか……」
「僕は本があればいいので、問題ありませんけどね。でも、お金がないので、背表紙を見るだけで……」
ああ、提案したい。
私と結婚しませんかと言いたい。
でも出会ったばかりでそんなことを言ったら、頭がおかしいと思われるわ。
ここは結婚相手探しの舞踏会じゃないんだから。
「アデリン、帰りましょう」
「でも」
「そうですね、アデリンさん、カミーユさん。もう遅いですから、帰ったほうがいいですよ。お送りしましょうか?」
「いいえ結構です!」
カミーユが食い気味に拒否する。
それはそうだけどさ……
そんなに言わなくたっていいじゃない……
ジャンが驚いた後、苦笑した。
「すみません。不躾でした」
「いいえ、親切心なのはわかりますから」
カミーユは言うと、私の腕を引っ張った。
「また、本屋さんで会えるかしら?」
私が言うと、彼は目を輝かせた。
「ええ! ぜひ!」